みんな大好き木野せんせー!

「あれ、青戸(あおと)どうしたの。帰らないのか?」

いつも真っ先に教室を出て帰っていく青戸が自分の席に伏せていた。黒い頭につむじが見える。俺はそこを人差し指でぐるぐる撫でた。
担任をもっている1-1の教室を覗いた俺が声をかけたのに、全然反応がない。皆下校したらしく、他の生徒は誰もいない。

「おぉい、あおとー」

青戸は普段は無口で表情もあまり動かさない。反抗的ということはないけれど、彼とどうコミュニケーションを取っていこうか考えあぐねていた。
出席番号順に並んでいるので、青戸は廊下側の一番前の席だ。
おもむろに起き上がった彼は、一点を見つめたまま動かない。

「どうした?」
「……」
「何。なんか悩み事?先生に話してみるか、ん?」

冗談めかして聞いたのに、彼は眉間に皺を寄せて頷いた。
着崩した制服の胸元から鎖骨が覗いている。

「なになに、珍しいな、どうしたの」
「……ここじゃ話せない」

そんなに深刻なのか。俺は途端に心配になって考えをめぐらす。

「そっか。指導室行くか?」

青戸が頷いてガタリと椅子を引いたので、先に立って廊下へ出る。
青戸が悩みを抱えているなんて気づかなかった。でもせっかく担任の自分に頼ってくれたんだ、なんとしてでも力になりたい。
俺は自分より背の大きい青戸を従えて指導室へ向かった。

指導室に入り、促すと、彼は長い足を開いて使い古されたソファにどかりと座った。
俺はテーブルを挟んでその向かいに掛ける。
話し出すのを待つと、彼は顔を上げて俺を見た。切れ長の瞳が射抜くような鋭さを発している。

「先生、隣に座って」
「はい?」
「正面にいられると緊張するから、こっちに来て座って」
「お、う」

俺は若干動揺しながら回り込んで青戸の隣に座り直す。
並んで座るとやはり青戸はでかい。ごつくはないけど薄くはない胸板が目の前にあり、決して大柄ではない俺は少し気後れする。
そんな俺を、感情のこもらない目で見ながら、青戸は言った。

「先生、セックスさせて」
「何?」
「セックス」
「は?」
「先生とヤりたい。ヤりたくて狂いそう。辛い。苦しい」
「ちょちょちょ、待て、」
「先生、助けて」
「あのぅ、意味がよく」
「木野先生、俺の悩みを解決して」

眉ひとつ動かさずに青戸が言った言葉を聞いて俺は固まる。
生徒が苦しんでいるらしいのに何もできないなんて教師失格だ……でも悩みがちょっと何言ってるのかよく……いやでも悩みなんて人それぞれだし……でも青戸の言い方がなんか棒読みなのが気になる……でもでも、みんな俺のこと木野っち木野っち言って友達みたいに扱ってくるけど青戸は俺のこと先生て……先生て!

「どうすればいいの?」
「え」
「え?」
「……いいの?」
「いいけど俺ちょっと男同士の仕方とかよくわからんから。青戸はわかるの?」
「……まぁ」
「じゃあ任せるから、ほら、いいよ」

俺が真面目な顔で腕を広げると、青戸はまじまじと俺の顔を見た。

「しないの?」

首を傾げて聞くと、青戸がどんとぶつかるように俺をソファへ押し倒した。



 *



男なんか抱ける訳がないと思っていた。
同じクラスの荒木や新美(にいみ)が、男でも担任の木野なら抱けると言い出し、俺は無理だと言った。
負けたやつが木野に抱かせろと言って反応を見るという罰ゲームのもとでジャンケンをすると一発で負けた。
そもそも俺は抱けないと思ったのだから圧倒的に理不尽な罰ゲームだったのだ。あいつらは抱きたいのだから罰ゲームにはならないではないか。
俺はふて腐れながら教室で木野を待った。荒木と新美は俺が罰ゲームを終えて学校を出るのを外で待っている。

指導室に誘導してソファに押し倒した木野は俺より小柄で童顔で、とても担任とは思えない。
木野の担当教科は選択科目の書道。思い切りよく自由に、生徒の書きたいように書かせつつ、作品をより良くする書き方を明るく指導しながら進められる授業は、上級生からも人気が高いらしい。

少し緊張した面持ちで、それでもさぁおいでと言いたげに微笑む顔は、生徒に対する責任感の強さを感じさせる。
が、俺はその顔を見ながらなんだかイライラした。こいつは馬鹿に違いない。何をされるか本当にわかっているのだろうか。

木野なら抱けると言うやつは、同じクラスにも他のクラスにも何人もいる。童顔なのに、たまに表情に色気が混ざると荒木は言っている。そんな目で男の担任を見る気持ちが俺には全くわからなかった。
でも今組み敷いている木野は、女のように柔らかそうな髪をして、なんだか深くいい匂いがする気がした。
その空気は確かにどこか淫らだった。



 *



「どうすんの?キスとかもするの?」

俺を押し倒したまま固まった青戸に下から声をかけたら、彼は眉間に皺を寄せた。
怒らせるようなこと言ったかな。
しばらく見つめ合っていたら、青戸の手がいきなり俺の股間に伸びて、ものをふにっと押された。

「うわっ、え、いきなりそんなとこ」

青戸は何も言わずふにふにと触り続ける。
前戯も何もなしにただ揉まれてもその気にはなれないんじゃないかと思った。
なんだ、なんなんだこの時間は。
しばらくそれが続いて、なぜか薄く笑った青戸の手に力が入り、痛みが走る。

「いっ…」

多少は我慢しようと思っていたけど、勃起していないそこをぐりぐりされて、つい顔を歪めてしまった。
青戸は本当にこんなことをしたかったんだろうか。悩みはもっと別のことなんじゃ……。
不安になりつつ俺は青戸の股間に手を伸ばした。

「あれ」

青戸のそこは硬くなってきている。本人も触られて初めてそのことに気づいたような顔をして、その表情がどんどん不機嫌そうに歪む。
えー、なんで怒ってるの……。
すると青戸が顔を近づけて俺の耳にふーっと息を吹き掛けた。

「あっん………」

やばい、声出た。
一瞬止まった青戸の動きは、再開された時には少し乱暴になっていた。

「んん……」

今度は耳たぶをぺろっと舐められて俺は身をよじる。
耳がいいんじゃない。耳も、だ。
敏感なこの体質を、俺は少し持て余していた。
途端に股間に血が集まり出す。感じるところを少しでも責められればもうあとは昂るだけだ。
青戸は俺のズボンの中に手を入れて、確かめるように俺のものに触れた。

「ああっ、青戸、」
「先生も勃ってんじゃん」

青戸はなんだか複雑な表情で俺を見下ろした。



 *



自分の勃起に気付かなかった。というかまさか勃っているとは思わなかった。
触り始めてしばらくしても、木野のぺニスはふにゃふにゃしたままだった。
ほらな。やっぱり男同士なんて無理なんだ。もうやめよう、冗談だと言ってさっさと帰ろう。時間の無駄だ。
生徒にされるままになる木野が馬鹿馬鹿しく見え、最後のつもりでぐいっと揉んでやった。
木野は痛みを堪えるような顔をした。
その顔が、悪かった。
ほんの少しの間、その顔を見ながら無心で手を動かしていたら、木野が俺のものに触れた。その途端、腰に痺れが走った。
勃起してる。木野で。最悪だ。

腹が立ったことが顔に出たらしく、木野は少し不安そうな顔をした。
木野は普段、生徒相手にそんな顔はしない。アホみたいに楽観主義で明るい。
なんなんだよ、今日の木野は。ムカつく。
しかも、耳に息を吹き掛けたら、木野は小さく高い喘ぎ声を上げた。

木野の反応を見るという罰ゲーム。反応っていつの反応だ。セックスしようと言った時?押し倒した時?それとももっと先まで……。
一瞬でいろんなことを考えて、結論が出る前に体が動く。耳を舐めたらまた甘い声を出した木野に、どうしようもなく欲情した。
それでも理性が働く。木野の勃起したものに触れて、責めるような口調で俺は言う。

「先生も勃ってんじゃん」

俺だけじゃねえじゃん。
なんとなく安心したような気持ちで、木野を見下ろした。



 *



ズボンを脱がされて、ものを何度か撫でられた。
それだけでもうたらたらと透明の液体をこぼす自分が恥ずかしい。

「んんっ、青戸……つ、次は……?」
「ここに、挿れる」

俺を撫でていた手が後ろへ回って、今度は孔を撫でた。

「えっ!」
「えって、知らないで抱いていいよって言ったのかよ」
「だって男同士のことよく知らないんだってば!」
「ここでヤるけど」
「えっ、え、は、入るの……?」
「挿れれば」

その言い方、無理矢理感がハンパないんですけど……。
青戸が学校指定のカバンから何かのケースを取り出す。

「なぁに?」
「ワックス」
「髪の?何するの?」
「塗る。男は濡れねぇから」
「あー……」

青戸はそれを開けて中身を手にたっぷり取った。

「それ……、滲みない?」
「わかんない」
「えー……」
「滲みたとしても痛み分けだ」

何の解決にもならないことを言って、青戸は俺の後ろへ指を突っ込んだ。

「ひっ、いー……っ」

青戸はまた眉間にシワを寄せる。

「なんで……怒る……っう……」

青戸は益々しかめっ面になった。

「滲みるの?」
「ううん、今のとこ、ふぅっ、大丈夫、だけど」

優しくはない手つきで中を広げられて、なんとも言えない情けないような心許ないような気持ちになったので、目の前の青戸の肩にしがみついた。

「じゃ、挿れるから」
「ああっ、う、ん……」
「後ろ向いて」

四つん這いにさせられて、後ろからベルトを外す音がして、そこで俺は堪らなく怖くなった。

「あ、あおと、待って!」
「なに」

不機嫌そうな声が言う。どっちが年上かわからない。

「やっぱこわい……いたいの、イヤだ……」
「……痛くないようにする」

間があった。何の間だよ。

「ほんとに?」
「うん」
「ぜったいね?」
「わぁったって」

面倒くさそうな声に不安が募るばかりだ。
腰を掴まれてぐいっと引き寄せられ、孔に何か熱いもの、何かというか青戸のものが押し当てられて、俺は思わず青戸の顔を振り返った。
その眉間にはやっぱりシワが寄っている。

「ゆっくり……やさしくしてね……?」

たっぷり5秒間、顔を見つめられて、その顔がだんだん近づく。頬に青戸の唇が触れた瞬間、ものすごい違和感が俺を襲った。

「ひやっ!う、や、あ゛」

思わずソファの縁を力一杯掴んだ。

「ちから、抜けよっ」
「だ、だめ、入んないっ」
「先生」
「あぁっ」

あまりの衝撃に腕が崩折れた。低くなった上半身に青戸がのしかかって、耳の下から首筋に舌を這わされる。ぞくぞくした。

「はぁ、ん……」

体の緊張が少し解けて、その隙を狙って青戸が腰を動かす。にちゃにちゃと音がした。

「いっ!うぅーっ……」

後ろで青戸が深く息をした。

「先生、もう少しで俺の全部入る」
「んーっ……んん……」
「痛くなかっただろ」
「いたくは……なかった……あ゛あっ!」

ぐんと衝撃が走って、尻にしっとりした肌がくっついた。

「っく……、先生に入った」
「やらぁっらめぇ!まだ、まだうごかさないでぇっ」

青戸の囁き声に危なくイきそうになって、半分無意識に叫んだら、後ろから舌打ちが聞こえた。

「あ、おと、っ、や、やだ、なんでおこるの」
「……怒ってない」
「だって、ちってゆった」
「……木野先生、ムカつく」
「えっ、あん!や!あぁっ!」
「そんな声出すなよ廊下聞こえんぞ」
「っ!…う…!…っんん…」

あとはもう、苛立ったみたいな青戸に犯された。古い焦げ茶色のソファに顔を押しつけて声を殺しながら、ひたすら快感をやり過ごす。

こんなに気持ちいいなんて知らなかった。



 *



ムカつく。今日の木野。
急に舌足らずになったのは何なんだ。

特にヤバかったのは、挿れる直前の「優しくしてね」だ。状況も相手が誰かも忘れて、大丈夫だよ優しくするからと唇にキスをしてしまうところだった。
危ねぇな馬鹿野郎。

ギリギリのところで口づけた木野の頬は、ぷにぷにして柔らかく、やはりいい匂いがした。

何だろう、この匂い。
香水やシャンプーの匂いではない。もっと和風な、お香みたいな。

「んっい、イくぅ…あおとぉ…イく、イくっ…は、ぁぁっ…!」
「く…は、せんせ…」

木野が爪を立てた手に痛みを感じた。それで我に返らなかったら中出ししていたかもしれない。危ない。

俺が木野の尻の外に射精するまでに、木野は2回イった。



 *



「おい」
「…むぅ…」
「おいって。木野先生」
「は」

少しだけ眠ったのか、意識が無かったらしい。下半身丸出しでソファに小さく横たわる俺を、身支度の終わった青戸が見下ろしていた。その眉間に手を伸ばした。

「青戸、まだ怒ってる」
「…はぁ?」
「このシワ、何。イライラしてる?まぁな、理由もなく苛立ったりする年だもんな…」

青戸の眉間を指で撫でながら少し掠れてしまった声で呟いたら、青戸が目を逸らしながら言った。

「先生のせいだろ」
「え」

俺のせいで苛立っているのか。

「やっぱ俺なんじゃん。何よ、腹割れよ」
「帰る」
「なんなんだよぉ」

行きかけた青戸が振り返った。

「先生のその匂い、何」
「匂い?くさい?汗?」
「違う」

少し考えて答えはすぐに出た。

「墨だよ、多分」
「墨?墨って」
「うん、書道の。ちょっといい墨はね、いい匂いがするんだよ。今度嗅ぎにおいで」

青戸はふん、と鼻を鳴らして立ち去ろうとする。

「待って、お前の悩みってさ、」
「友達ができねぇなって、それだけ」

青戸はカバンを掴んで指導室を出て行った。

「友達ができない?嘘つけよ、いっぱいいるじゃん」

青戸と仲良くしている荒木や新美や山本の顔を思い浮かべて俺は独りごちた。

そして落ち込む。

「やっぱ男の体なんかで解決できる問題じゃなかったんじゃないか…」



 *



「遅いから!」
「まじでヤってたんじゃねぇだろうなー」
「おい青戸、抜け駆けは許さんよ!」

靴を履き替えて外に出ると、荒木と新美が痺れを切らしたように走り寄る。

「で?言った?木野っちに」
「…ん」
「なんてなんて!」
「…男とヤれるかって」
「そしたら?!」
「無理だって笑って流された」

明らかに期待外れみたいな顔をされ、場が白けた。

「なんでこんな時間かかったの」
「それより、とか言われて説教食らったり、雑談したり」

2人はふーん、とか、ぅえー、とか興味のなさそうな返事をした。

「木野っちかわいいなぁほんとかわいい絶対抱けるもん。あの顔でさー『あらきぃ、いれてぇっ、はやくぅちょうだぁい』とか言われてみろよお前絶対イけんだろ」

俺が間違ってた。全然抱けた。

内心謝りつつ、荒木の言葉に深く同意したけど黙っていた。

すると荒木がバッと顔をこちらに向けた。

「明日、俺言ってみようかなぁ!」
「無駄だからやめろ」
「なんで?わかんないじゃん俺だったらさ、」
「やめろって」

青戸?

声を荒げた俺が珍しかったのか、荒木と新美は顔を見合わせている。



なんなんだよ。木野。
イライラする。

墨に匂いがあるなんて知らなかった。



ほんと、うぜぇ。





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