君に会える日が来たら

「また眠れないの?」
「うん」
「一緒に寝る?」
「…うん」

ソファの上で膝を抱えるようにうずくまっていた圭太に、聡次郎は手を伸ばす。

そこは、大規模なこの施設の、共同のロビーだった。
聡次郎はシャワーを浴びた帰りで、パジャマにしているスウェットに長袖Tシャツ、肩にはタオルをかけていた。黒い髪がまだ濡れている。
一面が大きなガラス張りのロビーは、時間が遅いため照明が落とされ、ささやかな間接照明がオレンジ色のソファを照らしていた。その背もたれ越しに見慣れた水色の髪の毛が見えて、そっと近づくと、縮こまった圭太が正面のガラスを凝視していた。
聡次郎は圭太の手を引いて廊下を進み、エレベーターのボタンを押した。扉が音もなく開き、周囲が明るく照らされる。2人はそこに乗り込んだ。

ここでは色々な事情を抱えた幅広い年齢の人たちが、共同生活を送っている。
社会人、高齢者、学生、子ども。
それぞれに3畳の個室が与えられ、浴室、トイレ、キッチンと食堂、ロビーなどが共有スペースになっている。
ここでの最大のルールは、お互いの事情を詮索しないこと。
なぜここに送られたのか、いつから居て、いつ出ていくのか、それを話題にするのはタブーとされていた。
聡次郎も、圭太がなぜここにいるのかを知らない。ただ、彼が自分より2つ年下の14歳で、不眠の症状があり、人と一緒だとよく眠れる、ということを知っている。

「ハトのおじさんがマドレーヌ焼いたんだ。寝る前に食べる?」
「うん」

施設は12階建てで、1階と2階にはロビーや食堂や風呂などの共有スペースがある。4階から上が居住スペースで、3階には検査室が並ぶ。
聡次郎の部屋は8階だった。
エレベーターを降りて、聡次郎は圭太の手を引いたまま通路を奥へ進む。両側にたくさんの扉があり、右側の奥から2番目が聡次郎の部屋だ。
3畳の部屋には、ベッドと机がうまく収まっている。私物はほとんど見当たらないが、壁に1枚の小さな絵が掛けてある。海の上を一羽の鳥が飛んでいる絵だった。
聡次郎は枕の隣にクッションを並べ、ベッドの下の収納からタオルを1枚出してその上にかけた。
机の上の小さな箱からマドレーヌを2つ取り出し、1つを圭太に渡して、2人並んで僅かに空いた床に座って食べた。

「おじさんが次は何食べたいって聞くから、圭太に聞いとくって言った」

ハトのおじさんは聡次郎の隣室の住人で、いかにもおじさんという見た目に反して元お菓子職人という経歴の持ち主だった。
おじさんは子どもの頃、ハトをたくさん飼っていたそうで、皆が名前を覚える前に、ハトのおじさんという呼び名が定着してしまった。

「水まんじゅう、できるかなぁ」
「水まんじゅう?どんなお菓子?」
「冷たい赤ちゃんのほっぺたみたいな」

冷たい赤ちゃんというのがどういう赤ちゃんを指すのか、聡次郎にはわからなかったが、とりあえず頷く。

「ふぅん。どうかな。頼んでみる」
「できたらいいな」

マドレーヌをかじるとオレンジの風味が口に広がって、聡次郎は圭太がうずくまっていたソファを思い浮かべる。
ソファのオレンジ色と、圭太の髪の水色。
2人は共用の洗面所で並んで歯を磨いた。
それから部屋に戻り、壁側のクッションに圭太が、枕に聡次郎が横になった。
机の上のスタンドの明かりに照らされた圭太の髪はやはり水色だ。

「きれい」

聡次郎が言うと、圭太は顔だけを聡次郎の方へ向けた。

「なに?」
「圭太の髪の毛」

圭太は自嘲気味に笑って顔を正面に戻した。

「僕は、みんなと同じがよかった」

聡次郎は、そういうものか、と思った。
消すよ、と言ってスタンドのスイッチを押すと、部屋は暗闇に包まれる。静かだ。おじさんはもう寝ただろうか。

「聡ちゃん」
「うん?」
「手」
「うん」

そろそろと伸びてきた手を握って、聡次郎は体を圭太の方へ向ける。
圭太の体温は高い。一緒に寝ると、朝にはいつも少し汗をかいていた。
孤独と自由は表裏一体だと誰かが言った。聡次郎にはその意味がわからない。どちらも聡次郎が持ったことのない感情だからだ。この施設にはそのどちらも欠けているらしい。最近来た人が言っていた。
聡次郎は物心ついた時にはもうここに居た。親が直接ここへ送ったのか、それとも別の事情があったのかはわからない。でもとにかく、ここにいる限り、自分は孤独でも自由でもないということだ。

「圭太、眠れそう?」
「きっと。多分」
「少し話してもいい?」
「うん」

圭太の声が掠れている。眠くなってきた証拠だ。

「圭太は、孤独って意味、わかる?」

圭太が身動ぎした。

「僕はここに来る前、多分それだったよ」
「ふぅん」
「聡ちゃんは?」

聡次郎は少し考えたが、やはりわからなかった。

「わからない」
「…聡ちゃん」
「うん?」

圭太が体を擦り寄せてくる。

「眠ってもいい?」
「どうぞ」
「おやすみ」
「おやすみ」

聡次郎は圭太の背中に腕を回して、トントントン、とたたいてやる。
圭太の頭はいつも結局クッションを離れて聡次郎の胸の中で眠りにつく。それでも聡次郎はいつも、クッションを用意した。
いつか、手を握れば寝られる日が来るかもしれないからだ。
聡次郎は、圭太の言ったことを頭の中で反芻した。圭太は孤独を知っているんだ。
だったらどうなのか、知らなければなんなのか、なぜ自分がそんなことを圭太に聞いたのか、よくわからない。
すうすうと圭太の寝息が聞こえてきて、聡次郎も次第に眠りに誘われる。
眠る直前、ガラスを凝視していた圭太の視線が捉えていたのは、水色の髪をした自分の姿だったのだと気付いた。

目が覚めると、小さな明かり取りの窓から朝日が射していた。
圭太はまだ眠っている。その頭の下に聡次郎の右腕があって、微かに痺れるその感覚にも、もう慣れた。
圭太の髪は生まれつき水色で、肌は透けるように白い。
そういう風に生まれついたから、と彼は言った。
諦めたような顔をすることもあったし、感情を顕にすることもあった。
聡次郎は圭太の過去も未来も知らないけれど、ただ、圭太のことを近くで感じて、きれいで、尊いような気がしていた。
向き合ったまま、皮膚の薄い瞼、ちょこんとした鼻、赤い唇、すべすべした頬、厚い耳たぶ、そして水色の髪の毛を、飽きることなく見つめる。
圭太が、泣かないで生きられればいい。眠って起きてまたよく眠れればいい。聡次郎はただそう思う。何の感慨もなく、思う。
見つめていたら、圭太が目を開けた。

「おはよう」
「おはよう」

圭太はいつも、起きて聡次郎と目が合うと、気まずそうな顔をする。それから頭を持ち上げるので、聡次郎は右腕をどかす。

「腕、痛かった?」
「痛くないよ」

これもいつもの会話だ。
ベッドから出て白いシャツに着替えていると、圭太が聡次郎を呼んだ。

「ありがとう」

照れたように添い寝の礼を言われるのも、いつものことだった。



「おじさん、水まんじゅう、ってわかる?」

おじさんは、小さな目をぱちぱちしばたいた。

「ああ、わかるよ」
「作り方も?」
「ああ」
「圭太が、それが食べたいって」
「そうか。あの子は渋い趣味をしてるんだなぁ」

感心したような声音に、圭太が好きなものを食べられそうでよかったと、聡次郎はなんだか気持ちが軽くなった気がした。
大変な読書家であるおじさんの部屋は本で埋め尽くされていて、文字通り足の踏み場がない。ベッドの足元も、本に侵食されつつあった。

「おじさんは、孤独って知ってる?」
「孤独?」

おじさんは虚を衝かれたように一瞬無表情になり、そのあとふーっと息を吐いた。

「孤独なんて、そこらじゅうに転がってる」
「ここにもある?」
「あるよ。聡次郎は感じたことがないかい?」
「よくわからない」
「そうか。幸か不幸か…」

コウカフコウカ?
聡次郎にはおじさんの言葉の意味がわからなかった。



「夕方は好き」
「ふぅん」
「暗くなるとだめ」

今日も聡次郎の隣には圭太がうずくまっている。

「だから、ロビーの大きなガラスから夕日を見て、すごくいい気持ちで、今日は眠れるかもって思うんだよ。でも太陽が沈むとだめで、だから、去り際がわからない」

真っ暗な部屋で、片手で圭太の背中をさすりながら、聡次郎は夕日に照らされる水色の髪を思い浮かべる。オレンジ色と水色が混ざると何色になるのだろう。

「僕はどうして普通じゃないのかな」

圭太がぽつりと言った。

「圭太は普通だよ」
「どこが」
「普通だ」
「だから、僕のどこが」

イラついたような圭太の声に、落ち着いた聡次郎の声が寄り添うように重なる。

「ここにいる圭太全部が圭太の普通だよ」

圭太の体温は高い。夕日の暖かさにまるごと包まれてしまったみたいだ。

「俺は、普通の圭太がいいと思うよ」

圭太は何も言わなかった。しばらくすると、静かな寝息が聞こえてきた。
今日もクッションは、何の役目も果たさない。



水まんじゅうはよく冷えていた。

「ハトのおじさん、何でも作れるんだね」
「まあな、仕事だったからな」

圭太とおじさんが話すのを聞きながら、聡次郎はそのぷるんとしたお菓子を噛んだ。半透明の餅の中に黒い中身が透けていて少しグロテスクに見えたが、ほんのり甘くて冷たいそれは、食べてみるとぴたぴたして喉ごしがよかった。
食堂には談笑を楽しむ住人たちが他にもいて、ハトのおじさんが何か作ったらしいと何人かが集まる。

「何、これ」
「水まんじゅうだよ。食べるかい」
「へえ、いいの?」

人見知りの圭太は、聡次郎の影にそっと身を移す。
聡次郎は圭太の分を取ってやり、集まり始めた人たちの邪魔にならないところで圭太と向かい合った。

「これ、食べられてよかったよ」

圭太は微笑みながら、聡次郎の差し出した水まんじゅうを大事そうに受け取った。

「圭太はこれ、前から知ってたの?」
「うん。お母さんが好きだったから」

ふぅん、と言って、聡次郎は最後の一口を飲み込んだ。お母さんとは一体どんなものだろう。圭太のお母さんも、水色の髪をしているんだろうか。



「聡ちゃんは、外に出たいと思ったこと、ある?」

圭太が聡次郎の腕の中から聞く。暗い部屋には、ほんの微かに雨の音が聞こえていた。

「無いよ」
「無いの?」
「無い」

聡次郎はここに来てから外に出たことがなかった。外もここもきっと一緒で、外にあるものはここにもあるし、ここに無いものは外にも無いような気がした。

「圭太は?」

うーん、と言ったまま、圭太はたっぷり1分は黙っていた。寝たのかな、と聡次郎が思った時、圭太がクス、と笑い声をたてた。

「今は出たくない」
「どうして笑ったの?」
「おかしかったから」
「何が?」
「だって僕、来た頃はここがすごく嫌だったんだ。1人で寝なきゃいけないし、誰も知らないし。なのに今は、聡ちゃんがいるからってだけで平気になっちゃったから。出たくないって思っちゃったから」

圭太は笑いを含んだ声で、なんか変、と言って、黙った。

「雨やまないね」
「雨も。雨も平気になった」

圭太は今度は笑わずに、聡次郎にぴったりくっついた。聡次郎は背中に回した左腕でその体を引き寄せた。

「眠れそう?」
「うん。きっと」
「おやすみ」
「おやすみ」

頬に当たる圭太の髪の毛がくすぐったくて、聡次郎は少しだけ笑った。
圭太のためにハトのおじさんは水まんじゅうを2個、つるつるした紙に包んでからお皿に入れて手渡してくれた。それをさっきこの部屋で2人で食べた。
みんな優しいから、圭太もいつか1人で眠れるようになって、他のみんなとも仲良くなれるかもしれない。
珍しく廊下から人の話し声が聞こえた。誰かがハトのおじさんを訪ねてきたらしい。きっと何かを作ってほしいという依頼だろう。そしてそれを食べる時は皆、何かを懐かしむような顔をする。圭太もお母さんを思い出したようだった。ハトのおじさんがここにいてくれてよかった、と聡次郎は思った。



聡次郎が午後の検査から戻ると、部屋の前で圭太が待っていた。明るいうちに圭太が聡次郎の部屋を訪ねてくるのは初めてのことだった。

「どうしたの」
「僕、ここを出ることになった」



それから2人で部屋に入り、何をするでもなく過ごした。ぽつりぽつりと話し、午前中にハトのおじさんが作ったポップコーンをかじった。夕飯を食べることもなく、ただ2人並んだまま夜になった。
ここを出るということは、ここにいる必要がなくなったと判断されたということだ。
聡次郎は何度もそう思った。でもそれはちっとも心に染み込まず、いつまでも宙に浮いていた。
どちらからともなくベッドに入り、迷った挙げ句今日もいつものようにクッションを用意したのに、いつものように圭太が聡次郎の腕の中に収まって、聡次郎は圭太の背中をさする。スタンドの明かりに照らされた水色の髪。
何度こうして眠っただろう。
圭太が顔を上げた。

「今日、ずっと起きてる」
「どうして?」
「聡ちゃんと、たくさん話してたい」

このままじゃ話しづらいから、と、圭太はクッションに頭を乗せて、聡次郎の目をじっと見てきた。
水色の髪の毛が斜めに、額にかかっている。
違う。こんな別れの時のために俺はクッションを用意していたわけじゃない。ただ圭太が1人でも眠れるように──
と考えたところで、聡次郎は胸を潰されたような痛みに襲われた。
よく考えたことはなかった。ただ、圭太が1人で眠ることができるようになるのは、自分の傍らでだ、と信じて疑わなかった。矛盾したその未来を自分が疑いもせず想像していたことに、聡次郎は驚いた。

「圭太……どこにも行かないで」

聡次郎は、自分の覚えている限り初めて、静かに涙を溢した。



「聡ちゃん…聡ちゃん、泣かないで」

聡次郎は圭太の腕に抱き締められながら尚も静かに泣いていた。まぶたが熱く重い。
言いたいことはたくさんあるようで、結局譲りたくないことはただひとつ。自分はこんなに圭太と離れたくない、それをあらゆる表現でぐるぐると考えて、まだ何も言えないでいた。

「聡ちゃん。僕、ここで聡ちゃんに会えて本当によかった。僕は孤独じゃなくなった」

孤独。そうか、と聡次郎は思う。この胃のひきつれるような痛みが孤独か。抱き締められているのに寒いのが孤独か。
なんてさびしい。なんてつめたい。
誰かを知って、それからでしか、きっと孤独を知れないのだ。

「圭太」
「なに?」
「もっと、圭太のそばに行きたい」

こんなふうに圭太に頭を撫でてもらうのは初めてだった。甘えるのはいつも圭太だったから。

「ねぇ、聡ちゃん」
「うん?」
「僕と、セックスができる?」



2人は服を全部脱いでベッドの上で向かい合った。

「俺、セックスしたことないよ」
「僕も」

言い出したのは自分なのに、はにかんで顔を赤らめた圭太の体は、信じられないほど白い。

「圭太、触ってもいい?」

聡次郎は手を伸ばして圭太の肩に触れた。圭太がぴくっと動く。服を着たここには数えきれないほど触ったのに、本当の肌触りを知らなかった、と聡次郎は思う。すべすべして、あたたかい。
聡次郎はそのまま、圭太のあらゆるところに手を這わせた。肩から二の腕。肘、手首は聡次郎のものよりずっと細い。指。指。指。
反対側の腕にも同じように触れた。左の肘に小さな傷跡があった。
鎖骨から腋の下に下がると、圭太が微かに身をよじった。白い肌に浮き上がる乳首はピンク色で、親指で撫でると圭太の口から吐息が漏れた。
こんな圭太を知らなかった。もっと見たい。もっと触りたい。
乳首から臍。腹の括れ。腰骨が浮き出ている。脚の付け根から太もも、つるつるの膝。脛、足首も細い。足の甲はまたつるつるで、指。指。指。
圭太の顔を見たら、熱中している聡次郎の顔をじっと見ていたのか、ぱちんと目が合った。
聡次郎は撫でていた足の指からかかと、足首、脛、と、来た時よりゆっくりと上に上がっていった。圭太は、はぁっと息を吐いてそれを見つめている。聡次郎は膝、太ももを撫でて、反対側の太ももに手を移す。膝、脛、足首、指。同じように撫でた。上に戻る時、また圭太が息を吐いて、聡次郎はその表情を焼き付けるように見つめながら、ペニスに手を伸ばした。既に勃ちあがっていたそれの裏筋から先端までを優しく軽く撫でる。

「あっ…」

圭太は自分の口から漏れた声に赤くなり、目を閉じた。聡次郎は圭太の体と頭を支えてベッドに静かに横たえた。

「圭太」

名前を呼ぶと圭太が目を開けた。
忘れたい。圭太がいなくなるなんてこと、早く忘れたい。
聡次郎は無理矢理何も考えないようにした。
今度は手ではなく、唇と舌で、さっきと同じように圭太に触れていく。
首筋にチュ、チュ、と吸い付いてから、肩まで舌を這わす。二の腕の内側の柔らかな皮膚を唇で挟んで軽く吸うと、白い肌に浮き上がるように赤い痕がついた。肘を噛んで、手首まで優しく口づける。手の甲にキスをしてから、指を口に含んだ。1本1本丁寧に舐めていく。そのまま手を持ち上げて圭太の顔のそばまで行くと、自分の指を吸う聡次郎の仕草を間近に見た圭太があからさまに呼吸を荒げた。

「聡ちゃん、ほんとにしたことないの」
「ないよ」
「なんか、わかんないけど、すごいえっち」

聡次郎は胸があたたかくなるのを感じた。よく見ると圭太はクッションに頭を乗せていた。今日は大活躍だ。

「圭太にしたいと思うことをしてるだけだ」

聡次郎は圭太の手をぎゅっと握ると、圭太のかかとを持ち上げて足の指を口に含んだ。

「あっ、聡ちゃん、汚いよ!っあぁ…」

指の股に舌をゆっくり這わせると抵抗が弱まった。代わりに、視界に入った圭太のペニスから、透明の液体がとろっと零れた。
圭太の足の甲にはくっきりと骨が浮かび、心なしか紅潮している。クッションに頭を乗せた圭太は、蕩けたような目で、自分の足とそれを舐める聡次郎を見ていた。握った手から圭太の体温が移ったみたいに聡次郎の体も熱かった。聡次郎は圭太の足の小指に歯をたてた。

「あぅっ」

圭太は小さく声をあげて、空いている方の手の甲で目を覆った。聡次郎はその仕草に引っ張られるように、夢中で指にしゃぶりついた。

「あっやぁっ!」

さっきまでの優しい丁寧な舌使いとはうって変わって、切羽詰まったように責める。ちゅぱ、じゅぶ、とひっきりなしに音がして、聡次郎は自分がたてているその音にも煽られた。
透明な爪と指の間に舌の先端を強く擦り付けると、圭太が背中を反らした。

「あっああっ、聡ちゃん僕、っだめっ」

見るとペニスは触ってもいないのにびくん、びくんと脈打って透明のものを滲み出し続けている。聡次郎は足の指をしゃぶりながらそこに手を伸ばし、それを指に絡めた。

「は、はぁ、聡ちゃんっ」

圭太は恐る恐る手を自分のペニスに持っていき、緩く扱いて声を上げた。
聡次郎は自分の指に絡んだ圭太の体液をじっくり見た。さらさらで白くて水色で、そんな体からもこんなものが出るんだな、と少し不思議に思ってから、おもむろにその指で圭太の乳首を摘まんだ。

「ああ!うぅんっ、はぁっ」

圭太はペニスを掴む手に力を入れて腰を揺らしている。聡次郎は指を離して足の裏を舐め上げた。そのまま指の股を何度も舐める。

「あっ聡ちゃん、あぅ、や、や、んぐっ…」

急に声を押し殺したかと思えば、圭太はペニスから精液を飛ばした。それは圭太の白い腹と胸を濡らし、ぷるぷると揺れた。
聡次郎は足を舐めるのをやめ、それをまた指に絡めて、自分のペニスを握った。

「聡ちゃん?」

圭太が呼んで、一瞬視線が絡まる。
ぬるぬるした圭太の体液が自分のペニスを包んで濡らしていくのを見て、聡次郎はくらくらするほど興奮した。
圭太は感情を昂らせる聡次郎を見ながら、自分の精液を中指に絡めて後孔に差し込んだ。

「んぅ…」
「圭太?それ、」
「ここに、っ、入れて…男の子同士でも、できるから」

聡次郎はそれを見ているだけで狂いそうだと思った。自分に、こんなに強い感情があるということに驚き、恐怖をも感じながら、手を伸ばさずにはいられなかった。今、圭太のそばに行けるなら、二度と会えなくなっても構わないと思えた。

「圭太」
「聡ちゃん」

精液と唾液で濡らして、時間をかけて慣らしていく。聡次郎は自分の指の動きで反応する圭太から目を離せないでいる。どんな圭太も忘れたくないと思った。圭太を失いたくないと強く強く思った。

「聡ちゃん、もう、もう入れて」

自分が圭太とセックスすることなど、今日圭太に言われるまで考えたこともなかったのに、なぜだかとても自然なことに思えた。だってこんなに大事なんだから。こんなに愛しいから。
先端が入ると、どんどん飲み込まれて、聡次郎は自分のペニスを根元まで埋め込んだ。

「いああぁっ!っは、あぁっん」
「圭太。もっと、もっと圭太の奥に入りたい」
「僕も…もっとほしい、聡ちゃん」

ぐいぐいと腰を押し付けるように出し入れすれば、圭太が喘ぎ声をあげる。きゅうきゅうと締め付けるそこを掻き分けて、中に擦り付けた。くち、くちゅ、と音をたてるそこに、全神経が集中するような気がする。圭太の笑い声がして、ふと見ると、圭太が聡次郎を見上げていた。

「僕たち、キスしてないね」
「うん」
「したい。して、聡ちゃん」

ゆっくり目を閉じた圭太の赤い唇の、味を知りたいと単純に思った。その途端に聡次郎のペニスがぴくっと大きくなって、圭太が、あん、と声を上げた。聡次郎は微かに開いたそこに吸い付き、舌を挿入した。ずく、とまた反応するペニスを引き、思い切り突き刺す。

「んっ、あぅ!んんっ」

圭太を感じたい。圭太の声が聞きたい。圭太に触れたい。圭太のそばにいたい。圭太と話をして、見つめあって、笑って、抱き合って眠りたい。こんなに自分の意思を感じたのは初めてだった。言葉として、知識として知っていた人間の感情を、聡次郎は今次々に体で感じていた。

「聡ちゃん、やんっ!あ、あっ、あ、あぁ、あぁ!」

圭太の体が熱い。キスしながら腰をぶつける。

「ん、んんっ、んぅ、」
「圭太の声、聞きたい、抑えないで」
「だっ、てもう、出ちゃう、」
「圭太、」
「ん、うん、」
「ずっと、そばにいてよ」

圭太がはっとした顔をして、そっと聡次郎の頬に触れて、聡次郎は自分がまた涙を流していることに気付く。
無理だ。我慢なんてできない。しない。優しくなんてしない。圭太の気持ちなんか考えない。施設のことも外のことも、自分の未来も圭太のこれからも知らない。
だって今、圭太を自分のものにしなければ、圭太が行ってしまうから。
聡次郎は容赦なく律動を激しくする。

「ああ!あっ、ああっ、あっ、あっ!」
「けい、た」
「あ、や、いや、こわれ、る」
「圭太、」
「は、あ、あ、あぁ、ぅ」

今この時が永遠になればいい。

「やぅ、出る、出ちゃう、聡ちゃん!」

この時をずっと繰り返して。

「あ!ん、んっ、そう、ちゃん」

もう何も考えないで。

「は、はぁ、あ、やああ、ああっあぁぁん!!」

俺のことだけ見て。
俺の腕の中から、出ていかないで。

同時に果てて、一度だけ、触れるだけのキスをして、2人の濃密な時間は溶けて無くなった。



次の日、圭太は出て行った。
ベッドから出られなかった聡次郎に、昼過ぎに別れを告げに来た時、圭太は聡次郎に言った。
必ず迎えに来るから、その時は一緒に外に出よう、と。
聡次郎はそれ以来、毎日夕方になるとロビーのソファにうずくまって夜を待った。外が完全に闇に包まれると、大きなガラスは間接照明に優しく照らされた室内を映し出す。そこに見えるオレンジ色のソファに座っているのは聡次郎だけれど、いつかそこに水色の髪の毛が映し出される日が来るのを、彼は待っていた。
いつか自分がしたみたいに、一緒に寝るかと聞いて、手を差し出してくれるのを。
聡次郎はずっと待っている。



2人が再会できる日まで、あともう少し。





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