世界で何番目に

帰宅すると鍵が開いていて、かあっと頭に血がのぼる。
ずんずん廊下を進んで居間の扉をバーンと開けると、ソファに寝転んだ秀一(しゅういち)が起き上がったのが目に入った。

「おー充(みつる)、お帰り」
「お帰りじゃねえから!お前合鍵返せよ!」
「なんで?」
「勝手に入るなってこの間も言った!」
「あの時は充怒ってたから」
「勢いで言ったわけじゃねーよふざけんな!」
「何?今日も怒ってる?」

不思議そうな表情を浮かべる秀一に一瞬殺意さえ湧く。

「お前、昨日はどこに泊まった?あ?言えるのか俺に」
「昨日は、まあ、友達んとこだけど」

秀一はニヤっと笑う。
血が沸騰する気がした。

「友達ね。どうせヤリ友だろ。ほんっと最低」
「えー、違うって。友達ではない。ヤったけど」
「お前まじで近いうちに殺すからな。とりあえず今日は出てけ」

傍に置いてあった秀一のバッグを、廊下へガサーっと放り投げた。

「おいおい!ひどくね!」
「うるせーよ。どっちが酷いんだよ。許さない。今回はもう許さない。疲れた。もう別れる」
「充」

立ち上がった秀一は、充が暴れる前に素早く抱きしめて来る。

「充ってば」
「うるせ。まじでお前は死ね300回は死ね。孤独死しろ」
「はいはい」
「はいはいじゃねんだよ。俺は本気だぞ」
「うん」
「今回はほんとに許さんからな。俺は今日機嫌が悪いんだ」
「そっか。どした?仕事?売り上げ大変なの?お疲れ様。いつもがんばってんな」

秀一が優しく頭を撫でる。
そう。月末の数字がやばくて。

「いや黙れハゲ。そんな話今はいいんだって」
「今日、寿司買ってあるよ」
「お……また…お前…無駄遣いしたな…」
「お前の好きな鯖寿司、別で詰めてもらったし」
「…さ…鯖寿司…?」
「一緒に食おう?充」

秀一は充の頬にキスをし、愛おしげに背中を撫でる。

「会いたかったんだって。まじで」

こんな軽い言葉に今日もまた絆されるのか。
充は絶望的な気持ちで脱力し、秀一に体を預けた。



秀一はモテる。
男にも女にもモテるしどっちもイケる。その上見境いのないヤリチンなので、充はこれ以上にクズな人間を他に知らない。
それでも好きで好きで、離れられないでいる。追い出せないでいる。

「はい。あーんしてやるよ充」
「いらん。自分で食う」
「そう?」
「お前は鯖寿司食うな。ガリでも食ってろ」

んはは、と笑って、秀一はガリを指でつまんで口に入れた。
袖の隙間から手首がちらりとのぞく。形の良い、すべすべの手首が。

「…あと…俺はマグロはいらん」
「食っていいってこと?」
「……いいよ」
「優しいな、充。愛してる」
「うっせ。一生しゃべんな」
「はいはい」

秀一はそのあと、黙々と寿司を口に運ぶ充をしばらく楽しそうに見ていた。

「キモいから見てんじゃねーよ」

丸めたティッシュを投げつけると、頭に手を添えられ、素早くキスをされる。

「充はいいな。やっぱお前の隣が一番いい。ホッとする」

だったら、という言葉を寿司と一緒に飲み込んで、充は秀一の軽薄そうな笑顔を眺めた。
充は何よりも秀一のこの笑顔に愛着がある。
どれだけ浮気をされても、どれだけ裏切られても、どれだけ待たされても、こうして笑われると全部が流れていく気がした。
馬鹿だ。自分が一番わかっている。嘘と寿司なんかでこんなに簡単に。

「なあ充」
「あ?」
「来週さ、お前誕生日じゃん。どうする?」
「…どうするって何が」

鯖寿司を食べるのに集中していると見せかけて、充は秀一を盗み見た。

「何がって、なんかあるだろ。欲しいもんとか、食いたいもんとか、なんかねえの?」
「…別に」
「何だよつまんねえな。とりあえずちょうど週末だし、1日空けといて」

な、と言って秀一はまた、軽薄そうな顔で微笑む。
腹が立つ。そもそもこいつの浮気に怒っていたのだと思い出した。

「そんなこと急に言われたって無理だから。予定あるし」

無いけど。

「振り回されてたらたまんねえよ。お前は大好きなヤリ友んとこでも行けば」

お寿司はご馳走様でした、と心の中で手をあわせる。

「充、ちょい、まじで怒ってんの?」
「さっきからそう言ってんだろ。むしろこれでキレてねえって思えるお前の神経を疑う」
「こんなのいつものことじゃん」
「自分で言うなよクソが。ガリを食い終わったら早く帰れ」
「おい、充」

立ち上がりかけたところで腰に抱きつかれて膝をつく。

「放せよアホ」
「充」
「あ?」
「なあ。お前の誕生日、俺にとってどんだけ意味あるかわかる?」
「知るか」

そんなのは知らん。と思いながら、話だけは聞いてやってもいいと秀一の顔をチラ見した。
真剣だ。表情だけは。
笑顔もいいけど、こういう顔も好きだ。大体こいつが最初から人を惹きつけるカタチをしているのがいけない。

「くっそ腹立つお前の顔」
「それでいいけど。いっつもさ、お前を困らせてばっかだけど、俺、お前のこと本当に大切に思ってるよ。ほんとに予定あんの?2人っきりで祝わせてよ」

こいつのこんな言葉の、一体何%が真実だろう。
恋人の信頼も得られないなんて、可哀想な奴。
そう思うと充はいつも、なんだか秀一が可哀想で愛おしくてたまらなくなるのだ。
駄目なんだよ。こんなことでは。頭ではわかっているつもりなのに、寿司を完食した途端床に押し倒されてキスをされ、体を弄るその手に逆らうことが全くできないでいる。

「んんっ、秀一…」
「充…充…っ」

さっきまで殺したいと思っていたその体を思い切り抱き寄せて、明日まではここにいてくれるよね、と健気に問いそうになる。
だって仕方ないんだ。好きなんだもの。
抱かれると、それまでの怒りが嘘のように溶けていき、それに代わって持て余すほどの愛が溢れる気がした。

「充、ほんとお前…かわいすぎんだよ」
「あ、…ん…」

むき出しになった乳首にキスをされ、秀一の手をぎゅっと握った。
悔しい。悔しいけど仕方ない。

「もっと…もっとしろ…」
「充…!」
「…はやく…抱いて…」
「んんっ」
「あ、っ」

ちゅるちゅると音を立てて乳首を吸われ、その頭を掻き抱いて、両脚を秀一の体に絡めた。

「ふ、充…ほんとお前…ゆっくりしてられねーんだけど」

それで余裕ぶって笑ったつもりか。
体の力が抜け、瞬間、立場が逆転する。
秀一の髪に指を滑らせて、腰を緩く押し付ける。

「だから、早くって言ってる」

一瞬息が止まるほどの力で抱きしめられ下着を剥ぎ取られながら、充は全身が幸福で満たされるのを感じた。
充はなんとなく知っている。
なぜか秀一は充の体に執着している。
男でも女でも、他に何百人抱いたとしても、秀一はここへ帰って来るという希望。
何日か帰って来ない時も、寂しさは募るけれどそれだけ会った時の行為が激しくなるのを知っていて、だから自分は秀一を待っていられるのかもしれない。

「つっこんでいい?」

止める間も無く、よく慣らしもしないそこへ熱くて固いものが押し当てられ、期待で腰が揺れた。
秀一の息が荒い。熱い息が首筋にかかり、そこを強めに吸われて胸が反る。

「あぁっ、…早く…」
「っ、は」
「んんっ!あ、ああ、やば…」
「あぁ、くっ…すげぇ…」

奥にたどり着くなりすぐに律動が始まる。

「ああ、ん、んっ、やだ、はげし、」
「やじゃねーだろ…な、嫌じゃねえよな、好きだろ、はぁ、ああっ、充…」
「すごい…すげ…秀一の…でかくてきもちい…」
「充っ…はぁ…はぁ…」
「んん、んっ」

パンパンと肌のぶつかる音を遠くに聞きながら、秀一の触れた場所に慣れ親しんだ安心を感じた。

「なあ、明日は、っん、どうすんの」
「いてほしい?」
「…どっちでもいい」
「いてって言ってくれたら、はぁっ、いる」

本当かどうかわからない。嘘しか言わないんだから。

「どっちでもいい、って、あっ、はぁ、中出しして」
「…素直じゃない」

今こいつはどんな顔をしてるんだろうと思いながら、秀一の終わりの気配を感じてイきそうになる。

「あー、出そうっ、中で出すよ、充、っ、みつる、あ、出る、出るっ、あっ、あっ、」
「っ、んっ」
「あ…っ、……はぁ…は…」

いつも秀一が先にイって、ぐったりしながらフェラしてくれて、程なくイってしまう充の精液を秀一は飲み込む。
何かの儀式みたいに。

「秀一っ、でる、いくぅっ」

秀一の肩を押さえながらその口の中に出して、充は少しだけ寂しくなった。
これも、いつものことだ。

セックスした後も、秀一は優しい。表面だけは。
腕枕をしながら、にっこり微笑んで秀一は言う。

「ほんと綺麗だな。お前の肌、今まで抱いたどの女より綺麗だよ」
「はーお前まじで千回は死ね」

明日は不在で結構だ、と、秀一に枕を投げつけながら充は思った。




-end-
2016.11.23
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