白衣と、包帯

ご注意

当サイトにしては、少し痛そうな表現があります。
管理人自身、痛い表現が苦手なのであまりひどくはないと思いますが、具合が悪くなったりする方は、座ったりゴロゴロ寝っころがったような体勢で気を付けてお読みください。フラッとして倒れたら危ないから!





















平川が保健室へ入って来た時、松田は他の生徒の擦り傷を手当てしていた。

「座って少し待ってて」

声をかける。
平気な顔で素直に椅子に掛ける平川に対し、手当てされている生徒は若干体を強張らせた。
平川が他生徒にどう思われているのか、大体わかる。

「はい。終わり。今日は患部をなるべく濡らさないで」
「ありがとうございます」

そそくさと保健室を出ていく生徒を見送ってから、ゆっくりと平川へ視線を移す。
平川も松田を見ていた。

「どうしたの」
「先生に会いに来た」
「何かあった?」
「何も」

にこりと笑う。
その手首と首には、真新しい包帯。
先日松田が巻き直してやったものだろうか。それとも自分でしたものか。見た目では判断がつかなかった。
松田は視線を外し、デスクへ向き直った。

「授業にはちゃんと出た?」
「うん。今日の客はお昼に1人だけ」
「まだ続けてるのか。やめなさいって言っただろ?」
「先生。俺、初めてタチやったよ」

白衣のポケットに手を入れて、平川へ視線を戻す。平川は相変わらず微笑んだままだ。白い、透明な空気を纏って。

「こないだヤった中等部のやつが逆もやってみたいって言い出して。俺正直勃つと思えなかったんだけど、わざわざケツ洗ってきたって言うし、なんか丁寧にフェラされて、そしたらすごくかわいく見えてきて。まだ体も小さくてね。最後にはすっごく勃起した」

はは、と笑う平川を、松田は見つめる。
精神状態は割と安定しているようだ。

「平川。そういうことは、もうしない方がいい」

松田自身にも、それが誰のための言葉なのか判断がつかない。

「様々な病気のリスクが伴うんだよ。セックスは、愛する人と、愛を確かめるためにするものだ」

平川はおとなしく頷く。一重の左目だけが細くなった。

「わかった?」
「はい」
「もうしないと、約束できる?」
「考えてみる」
「平川」

咎めるつもりで呼ぶ声が、思わず甘くなる。
先日、無防備に泣いて見せたと思えば、今日は随分ガードが固い。松田の入る隙がない。

「先生は愛する人っていうの、いるの?」
「さあ」
「セックスするの?先生は少し変わってるから、童貞っていうのもあり得る」

平川はふふ、と笑った。

「オセロの世界大会とセックス、どっちが好き?」
「覚えていたの。私の好きなもの」
「どっち?オセロ?セックス?」
「私は平川にセックスが好きだとは一度も言っていないと思うけど」
「うわぁ。先生の口からセックスって単語が出ると思わなかった」

挑発的な言い方をした平川に、松田は余裕のある風に優しく笑んだ。

「包帯を替えようか?」

話を逸らして反応を伺う。

「…まだ大丈夫」

若干落ち着きがなくなったように見受けられた。
包帯。動揺。

「タチも結構気持ちよかったよ。中等部はねらい目かも」

そう言って立ち上がり、何の未練もない様子で平川はさっさと保健室を出て行った。
試されたような気がして、松田は一人苦笑する。
いつまで自分は、あの子の前で平静を保っていられるだろう。
窓の外は快晴。どこか上空を飛んでいるヘリコプターの音が微かに聞こえた。



「先生、平川がまた倒れてます」

そう言って生徒が保健室に駆け込んできたのは、その数日後だった。
屋上に駆けつけると、人だかりの中に平川が倒れていた。
近づくと見える。平川の左手首の包帯が解けていた。肘の下に、刃物で切ったような傷がある。
その場には、平川がどうして怪我をしたかを知る者は居なかった。
松田は素早くガーゼで傷を隠してやり、生徒に手伝ってもらってフラフラした平川を保健室へ運んだ。
生徒達が出て行き、ベッドに寝かされた平川と2人になると、松田はガーゼを一度解いた。
傷口は浅い。血ももう止まっている。
脱脂綿で消毒してからガーゼをテープで留め、手首の包帯を丁寧に巻き直した。
平川は薄目を開けて、おとなしくされるがままになっている。
松田も敢えて何も言わず、ただ、空気が重くならないように、右腕のむき出しの肌を労わるように撫でた。
もう一度顔を見ると、平川は静かに涙を流していた。

「どうした」

できるだけ優しく聞く。
屋上で見た時にはすでに、目の縁に泣いたような跡があった。
平川は濡れた目でまっすぐ松田を見る。

「さびしい」

随分心許ない声を出す。

「おいで」

両腕を差し出すと、平川はもそもそと起き上がって松田に体を預けた。よいしょ、と声を出しながら、平川を膝の上に向かい合わせに乗せて抱き込む。
腰を抱くと、平川も松田の首に腕を回した。

「誰にやられた?」
「誰にも」
「言っていいんだよ。秘密は守る」

平川はそっと息を吸い込んだ。

「…自分でやった」

平川のその、うっすらと桃色に透き通ったような耳にキスしそうになるのを堪える。

「いいかい。よく聞いて。平川には、私がいる」

キスの代わりに、ゆっくり口にする。

「深呼吸をして。言いたいことを言ってごらん」

大丈夫だから、と言って背中を優しく撫でてやると、平川は思い切り抱きついてきた。

「…こわい」

小さな小さな声で言う。年端のいかない子どものような言い方だ。
ああ。今。
松田は思う。
今、自分は、平川に完全に浸食された。
古びて錆びついた金属に、不純物の混じらない清潔な液体がとろりと浸透していくところを、松田は思い浮かべていた。

「何が、怖い?学校?」
「こわい」

すぐ近くに、ピアスのついた口元が見える。その下には、包帯の巻かれた首。
醜い衝動が湧き上がる。それにじっと耐えながら、平川の体を撫でていた。

「私のことは?怖いかい」

一瞬、平川の背中が強張った。
大きく息を吸うと、今度はきっぱりと言う。

「怖いよ。先生も」

そうして松田の膝から下りた。

「どうして?」
「先生も裏切るよ。きっと。俺を」

左目を細くして笑い、先生ありがとうと言ってカーテンの向こうへ出ようとする。
その背中を追い、松田は無意識に手を伸ばしていた。

「平川」

抱き締めて、呼ぶ。

「俺がお前を裏切るなんて…そんな悲しいことを言うな」

哀願するような響きに自嘲していると、平川は腕の中で松田の背に腕を回した。

「先生も寂しいの?」

その問いに、松田は答えられなかった。
甘えるように体を擦り付けてから、平川は離れていく。

「先生だったら、キスまではタダでいいよ。俺、舌ピんとこ舐められるの感じるんだ。覚えといてね」

左目を細めてニヤリと笑い、今度は本当に保健室を出て行った。
平川を抱きとめた両腕を見つめ、松田はため息を吐いた。



ざわついた体育館。
授業の一環として、外部からの講師を招いた講演を聞くために全校生徒が集められている。
スライドを交える予定のため、暗幕が引かれて薄暗い。
松田は後ろの隅の方でパイプ椅子に座っていた。
無意識に平川の姿を探すと、反対側の後方で静かに座っている。
首の包帯だけが浮き上がって見えるようだ。
講演が始まりしばらくすると、松田の視界の中で白いものが揺れ、目を凝らすと平川が前の席の男子生徒の体に後ろから抱きついているのが見えた。
同じクラスにも、平川を抱くやつがいるのだろうか。
途端、煙草が吸いたくなる。
パイプ椅子の上で、できるだけ体を伸ばしてリラックスをしようと努めた。
その間にも、平川は前の生徒の髪を撫でたり耳元で何か囁いたりしている。
嫉妬。独占欲。強い欲情。
松田は自分の中でこれらが勢いよく渦巻いていくのを静かに感じていた。
暗闇の中には、相変わらず白い包帯だけが浮いている。

講演が終わり、暗幕が開けられて、体育館へ一気に外光が差し込んだ。
後方の席の生徒から順に教室に戻るようにとの指示があり、入り乱れる生徒の中で平川が立ち上がるのが見えた。
もう、目で追うまいと努力するのを諦めることにする。
すると平川はさっきまで触れたり抱きついたりしていた生徒の手を取って体育館を出て行った。
ぱちり。平川と目が合ったような気がした。
どうしてだろう。あの子だけが、特別に見える。
特別に端麗で、透き通っていて、濁り無く白く、熱くなく冷たくもない、ぬるい空気を纏って。
平川、シロ。
自分もゆっくり立ち上がりながら、松田は場もわきまえずに自分の性器が勃起するのを感じた。



「…平川……」

自分の声が、いやらしくぬめっているような気がした。

「平川…あぁ……シロ…シロ…っ」

名前を呼ぶだけで、どうしようもなく昂ぶる。

痛いことをしてほしい?
前に、殴れと言ったね。
殴ろう。
望むなら何でもしよう。
どこを?
顔?腹?肩のあたりがいいかもしれない。
それは痣になるだろう。
白くなめらかな肌に、青く、紫の、赤い、俺の痕がどんどん増えていく。
俺が、つけてやるから。
シロ。

「っ、う…はあっ、」

かわいそうに。
痛いだろう。
ああ。泣かないで。シロ。
撫でてあげるよ。
舐めてあげようね。
きっとすぐによくなる。
大丈夫。私は保健医だから。
君のようなかわいそうな生徒のために、カウンセリングもできるのだから。
だから、平川、君は俺のものになるんだ。体も、心もだ。
君には、私しかいないんだよ。
シロ。シロ。かわいいシロ。

「…シロ……」

舌に、瞼に、唇に、ピアス。
舌が感じるんだと言っていたね。
唇も、瞼も、舐めていいかな?
もっと、別のところにも、ついているの?
誰に開けられたんだろう。かわいそうに。痛かっただろう。
もし望むなら、いくらでも、私が開けてあげるよ。

「はあ、平川…っ、はあ、あぁっ…!」

左手を精液で汚して、久しぶりに、そこが自分の職場だという事を思い出す。
保健室のデスクについたまま、性器だけを露出して、自慰をしてしまった。
あまりに、他の人間の手を握る平川が扇情的だったから。
自分に言い訳をしながら後始末をし、また、煙草が欲しくなる。



ある日、中等部の男子生徒が保健室へやって来た。

「先生、ご相談があって」

言いにくそうにする話をどうにか聞き出した後、松田はその、まだ顔にあどけなさを残した生徒の首を絞めそうになった。
乳首にピアスを開けるのは痛いのか、危険か、という。よくよく聞けば、付き合っている彼氏が開けろと迫ってくるので興味が湧いたという。
確信をもって、松田は尋ねる。

「高等部の、平川かな?」
「あ、はい…」

頬を染めるその生徒を前に、自分の顔から表情が剥げ落ちる。
彼氏。まさか。

「やめた方がいいだろうね。非常に危険だ。そんなことを強要する彼氏などろくなものではないから、早く別れることだ」

自分でもぞっとするほど低く冷たい声が出た。
生徒にも十分伝わったのだろう。顔を強張らせて「そうします」と言い、逃げるように保健室を出て行った。
早く自分のものにしてしまいたいという欲求と、平川が自分からここへやってくるまでアクションを起こさず待つという抑圧。
どちらが勝つだろうか。どちらが先に、陥落するだろうか。
どちらにしろ、できるだけ理性的でありたいものだと、松田は窓の外を見やる。
今日も恐ろしくなるほどの快晴だ。

数日後の放課後、大分遅くなってから、平川が保健室を訪ねてきた。
外はもう暗い。蛍光灯が煌々と室内を照らしている。

「先生。もう帰る?」
「いや。どうしたの」
「少し、話したい」

願ってもないことだ。
隣の相談室へと移動して淡い照明をつけると、平川を3人掛けの柔らかいソファへかけさせ、静かにドアを閉め、鍵をかけた。

「包帯の交換は?まだいい?」
「まだいい。これ、先生が巻いてくれたやつだよ。大事にしてるよ」

そう言って微笑む平川に、微笑みを返す。
松田はそのソファの斜め向かいにある椅子の肘掛に、立ったまま寄りかかった。
平川の声は不思議だ。聞いているだけで心がしんと落ち着いた。

「今日ね。帰れないんだ。家に」
「どうして?」
「昨日、二度と帰って来るなって言われて。親に。気味が悪いって」

産んでおいて無責任だよなぁ、と、何でもないことのように平川は軽く言った。

「平川、兄弟は?」
「姉ちゃんがいる」
「お姉さんは、そういったことはないの?」
「ないね。ずっと、俺だけこうなんだよ。姉ちゃんはわりとかわいがられてるし。もうずっと口きいてない」

松田はひとつ頷いて見せる。

「昨日喧嘩をしたのは、お父さん?」
「そう。親父には心底憎まれてるみたいで。今はもう、俺の方が体がでかくなったし、暴力はないけど」

暴力が、大きくなるまではあったのだ。
平川の首の、滑らかな肌についた傷跡の形を思い出す。

「そういう時、お母さんはどうしているの?」
「聞いてる。黙って。たまに笑う。多分、親父が怖いんじゃない?知らないけど。俺あんまり母親に関心持ったことなくて、よく見たことない」

そうか、と言ってまた頷く。
平川は先ほどから松田から視線を外したままだ。視線はあちこちに飛ぶ。

「松田先生」
「うん?」
「俺、今日ここで寝ちゃだめ?」

目が合う。
平静を装っているが、少し動揺しているようだ。

「ここはまずいな」
「そっか…」
「うちにおいで」
「いいの?」
「いいよ。平川は特別だよ」

できる限り優しく笑うと、平川は下を向いてしまった。
しばらく沈黙が続き、それから平川は、ソファの上に膝を抱えて小さくなった。

「犬みたいな名前だな、って言ったんだ」

平川は自嘲するように、ぽつりと言った。

「親父が、シロっていう名前のこと。自分でつけたくせに。まだ俺が小学生の頃ね。お前は犬なんだ、生まれつき人間より下等なんだって親父は言った。蹴られて、殴られて、髪掴まれてシロって呼ばれて。本当に怖いのは暴力じゃなかった。痛いのより、その時の、凍りつくみたいな空気が怖かった。親父から出てる憎しみ?みたいなの。それが俺に向いてるのがよくわかる。自分がそれだけのことをしたんだって思わされる空気が死ぬほど怖かった」

静かだけれど、平常心ではない。むしろ、爆発の寸前のような、張り詰めたものを無表情の下に隠しているような顔を、平川はしていた。

「でも俺は自分の名前が嫌いじゃないよ。だって、俺って本当に犬みたいなんだもの。雌犬みたいに盛って、シロって呼ばれて興奮するんだ。母親はあいつじゃないのかも。そこらへんの犬から生まれたのかも。それでも別にいい。セックスしていれば何でも忘れる。それで、シロって呼ばれれば、父親を思い出す」

松田は平川の前に立ち、手の甲で平川の頬を撫でた。どこまでも滑らかな肌。

「お父さんを、なんて呼んでいたの」
「パパ。呼んでたの、小さい頃だったし」
「じゃあ私のことをパパって呼んでごらん」

平川は一瞬表情を消し、それから弾けるように笑った。

「おかしいよ。先生。頭どうかしちゃったんじゃない」
「私は真面目に言ってるんだ。本気だよ」
「どうして?なんで俺が先生のこと、パパって呼ばなきゃなんないの?変なの。先生ってやっぱ変。相当変だよ」
「私が、君の、全てだからだ」

厳かに言うと、平川は口を閉じた。

「君にとって私は、保健医であり、大人であり、父親でもあり、友人でもある。よく考えてごらん。私以外に、平川の話を真面目に聞く奴がいるかい?笑わず、馬鹿にせず、嘘つき呼ばわりもせず、ちゃんと受け止める奴が。君と会話ができる奴が、私以外にいる?」
「……いるよ」
「誰?言ってごらん。誰とまともな会話ができる?友達はいないだろう?家族は君の話を真に受けない。担任は?近所の人は?昼休みの客は?誰か、君の話を、」
「もうやめてよ」

平川が動揺している。泣きそうな顔をして、俺の胸のあたりを見ている。
松田は興奮の中、じっと平川の瞳を観察していた。

「先生は酷い。俺を…傷つけるの…?」
「傷つける?まさか。私がそんなことをするはずがないだろう。こんなに平川のことを想っているのに」
「でもそうだよ…傷つくよ…」
「どうして…?平川…そんな顔をするな。こっちへおいで」

腕を広げると、平川が体を震わせた。
一歩前へ出て屈み、その体を引き寄せる。
触れると、自分の体も浄化されるような気がした。

「ほら。ここが、平川の場所だよ。私はね、平川以外には決してこんなことをしない。誓うよ。君だけの場所だ。君だけの、私なんだよ」

松田は平川の耳の後ろに鼻を埋めた。
俺だけ?先生にも、俺しかいないの?
小さな声が聞こえて、松田は酷く欲情する。

「痛いことをしてほしい?それとも、優しい方がいいかな。好きなようにしてあげる。素直な気持ちを聞かせてほしい。嘘を言っては駄目だよ。私は医者だから、平川が嘘をつけばすぐにわかってしまうからね」

穏やかに出鱈目な話をすると、平川は体の力を段々と抜いて行った。
平川に委ねられていると思うと、更に情欲が高まる。

「どうしてほしい?平川」

あやすようにぽんぽんと背中を撫でると、平川が緩やかに抱きついた。

「…優しいのがいいよ……痛いのはイヤだ…」

その声だけで射精する寸前だった。足の指に力を入れて耐える。若干呼吸が乱れて、それを平川に悟られないように、松田は笑った。

「いいよ。優しくしようね。大丈夫だよ。私を信じて。ね、平川」
「先生…」
「パパだよ。平川」

胸の中で、平川が微かに首を横に振った。



「ああっ、先生…」

ソファの上で制服を脱がせると、平川が体をひくつかせた。その表情はもう子どものようではない。
雄を誘惑する雌の顔だ。そう思って、松田は鼻息を荒くした。

「平川…綺麗だ…君は本当に綺麗だよ」

その肩に頬を擦り付けながら、どんどん服を脱がせていく。
白い。透明な肌。
平川の希望で、首と手首の包帯は巻いたままだ。
下着を脱がせて性器に触れ、違和感を抱く。
そこに視線を移して、松田は息を飲んだ。

「ああ、ペニピ?ここも、オッサンに開けてもらった。誰だか忘れたけど。すげえ太った人だったかな?違ったかな…」

平川の性器の皮を、銀色の金属が貫いていた。全部で5つ。

「痛そうだ」
「もう全然痛くないよ。勃ったら感じる」
「中等部の生徒と、その、した時は、」
「ああ。あの時は外した。さすがに。ネコばっかやってるから普段は支障ないんだけどね。怪我させたら困るし。でもここは、したまま」

平川は脚を開いた。
陰嚢の付け根、肛門側に、もう一つピアスが埋まっていた。

「ああ…かわいそうに…こんなに穴だらけにされて」

松田は平川の性器を手で優しく撫でた。

「んっ、先生……」
「あぁ…平川…勃起したね」
「うん…」

居心地悪そうに体を縮こまらせる平川を、心の底から愛おしいと感じた。

「私も脱いでいいかな」
「うん。先生も脱いで」
「平川。パパって呼んでくれないの」
「呼ばないよ。…松田先生の方がいいもの」

松田の肩に額を付けて、平川が呟く。
その顔を上げさせ、松田は初めて平川にキスをする。
するりと舌を挿入し、平川の歯の表面を確かめる。
つるつるしている。きっとそれはとても白いだろう。
柔らかくぷるりとした感触の唇を、食むように覆う。
うまく体重を移動させながら、松田は白衣と服を脱ぎ去った。
差し出される平川の舌は、ぬるく、松田のそれと絡まっていく。
舌の中央についた丸い形のピアスが引っかかり、そこを刺激すると平川が鼻から息を吐いた。
興奮している。
そう思うと、無意識にそこばかり責めてしまい、お互いにすっかり息が上がってしまった。
ああ。シロ。

「シロ…」

口に出すと、平川は目を開けた。怯えのようなものが走る。
父親を思い出している?

「俺のことだけ考えろ」

すぐにまた、口付ける。
平川はそれに従順に応えてきた。深く、喉の奥に届くくらいに舌を伸ばして犯した。

「…シロ」
「せんせ…っん…」

びちゃびちゃと汚い音をたて、松田は夢中になって平川とキスをした。

「先生、もう無理…突っ込んで犯して」
「まだ、早いよ…」
「早くない…俺、松田先生が欲しいよ」

体が砕けるような気がした。歓喜で性器が痛いほど持ち上がる。

「平川」

力を込めて平川の体を抱き、脚の間に体を滑らせる。平川は自ら脚を一杯に開いて結合しようとした。

「あぁ…先生…」

まただ。また、平川が雌の顔をした。

「…もっと気持ちよくしてあげたかったけど…すまない、平川…」

持ちそうにない。平川に触れているだけでそう遠くないうちに射精しそうだった。

「先生…やっぱちょっと変だね」

平川はここへ来て、無垢な笑顔を見せる。
もっと。もっと私を翻弄してみせろ。

「挿れるよ…シロ…」
「ん…あぁ…せんせぇ…っん」

亀頭を擦り付けるように腰を回すと、平川もいやらしく誘うように松田を見上げる。
ゆっくり挿入を開始して、少し浮いた平川の腰を強く抱いた。

「あぁ……や、ばい、先生…あぁ…ん…」
「シロ…シロ……あぁ…」
「もっと深く…っん…!」
「キスして、平川、舌を入れて、ああ、平川、平川、お願い…」

仕方ないな、というような笑みを浮かべた平川に、限界を感じた。
学校という場所で付けていた仮面がどんどんひび割れ、壊れていく。

「シロ…頼むよ…パパ、って、呼んでごらん…」
「ふふ、嫌だよ…どうして、んぁっ」
「…どうしても…平川の…俺は…平川の家族より…近い存在になりたい…」

自分でも何を言っているのかわからなかった。ひどく汗をかいている。
平川の全てになりたい。
いや、なりたいのではない。もうすでにそうなのだ。俺が平川の全てだ。

「全部忘れていい…ゴミみたいな両親のことは、忘れろ」
「…先生?」
「俺が守ってやる。俺が、全部、片付けてやるから」
「松田先生…」
「お願いだ……父親に言われたことも…全部…忘れていいから…シロ、シロ…かわいい名前だ…世界一、かわいいよ、お前にぴったりの、穢れのない名前…」

平川の中が熱くて、性器には激しい快感が走る。
気がおかしくなりそうだった。
2、3度腰を深く動かした。

「パパ」

見下ろすと、両目を細めて口を半開きにし、背を反らして快感を追おうとする平川がいた。

「…もう一度」
「パパ…」

ばちん、と何かがはじけ飛んだ気がした。
気が付くと松田は、歯がガチガチと当たるほどのキスをしながら高速でピストンをしていた。

「ああ!あ、あっ、あっ、あっ、」

平川の口の端から、透明の汁がしたたり、松田はそれを、音をたてて舐めとった。
下半身からは、パンパンと肌のぶつかる音と、ぬちゅぬちゅと粘膜の擦れる音がひっきりなしに聞こえている。

「パパ…!ああ!もっと!パパ…っ!」

そうだ。それでいい。
顔が見えないように密着して体を抱き、耳元で愛情を注ぐ。

「シロ…お前が生まれてくれて嬉しいよ、っあぁ」
「…パパ…ん…っ」
「犬みたいだなんて、っ、思っていないからね…愛している…シロ…」
「はぁ、ん……あ…」

いきり立つ性器を何度も出し入れしながら、松田は射精した。

「うっ…あ…はあ、ああ、シロ…シロ…!」

それでもなおも腰をぶつけるのをやめずに、自分の精液が流れ出る平川の穴を責める。
平川のピアスだらけの性器を刺激し、射精させてやる。

「はあ、あっ、」

それでも結合を解かなかった。
松田の性器はあっという間に力を取り戻し、平川の中で膨張した。

「もうだめ…死んじゃうよ…や…あ…あっ…あ、あああ、ん…あ」

力なく喘ぎ続ける平川の体を抱く。

「まだだよ…全然足りない…もっとしてあげるから…」
「…だめ…先生…」
「先生じゃないだろ、ほら、呼べ、パパって呼んでごらんっ、ん、んっ」
「ああ…!いやぁ!先生!あっ…パパ…」
「っそうだよ…いい子だな、シロ」

永遠にそうしていられる気がした。

「シロ…」



汗でぐしょぐしょになったソファは、寝心地がよくない。
どこからか低く規則的な音が聞こえて、それが平川の心音だと気づくのにしばらくかかった。
意識が混濁している。
頬や瞼に、平川の胸の感触が伝わってくる。
何度も射精し、射精させて、ついに力尽きて平川の腕に抱き留められ、そのまま甘えるようにぼんやりとしていた。

「平川」
「はい」
「まだ、怖いかい。あの時みたいに、怖いことがある?」

腕の切り傷は、本当に自分でしたものだったのだろうか。

「あの時のより怖いことが出てきた」

別のこと?なんだろう。だがそれを尋ねる前に、平川は話題を変えてしまった。

「先生のおかげで傷跡は残らなかったよ。腕」
「そう。よかった。治るまでは日に当てるのがよくないからね。ガーゼで覆っておいて」
「うん。ありがとう。先生」

ああ。よかった。平川の綺麗な肌が、元通りになって。
ピアスは、本人が気に入っているなら残してもいいだろう。
あとは、首だ。

「先生はさ…もしかして、俺と同じなんじゃない?」
「同じ?」
「先生も、俺みたいだったの?もっとずっと若い頃」

違う。自分はもっと、家族に愛されていた。溺愛されていたと言った方がいい。
平川の親とは形は違うにしろ、自分を歪めたのも両親、特に父親だったと、松田は思った。
けれど、そんなことはどうでもいい。

「平川…俺のものになってくれ…」
「先生はそればっかりだ」

平川の苦笑する顔が、松田を覗き込んだ。

「先生。前に言ってたけど、俺とセックスしたってことは、俺のこと愛してるの?」

そう。そうなのだろうか。
平川に対する感情が大きすぎて、とても言葉では言い表せなかった。
平川は松田の返事を待たずに、また話し始める。

「キスまではタダでいいって、俺は言ったんだよ?」
「そうだったな…」
「今日はサービスだよ。次からはちゃんと払ってね。そうしないと、他のと寝ちゃうからね」
「それは困る…いくら?」
「2万」
「…4万出すから、またパパって呼んでくれるかな」
「いいよ」
「…ピアスは?」
「1か所5千円。次は乳首かな」

中等部の生徒のことを思い出した。だがそれもすぐに霧散する。
幸せだ。今は、平川に浸りたい。

「安いな」
「先生。今日の先生はやっぱり少しおかしいね。そんなこと、冗談でも言わなかったのに」

そう言って平川は松田の頭を柔らかく抱いた。
冗談、なのだろうか。わからない。何もかも、平川の腕の中では麻痺してしまう。
透明で清潔な、ぬるい水が、白く淡い光を放って体全体を覆い、神経毒のように徐々に、自由を奪っていく。呼吸さえままならないのに、心地よさは増すばかり。
このまま溺れて、死んでもいい。

「かわいそうだ」

そう呟いた平川の声は、それまでの笑みを含んだ声とは違い、憐れみや同情を孕んでいた。





-end-
2014.12.1
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