美容液ローション

まつげの美容液を、買って帰らないと。
お客さんのクレームを延々聞きながら、僕はぼんやりそんなことを考える。
京子さんが教えてくれた美容液は、確か5千円くらい。抜けにくくなって、伸びるっていう。雑誌でも見かけたけど、ボトルがとってもかわいい。小さな香水瓶のよう。
今月は化粧水も洗顔もクレンジングもなくならないし、大丈夫、買える。来月、ボーナスだし。
女の子は大変だな。すっぴんの僕に比べたらもっともっとお金がかかる。

「そうですよね、それはこちらの対応が悪かったですよね、申し訳ありませんでした」

自動的に口から出てくる言葉には感情なんか一切こもっていないのに、相手の女性はそれで少し落ち着いてくれたみたい。
言葉遣いも対応も、まだまだだって課長には言われる。でも、京子さんは僕のことを褒めてくれる。
かわいらしい声と、親身に話を聞く姿勢が、多分電話だと相手に何倍にも膨らんで伝わるんだって。
それに、若い男ってだけで得なんだって。
電話をしてくるのは大抵おばさまだ。
最初はすごく怒っていて、店頭で失礼な対応をされたとか、高いクリームを買ったのにシワが取れないとか、肌が荒れたとか、それはもう嵐のように言葉がぶつけられる。
でもそのうち、娘が結婚するとか、孫が生まれるとか、あなたいくつとか、付き合ってる人いるのとか、全然関係ない話になる。それを聞くのも楽しい。時間も潰れるし。
だから僕は、お化粧品メーカーのお客様相談室のオペレーターが天職だと思ってる。
50人近くいる中で、男の子は僕だけなんだけど。
僕はいわゆるオカマではない。女装癖もないし、見た目は普通の男の子だ。
ただちょっと、お化粧品とか、いいにおいのものとか、かわいいものとか、そういうのが好きなだけ。
お昼前最後の電話を切って、隣の席を見やる。

「京子さん、お昼外出る?」
「今日はお蕎麦ね」
「いいよ」
「あぁ、疲れたわ。長い。長いんだよ話が」

京子さんは長くカールした髪をぶわっとかきあげた。すてきな仕草。
京子さんは35歳独身で、軽々と自由の身だ。仕事もできて、美人で、僕の尊敬する先輩。歳が一回り違うけど、さばさばしていて一緒にいるのがとっても楽。

「鴨南蛮にしよっかな」

言いながら、京子さんはハイヒールでビル街を颯爽と歩く。
こつこつこつ。
今日のは薄いベージュで先が尖っている。汚れひとつなくて、ピカピカだ。

「僕はなめこおろし」
「あんたそれ好きね」
「ヘルシーだし」
「そういえばさっき、課長宛の電話取っちゃったよ」

その言葉に、僕の体はぴーんとする。
京子さんの顔を見ると、予想通りの、目を細めたからかい顔。

「名古屋支社から」
「オアシスさんから?!」

京子さんがうなずくのを見て、僕はうっとりしてしまう。

「どうして僕に回してくれなかったの」
「悔しかったら誰より早く取りなさい」
「あぁ…思い出すだけで癒される…」
「怖いわ」
「だって仕方なくない?あの声…うふふ」

京子さんは大抵この辺りから僕を無視するので、僕は安心してオアシスさんがいかにすてきな声かを語ることができる。

「低くなく、高くもなく、ちょっと鼻にかかったような、でも芯があって、ちょっとがさっとしたような、でも話し方がすっごく優しいからドキドキしちゃうよ」

京子さんは我関せずといった顔で、お蕎麦やさんの引き戸を開けた。
オアシスさんというのは、もちろん本名ではない。
名字がコウヅキさんで、名古屋支社の営業企画の人で、うちの課長と仲良しの男のひとだということしか僕は知らない。
僕に癒しとお肌の潤いを与えてくれるすてきな声の持ち主。だから、僕はコウヅキさんをオアシスさんと呼んでいる。
たまに、課長宛に電話がかかってくる。なぜか回線が一緒で、相談室に勤務する誰かが取ってしまう。
ライバルは50人弱。その頂点に立てた日、僕はオアシスさんの声を聞くことができるのだ。
かけてくる頻度はそんなに高くないと思う。それでも僕はもう5回、オアシスさんからの電話を取っている。

「少女漫画の主人公みたいな顔やめたら。まつ毛が綺麗にカールしていること。憎たらしいわね本当に」

僕のなめこおろし蕎麦も頼んでくれた京子さんが呆れている。

「だってすてきなんだもの」
「顔も見たことないくせによくそんな顔ができるわね」
「あの声と話し方。絶対優しくていい人で、きっとイケメンだよ」
「あんたから見たらおっさんでしょうに」
「40くらいかなぁ」
「そうね」
「奥さんいるかなぁ」
「知らんわ」

僕はオカマではない。女装癖もない。でも、ゲイの疑惑がある。
自分でも、ちょっと少女趣味が過ぎるかと思う。会ったことのない人に、恋い焦がれるなんて。
オアシスさんの声を聞くと、僕はふるふる震える。声が小さくなって、すぐに課長に回してしまう。
オアシスさんはとても丁寧に話す。
まず、名古屋支社営業企画のコウヅキです、と言う。
僕がお疲れさまです、と言うと、とっても感じよく、お疲れさまです、と返してくれる。
それから、忙しいところすみません、課長いますか、と言われるので、少々お待ち下さい、と言う。
するとこの間、オアシスさんは僕に、「いつもすみません」と言った。
いつも?僕の声を覚えてくれたの?
僕はその日、ちょっと奮発してすてきな柄のネクタイを買ってしまった。
いつかオアシスさんに会うことがあったらそれをつけられるように、会社のロッカーにかけてある。

「オアシスさん、出張でこっちに来ないかなぁ」
「来てもうちには来ないでしょ」

お蕎麦が来たので、京子さんは小さなバッグから花柄のクリップを出して髪をまとめた。

「あ、新しいクリップ」
「そう。あんたって本当に、そういうのよく見てるね」

そう言って京子さんはくっきりと笑顔を作った。

それから一週間後。

「名古屋支社営業企画のコウヅキです」

電話の向こうのオアシスさんの声に、心臓が全速力で走り出す。

「あ、お疲れさまです」
「お疲れさまです」

優しい声。なんとも言えない、低すぎなくて、深くて、包容力がありそうな、大好きな声。

「忙しいところすみません。課長、いますか」
「はい、少々お待ち下さいね」

少しフランクな話し方をしてみる。心臓がとくとくしている。

「お願いします」

オアシスさんの返事も少し打ち解けたもののように聞こえた。
保留にし、少し腰を浮かせて遠くの課長の席をみやる。席にはいないようだ。
ベッドマイクの位置を直して、保留解除する。

「お待たせしました。課長は席を外しています」

どきどき。瞬きをたくさんしてしまう。

「あ、そうですか…どうしようかな」

困っているのに、落ち着いたような声。もっともっと聞きたくなる。

「折り返すよう伝えますか?」
「そうですね、お願いします。携帯の方に。多分知ってると思うけど一応、番号言って大丈夫ですか。最近替えたから」
「はい」
「080の、」

僕の耳に、オアシスさんの携帯番号が届く。

「では、伝えますね」

緊張で、キーボードに置いた手が少し冷たくなっている。

「ありがとう。更科(さらしな)くん」

僕はしばらく呆然として動けなかった。その間に、オアシスさんは電話を切ってしまった。
はっと我に返って僕がしたことは。
隣の席の、お客さんと電話中の京子さんに。

「オアシスさんが僕の名前知ってた!」



午後の電話で一本すごく疲れるのがあった。
全然こちらの話を聞いてくれないタイプで、口を挟めないのにたくさん話されて、頭がぐるぐるした。

「今日はケーキ買って帰ろ」

お手洗いに行こうと廊下へ出ると、課長が携帯で誰かと話している。

「あっそう、来週?へえ」

相手はオアシスさんだったりして。と妄想をするだけで癒される。ありがとう。オアシスさん。

「…ああ。いいけど。お前どこ泊まるの、今回。…はは、いつもの」

課長の声に集中する。
そしてお手洗いに入る直前に聞こえた課長の声に、おしっこも止まってしまう。

「その日の夜は営業部の連中と飲むんだろ、次の日だな。…うん…うーん…コウヅキすっぽん好き?」

すっぽん!
オアシスさん。すっぽん。好きなの?
答えが聞きたい。
そして、来週、来るんだ。
会いたい。会ってみたい。きっととっても優しくて格好いいおじさまだ。想像するだけで顔が熱い。

「いや知らないけど…はは……うん…いや、じゃ、予約しとっから」

買っておいたすてきな柄のネクタイをつける機会があるかもしれないと、僕は疲れも吹っ飛ばして妄想にふけった。
そして、本当にそういう日が来てしまったのだ。

「京子さん、ネクタイ曲がってない?」
「どれ。…うん、大丈夫」

終業後。更衣室でネクタイを替えて、廊下で京子さんに見てもらう。
課長とコウヅキさんとすっぽんを食べに行くことになったのだ。
うちの課で男は一人だけだから更科も行くかと課長に誘われた時は、神様とお母さんに僕を男の子に産んでくれて本当にありがとうと感謝した。

「おう、更科。行くか」
「あっ、はい…」

緊張して声が小さくなってしまった。

「ほら、しゃんとしなさい、そんなんじゃおとせないわよ」

小声でたたみかける京子さんに強張った笑顔を向けて、僕は課長と2人、すっぽん料理のお店に向かった。

お店に着くと、まだコウヅキさんは来ていなくて、少し緊張が解ける。
お座敷のような個室に通されて、3つの席のうち下座の2席に課長と2人で並ぶ。課長は男らしくあぐらをかいて。僕はあぐらがかけないので、正座をする。

「足崩せよ。3人だから気にすんな」

はい、と返事をして横座りに崩す。
コウヅキさんの名前が出ただけで、また指先が冷たくなって行く。
課長とドリンクのメニューを眺めていたら、遠くから2人分の足音が近づいてきて、僕はメニュー表を取り落としそうになった。
やがて、襖がからりと開く。

「ごめん、遅くなって」

入ってきたコウヅキさんは、あの声で言い、課長に照れ笑いを向け、それから僕を見た。
コウヅキさん。
コウヅキさんだ。
本物。

「おう。更科だよ」

課長の簡単すぎる紹介にあずかって、僕がやっとの事で首を動かして頭を下げると、コウヅキさんは微笑んで、こんにちは、と言った。
あの声が。この顔から。
腹減ったなぁ、とか言いながらあぐらをかいたコウヅキさんを目で追う。
コウヅキさんは、とても普通だった。
普通の、ただの、綺麗でも汚くもない40代のおじさまだった。
体型も普通。太っても痩せてもいない。背は高くも低くもない。髪型も普通。ハゲてもいなければ剛毛でもない。格好も普通。グレーの普通のスーツに、何の変哲もないブルー系のネクタイをつけている。目の大きさも鼻の高さも唇の厚さも、顔の大きさも耳の形も普通。ホクロが多すぎることもなければ肌の色が黒すぎることもない。
なんという、普通のおじさまなんだろう。

「あ、一応これ、お渡ししようかな」

大好きな声がしてはっとすると、その声は確かにその普通の厚さの唇の奥から発せられていた。
差し出されたのは名刺。
香月慎。コウヅキマコト。

「あっあっ、ありがとうございます」

カミカミでお礼を言うと、香月さんも課長もはははと笑った。

「いつも電話取り次いでもらってありがとうね」
「あっ、はぁ、いえ!」
「お前どうしたの、今日おかしくないか。いつもはもっとだらっとしてるだろ」

からかい口調で課長が言うのに、香月さんは、だらっと?と言って笑う。
信じられない。こんなにすてきな声を、こんなに普通のおじさまの喉が生成してるなんて。
ぽーっと、香月さんの声を聞く。
香月さんと課長はビールを。僕は梅サワーをいただく。

「更科くんはいくつ?」
「23です」
「ああそう。若いね」
「高校生と間違われないか。20代にも見えん」
「お前、失礼だよ、セクハラだよそれは」

課長をたしなめる口調は、うっとりするほど優しい。課長はさておき、香月さんには積極的にセクハラされたい。
あの声で「パンツ何色?」って聞かれたらそれだけで、という妄想に没頭しそうになる。

「それにしても今の若い人はスーツでもオシャレだよね。そういうネクタイ、どういうとこで買うの?」

香月さんはにこやかに僕に聞く。
香月さんとの初対面のために買ったネクタイを褒めてもらえて、僕は嬉しくって、つっかかりながらも一生懸命説明した。
すっぽんの唐揚げと肝刺しがテーブルに並ぶ。
つまみながら、店員さんが鍋の準備をするのを眺め、耳だけは香月さんの穏やかな声に集中している。
なんて優しい話し方。香月さんの見た目に少し慣れてきて、そうするととてつもなく、声と見た目が合っているように思えてきた。
香月さんはお酒が弱いみたい。
僕も場に打ち解けてきて、鍋をつつきながら3人で談笑していると、香月さんの顔がとろとろしてきていることに気づいた。

「おい、香月。飲みすぎるなよ」

課長も苦笑している。

「大丈夫だよ…」
「香月さん、お酒強くないんですか」
「年だよ年。昔はもっと飲めたよな」
「今だって飲めるよ…」
「鍋、美味しいですね」
「すっぽんだぞ。お前、今夜はすごいぞ」
「こらぁ、部下にセクハラはやめなさいよ」

そんなになっても、香月さんは僕を庇ってくれる。

「香月さん、ご家族は」

勇気を出して聞いてみると、香月さんは首を横に振った。

「今度お見合いすることになって」
「本当かよ」
「親戚の知り合いの娘さんなんだけど。こっちにも向こうにも余計なお世話だよなー全く」

少し拗ねるような口調の香月さんに、庇護欲が掻き立てられた。
かわいそうに。嫌ならやめればいいのに。
この人は名古屋でどんな生活をしているんだろう。
料理はできるのかな。ネクタイやシャツは自分で買うんだろう。掃除も洗濯も1人でしているんだ。こんなに酔って帰っても、ただいまを言う相手がいないんだ。
もったいない。こんないい声。こんないい人。
切ない気持ちを抱いたまま、宴はお開きとなった。



「お前ホテルまで帰れるか。すぐ近くだけど」

課長が店を出たところで言う。香月さんの目は半分閉じかけていた。

「僕、送ります、ホテルまで」

言い出してみたものの、きょとんとした課長の表情に顔が熱くなる。不自然だっただろうか。
でも課長はすぐに笑顔になり、酔ったそいつめんどくさいけど大丈夫か、と言った。
香月さんはむにゃむにゃ何かを言った。
なんて、かわいいの。赤ちゃんみたい。
40代のおじさまを捕まえてかわいいは間違っているのかもしれないけれど、気分がとてつもなく高揚した。
結局タクシーを捕まえた課長とはそこで別れて、僕は香月さんと少しだけ歩いてホテルへ向かう。

ホテルまであと200メートルほどとなったところで、小さなドラッグストアを見つけ、その前にあるベンチに香月さんを座らせて、水を買いに中に入った。確固たる意志を持ってローションも購入。
お見合いなんか、させないんだから。

部屋に着いて支えていた肩を放すと、香月さんは「うがぁ」と息を吐きながらベッドに倒れこんだ。

「香月さん」

呼ぶと、ベッドに転がった香月さんは少し目を開けて、優しく微笑み、なぁに、と言った。
ああ。もうだめ、性欲が抑えられない。

「香月さん僕もうどうしようもないです、どこでもいいから、早くどこかにおちんちんを入れたいです」

香月さんのかたわらに横座りして自分のスーツの下をずり下げ、かちかちになってしまったそこを撫でると、透明の蜜がこぼれた。

「あぁ…」

吐息を吐いて香月さんを見ると、僕の股間を凝視したまま固まっていた。

「あっ、香月さん、もっと見ますか」

香月さんの顔に近づくと、体をびくっと跳ねさせて起き上がり、後ずさりを始めてしまったので、足を捕まえて押さえつけ、その上に乗っかって動けないように体重をかける。
早くなんとかしたい。
香月さんは酔っているからかあまり強い抵抗をせず、でも顔だけは真っ青だ。
嫌かな、嫌なのかな。
不安になったので、首元を撫でながら香月さんに聞いた。

「香月さん…僕のこと嫌いですか」
「いっ、いや、嫌いとかは、ないかな」
「はぁ、良かった、安心しました」

嬉々として香月さんのスーツを脱がせにかかる。抵抗もほぼない。ただ体がかちこちになっていて脱がせづらい。

「香月さん、もしよければ、服を脱がせるのを手伝うように動いていただけると助かります」
「いや、それは、困る」
「どうして…?」

首をかしげると、香月さんは驚いたような顔をして、それからゆっくり体から力を抜いた。

「まさかとは思うけど、君はそんなに容姿に恵まれているのに俺みたいなおじさんが好みなの?いや、そういう性癖やなにかを差別するつもりはないよ、個人の自由だし。うん」
「あの、僕はゲイではないし、年上が好きなのでもありません」
「じゃあどうして、どうしてそんなに、そこを、その、」

香月さんは僕の股間に目をやった。

「そんなに固くしてる、のかな」

どうして?どうして…。

「…香月さんが好きだからです。性癖とかってよくわからないけど僕、香月さんにおちんちんを入れたくて」
「ストップストップ!ちょっと飛躍の仕方が酷い」

話しながら結局2人ともちゃんと全裸になれたので、僕は枕元に置いたローションを手に取ってとろりと出し、香月さんの脚の間に入る。

「更科くん、これは、」
「指入れますね」
「はぁ?っく!」

香月さんが眉根を寄せる。

「香月さん」
「ぬっ、抜いて…更科くんっ」

ぎゅっと目を瞑るかわいらしい香月さんに、せっかくだから濃厚なキスをしようと試みる。

「ん、んん」

その唇は少しかさついていた。それを割り開き、舌を侵入させると、苦しそうに呻く。それがかわいくて指も増やしてしまった。

「あふ!」

あれ?香月さんの声が、少し甘くなったような。至近距離で顔を見てみると、心なしかうっとりしているように見えた。

「これは…もしかして…香月さんは、太い方が好きですか?」
「え?何、何を言ってるのか全く」
「僕、あんまり大きくないけど、この、このくらいですけど」
「ああっ!」

ぽってりとあいた穴におちんちんを突き入れると、歯を食いしばっていた香月さんが口を開けて声を出した。
とてもいい声。あの、大好きな声が、僕の下から、えっちな声が。
もう、告白してしまおう。打ち明けてしまおう。この、ピュアな気持ちを。

「香月さん。ずっと、ずっと、好きでした…」
「あっ、ふ、う、ぐっ、…ん、んんっ!」

腰をぶつけながら言っても、返ってくるのは押し殺したような吐息。

「気持ちいいです…っん、あぁんっ…」
「っく、ううっ」
「香月さん」
「はぁっ」
「んっ、香月さんの声、好きです…今日お会いして、もっと、もっと香月さんのこと、知りたくなって…っあ、あ」

ずぼずぼと奥を突くと、縮まっていた香月さんの体がだんだん弛緩してきて、それと共に中が引き込むようにうねるようになってきた。

「香月さん、お見合いしないで…」
「更科くん…」
「僕じゃ、僕じゃダメですか」

香月さんは、とろけた顔で微笑んだ。

「さっ、更科くんは、かわいい顔をして…すごく、なんというか、大変な子だね…っ」
「いや、ですか?」
「嫌じゃない…全然…嫌じゃないよ…困ったことに、あ、くっ」
「ああん!いっ、イっちゃいそう…!はぁっ、はぁ」
「…ダメだよ…まだ…」
「やぁっん、香月さん、すっごいえっち」
「そうだよ…っ、もっと、突き入れて…」

香月さんがものすごくセクシーな顔で微笑みながらねだるので、僕は香月さんの前立腺をめがけてぬちぬちとおちんちんを挿し入れする。

「うっ、あっ、っ、!ぐっ」

声を我慢する香月さんに激しく口付けた。苦しそうに、それでも舌を絡ませようと突き出す香月さんの頬を撫でる。

「はぁん!イっちゃいます、香月さん…!」
「待って、更科くん」

香月さんが両脚を僕の腰に巻きつけて動きを止めた。

「あっふ、な、なんですか…」
「君も、俺のでめちゃくちゃになりたいとは思わないの?」

優しく諭すような言い方。考える前に僕の頭は勝手に縦に振られ、それから意味がわかって激しく赤面した。

「そんな!香月さんの…おちんぽが…僕の…いやっ…」

そんなの、照れる。香月さんの鎖骨のあたりに熱くなった顔を埋めると、丁寧に頭を撫でられる。

「一度、君のを抜いて」
「ダメです…」
「恥ずかしがらなくていい。気持ちよぉくしてあげるよ?」

香月さんのいやらしい声がじゅくじゅくと僕に染み込んできて、僕は体の力を抜いた。
途端、後ろに押し倒されて股を思い切り開かされる。

「だめぇ!」
「ああ…綺麗だよ…俺のようなおじさんとは違う…とっても綺麗な、粘膜の色をしてる」
「ダメ!見ないで!」
「えっちなことに使ったことはないんだね?ここ」

言いながら香月さんは、僕の穴に指を少しだけ入れた。

「っや!恥ずかしいから!そんなとこ…ダメです…」

目が潤んでいくのがわかる。恥ずかしい。とても恥ずかしい。でももっと見て触ってほしい。僕は変態なのかしら…。
僕の様子に気づいた香月さんはクスッと笑って僕を抱きしめた。

「恥ずかしいんだね…とってもかわいいよ、更科くん。優しくするからね…優しく、激しく」
「ああ…香月さん…」

区切るように言う香月さんに酔う。なんて…いい声…。
ぬるぬるの指が一本、二本と増えていく度に、僕は背中を反らせて受け入れた。

「ああ!香月さん、香月さぁん!」
「ふふ、随分かわいいね。初めてだよ、君みたいなかわいい子。女の子ですら会ったことがない」

嬉しそうな声にビクビクと体が震える。

「綺麗だ。とても。早く犯したくて堪らないよ」
「あふぅ…」

指だけで軽くイきそうなのを何度もこらえる。

「そろそろ頃合いか…」

呟く声に応えようと目を開けると、香月さんが僕をひっくり返して四つん這いにした。
そして、ひた、と熱いものがお尻に当てられる。

「ああ…香月さん…香月さんの…おちんぽが…」

荒い息遣いだけが聞こえ、ぐいっと入ってきたと思えばすぐ抜かれる。

「ああ!あ…っ、香月さん…」
「少し後ろに動いでごらん」
「はい…ひやぁん!」

動くと香月さんがずっぽりと入って来た。思わず腰を引くと、抜かれる。

「あっ、あっ、意地悪…」
「ああ、すごく、いいな…最高だよ、更科くん。君は淫乱だね…」
「そんなことないもん…」
「どの口が言うんだ、こんなに物欲しそうないやらしい体をして」
「そんなこと…」

香月さんの声を聞いていたら自然と腰が揺れて、また香月さんを迎え入れることになった。

「ああん!だめ!抜かないで!おちんぽ抜かないで!香月さん、香月さんっ」
「っく、はぁ…ああ…更科くんっ、ふ、んふ、っは、はぁ、はぁ」

大きく腰を動かして香月さんは僕に固いものを出し入れした。

「あっ、ああ、あ、ん、ああ、」
「どう。っ、気持ちいいだろう」
「きもちいいぃ…!」

一旦抜かれてまた仰向けにされ、今度は正常位で躊躇なく貫かれる。

「あああん!」
「やめたよ、お見合いは」

はっとして見上げると、香月さんとパチリと目が合う。

「…よくも俺の人生を狂わせたな、このエロガキめ」

目を細めて笑う、汗だくの香月さんに、どうしようもなく男を感じて中がきゅんと締まった。

「うう、かっこいいよぅ、香月さん好きぃ」
「俺はっ、ただのおじさんだよ、いいのか、っ、本当に」
「いい!いいです!っはぁ、ん、あっ、あっ、あぁ、あ、」

だって、攻めればこんなにかっこいいのに、僕に組み敷かれればあんなにかわいいなんて。

「ああもうイっちゃう!出ちゃう、おちんちんからミルク出ちゃう!」
「くそ…俺もっ、もう…!」

ラストスパートをかけてくる香月さんの腰の力強さは10代のそれだ。

「あっあっあっあっあっあっあっあっあっ」
「ああダメだよイく、イくよ更科くんイく」
「はんっ!ああ!ああっん!」

びゅーっと射精をする僕の中に、香月さんも精を迸らせる。
長い余韻を味わったあとで、香月さんがぐったりと僕に体を預けてきた。
しばらく肩で息をしてから、香月さんは僕の耳元で囁く。

「…前でイくと、後ろにまた、君のが欲しくなるよ」

僕は嬉しくなって、その体をぎゅっと抱きしめる。

「もう1ラウンド行きましょうか!」
「もうだめだよ」
「だって、すっぽんも食べたし」
「だめ。おじさんが死んじゃいます。…また今度な」

力強く抱きしめ返されて、少しの不満と大変な満足を残し、僕たちの初夜は穏やかに終わりを告げた。



「本当に普通のおっさんじゃないの」

京子さんの第一声はそれだった。
結局ホテルでイチャイチャしながら一晩を過ごして、朝のツヤツヤした顔で一緒に写真を撮ったのだけど、それを見せた時の彼女の感想だ。
有機野菜を使ったランチで有名なカフェで五穀米を咀嚼しながら、京子さんは言った。

「どこがいいの?」
「声。と思ってたけど、セックスもすっごくいい」
「見た目と中身はどうでもいいわけ」
「見た目も中身もかわいらしい」
「加齢臭とかは」
「特に無かった気がするけど、あってもきっといい匂いだよ」

はぁ、とため息を吐いてから、京子さんは笑う。

「きっと、とか妄想するの好きね。幸せそうで何よりだわ」
「幸せ。お肌もぷるぷるになった。京子さんもしたほうがいいよ、恋」
「言われなくてもしてるわよ」

見つめた視線の先で、京子さんがくっきりと微笑む。



「次の三連休、名古屋行っていいですか?」
『ああ、いいよ。でも大変じゃない?その次の週、俺またそっちに出張だけど』
「やった!その時はその時でまた会いたいなぁ…でも連休も会いたいの」
『はは…いいよ、おいで。かわいいな』
「僕、そっちでうなぎが食べたい」
『……それ以上元気になられても相手ができるかどうか』
「大丈夫。香月さんが勃たなくっても、僕が勃てばいいんだもん」
『おじさんの体が保たないよ』
「香月さん。愛してる?」
『愛してるよ』
「うふふ、僕も」

僕はもう、50人の頂点に立たなくてよくなった。こうしておうちにいても、香月さんのすてきな声を聞けるようになったから。
最近発売になったリフトパックを洗い流しながら、僕は幸せに浸る。
そうして、今も僕のオアシスのようなあの人を抱いたり抱かれたりする体力作りのために、少しだけ筋トレをしてからベッドに入るのだ。





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2014.10.15
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