姫は王子のもの。
中川が貸してくれた自転車を、本城は姫野に見せた。
「……自転車?」
「うん」
「なんで?」
「昨日、学校に楽器とかバンドの機材置いて帰ったの忘れてて、今朝、自転車で来たんだって。それで、今日の帰り練習あるから楽器持って行かなきゃならなくて、そしたら自転車には乗れないからって」
「……明日まで学校に停めておけばいいんじゃないの」
「そうなんだけど」
中川は、たまには姫と2ケツでもすれば、と言って貸してくれた。
「ちょっと、2人乗りしてどっか行かない?」
「……嫌だ」
「どうして?」
「本城の運転なんか、信用できないもん」
「怖いんだ」
「怖くない」
「怖いんだね」
「違う」
「たこ焼き食べに行く?」
「歩いてね」
「自転車で」
「……パフェならいいけど」
「ありがとう姫野。大好き」
中川の自転車は使い込まれていて、所々サビが浮いていたり、カゴが歪んだりしていた。
それでもタイヤにはパンパンに空気が入れてあり、本城は中川の性格を思う。
姫野の鞄をカゴに入れ、自分の鞄は姫野のクッションになるように荷台に置いた。
「はい。座って」
「つぶれるってば」
「大丈夫」
「教科書かわいそうでしょ」
「姫野に潰されるなら本望だって言うよきっと」
変態、と言いながら姫野が荷台に座る。
「……横向きに座るんだね」
「だめ?」
「いいよ、もちろん」
足がぷらぷらしてかわいいから。
「出発しますよ、姫野さん」
「……うん」
「ほら、ちゃんと掴まって、俺の腰に」
姫野の腕が回されて、背中が温かい。
本城が思い切り地面を蹴って、自転車は走り出す。
最初のカーブで少し傾いた自転車に、姫野は可笑しいほど怯えた。痛いくらいに抱きつかれて、本城は少しドキドキした。
「怖い?」
「……大丈夫だけど」
「だけど?」
「なるべく真っ直ぐの道にして」
「うん」
「ガッタンとか、しないで」
ガッタンって、段差のことかな。
本城は、姫野の顔が見たくなった。
「曲がらないとパフェ屋さんに行けないから、次で曲がるよ」
本当は曲がらなくても行けるけど。
「…ゆっくりね」
「わかったよ」
「スピード出したら危ないから」
「そうだね」
どんな顔で、しがみついているんだろう。
本城は思いつきで姫野に言ってみる。
「姫野、目、開けて」
はっと息を飲む気配がして、本城は笑いそうになった。
「姫野、ほら見て。桜が咲いてるよ」
「…ほんとだ」
春だ。
このまま、どこへでも行けるような気がした。
「曲がるよ」
言った直後にカーブに差し掛かりハンドルを切ると、後ろから「ひゃっ」という声が聞こえた。
「何パフェにする?」
「キャラメルりんご」
「じゃあ俺はチョコいちご」
パフェを2つ受け取ると、本城は姫野と近くのベンチに並んで座った。
「日が長くなったね」
パフェに夢中の姫野を横から見下ろしながら、本城は自分のカップからスプーンで莓とチョコの乗ったアイスの部分をすくう。
「姫野」
呼ばれてとっさに見上げた姫野の唇に、スプーンを押し当てる。
姫野は口を開けるしかなくなって、それを一口食べた。
「かわいい」
ヒヨコみたいだ。
本城は満足して、自分のパフェを食べ進めた。
「……はい」
気づくと、スプーンに山盛りのアイスが差し出されていて、本城は喜んで口を開けた。
アイスの中には上手くりんごとキャラメルフレークが入れてあった。
「おいしいね」
姫野は何も言わずに自分のパフェをすくって食べる。
「自転車、楽しかったね」
姫野は返事をしない。
「姫野って、何しててもかわいいね」
姫野は無言だ。
「ずっと2人でこうやって居られればいいな」
独り言のつもりで呟いたそれに、姫野が小さく頷いた。
-end-
2013.3.16
「……自転車?」
「うん」
「なんで?」
「昨日、学校に楽器とかバンドの機材置いて帰ったの忘れてて、今朝、自転車で来たんだって。それで、今日の帰り練習あるから楽器持って行かなきゃならなくて、そしたら自転車には乗れないからって」
「……明日まで学校に停めておけばいいんじゃないの」
「そうなんだけど」
中川は、たまには姫と2ケツでもすれば、と言って貸してくれた。
「ちょっと、2人乗りしてどっか行かない?」
「……嫌だ」
「どうして?」
「本城の運転なんか、信用できないもん」
「怖いんだ」
「怖くない」
「怖いんだね」
「違う」
「たこ焼き食べに行く?」
「歩いてね」
「自転車で」
「……パフェならいいけど」
「ありがとう姫野。大好き」
中川の自転車は使い込まれていて、所々サビが浮いていたり、カゴが歪んだりしていた。
それでもタイヤにはパンパンに空気が入れてあり、本城は中川の性格を思う。
姫野の鞄をカゴに入れ、自分の鞄は姫野のクッションになるように荷台に置いた。
「はい。座って」
「つぶれるってば」
「大丈夫」
「教科書かわいそうでしょ」
「姫野に潰されるなら本望だって言うよきっと」
変態、と言いながら姫野が荷台に座る。
「……横向きに座るんだね」
「だめ?」
「いいよ、もちろん」
足がぷらぷらしてかわいいから。
「出発しますよ、姫野さん」
「……うん」
「ほら、ちゃんと掴まって、俺の腰に」
姫野の腕が回されて、背中が温かい。
本城が思い切り地面を蹴って、自転車は走り出す。
最初のカーブで少し傾いた自転車に、姫野は可笑しいほど怯えた。痛いくらいに抱きつかれて、本城は少しドキドキした。
「怖い?」
「……大丈夫だけど」
「だけど?」
「なるべく真っ直ぐの道にして」
「うん」
「ガッタンとか、しないで」
ガッタンって、段差のことかな。
本城は、姫野の顔が見たくなった。
「曲がらないとパフェ屋さんに行けないから、次で曲がるよ」
本当は曲がらなくても行けるけど。
「…ゆっくりね」
「わかったよ」
「スピード出したら危ないから」
「そうだね」
どんな顔で、しがみついているんだろう。
本城は思いつきで姫野に言ってみる。
「姫野、目、開けて」
はっと息を飲む気配がして、本城は笑いそうになった。
「姫野、ほら見て。桜が咲いてるよ」
「…ほんとだ」
春だ。
このまま、どこへでも行けるような気がした。
「曲がるよ」
言った直後にカーブに差し掛かりハンドルを切ると、後ろから「ひゃっ」という声が聞こえた。
「何パフェにする?」
「キャラメルりんご」
「じゃあ俺はチョコいちご」
パフェを2つ受け取ると、本城は姫野と近くのベンチに並んで座った。
「日が長くなったね」
パフェに夢中の姫野を横から見下ろしながら、本城は自分のカップからスプーンで莓とチョコの乗ったアイスの部分をすくう。
「姫野」
呼ばれてとっさに見上げた姫野の唇に、スプーンを押し当てる。
姫野は口を開けるしかなくなって、それを一口食べた。
「かわいい」
ヒヨコみたいだ。
本城は満足して、自分のパフェを食べ進めた。
「……はい」
気づくと、スプーンに山盛りのアイスが差し出されていて、本城は喜んで口を開けた。
アイスの中には上手くりんごとキャラメルフレークが入れてあった。
「おいしいね」
姫野は何も言わずに自分のパフェをすくって食べる。
「自転車、楽しかったね」
姫野は返事をしない。
「姫野って、何しててもかわいいね」
姫野は無言だ。
「ずっと2人でこうやって居られればいいな」
独り言のつもりで呟いたそれに、姫野が小さく頷いた。
-end-
2013.3.16