2人
何か特別なことを望んだわけじゃなかった。園田が望んだあのことだって、俺はどっちだっていいと思っていたんだ。園田と離れたくない。それだけのことが。
「行くの?」
「……行くよ」
「園田も?」
「行くだろ、そりゃあ」
グラウンドの隅にある水飲み場で、園田は俺に、引っ越すことになっちゃった、と言った。俯いた園田はまた、泣きそうな顔をしている。
園田の親父さんに異動があって、2週間後に引っ越しが決まった。高校生の園田はついて行くしかない。園田のお母さんは専業主婦で、残るっていう選択肢を持っていないらしい。
春はまだまだ遠いと思わせる、寒い寒い日だ。放課後の校舎は夕日に染まっている。
「電車で、どのくらい?」
「4時間」
「……近い、かな」
「どう思う?」
「近い」
近いと思わないと苦しくて崩れそうだった。
「4時間なんか、すぐだ」
「だよね」
「遊びに行くし」
「来てくれんの?」
「行く。園田も来いよ」
「ねえ」
園田が手を伸ばしてしがみついてくる。
「大丈夫かな、俺。やっていけるかな」
園田の心配をしている場合じゃない。俺だって自分が心配だ。
「大丈夫だよ。お前、人懐こいし」
胸の中の園田の顔を上向かせ、額にキスをして、精一杯の笑顔で言ってやると、園田は本当に微かに笑った。犬みたいに言うな、と、小さな声で言って。
「浮気すんなよ」
何か言ってやらなきゃと思って、ただ、なんとなく言ってみただけだったのに、園田はそれを聞いて泣き出してしまった。
「泣くなよ。バカ」
「俺の、セリフだし、それ」
「俺はしない。浮気なんか」
「なんでっ、言い切れる……」
「園田が好きだから」
「俺だって、好きだ、けど」
目をごしごしと擦りながら、園田は切れ切れに言う。きっと園田は自信がないんだ。俺に好かれているという、自信が。俺は気づく。そういうことか。そういうことに、繋がってたのか、と。
「ちょっと来い」
泣いた顔を隠すように片手で目を覆う園田を守るように手を引く。本当は死ぬほど放したくないこの手を、あと2週間で。俺は、覚悟を決めなければならない。
園田の顔を見ないようにして、前だけを向いて、歩く。
「ねえ、どこ行くの」
やっと園田が聞いた時には、空は薄暗くなり、周りのネオンが目立つようになっていた。
黙って手を引く。繋いだ手だけが暖かい。緊張して吐きそうだ。
入ったホテルはその辺で一番地味な外装で、中も古めかしくて、緊張が少し緩む。
「ラブホじゃん」
「そうだよ」
「金あんの?」
「……正月に、ばあちゃんからお年玉もらったし」
「おばあちゃん泣くぞ」
笑った園田の顔を見ないようにして、俺たちはエレベーターで上に運ばれた。
「……どうすんの」
「……何が」
俺も園田も黙る。
ダブルベッドがでん、と置かれて、それ以外に目に入るのは、なぜか壁がガラス張りの風呂。
「古いよね」
「古いね。風呂とか、透けてるし」
俺たちは、はは、と乾いた笑い声を上げた。だめだ。くじけるな俺。
「………園田」
「なに」
園田に体ごと向き直ると、ちょうど彼越しにベッドが見えた。
「……しよ」
目が見られなくて、透けている風呂の中を見た。壁のタイルはえんじ色で、白い浴槽が浮いて見える。園田が何も言わないのでそっと窺うと、真っ赤な顔をして俺を見ていた。
「……なんだよ見んなよ」
「うける」
園田は真っ赤な顔のまま笑った。その顔が堪らなくて、園田に体をぶつけた。どうして引っ越すなんて言うんだよ。バカじゃねえの。
「ふざけんな」
ぐいぐいと園田の体を押してベッドに倒しながら思う。俺は園田を一生守るって決めたのに。お前がどっかに行っちゃったら、難易度上がるじゃねえか。
「無理しなくていいよ、どうせ入んないよ」
園田が言う。お前が、それを言うのか。そう言われると半分意地になる。
「絶対入れる。無理矢理でもやってやる」
「入れたい?」
「い、入れたい……」
園田はとても幸せそうにした。
「園田」
服を脱がせる時間も惜しくて、ベルトを緩めてうつ伏せにし、ズボンを無理やり太ももまで下ろした。園田は少し抵抗した。なんで。意味がわからない。でも俺は必死だったので、園田の制服の上着のポケットを探った。あった。ジェル。なんだか甘い匂いの。俺たちの使う潤滑剤は園田が持ち歩いていた。ちゃんと機能したことは一度もないけれど。
濡らしてひろげていく手順はいつもと同じ。なにせ俺たちは知識だけは山のように手に入れたのだ。園田はもう抵抗しなくて、時折小さな声を出したり体を震わせたりした。
もう、いいだろうか。
制服のまま、白い尻だけを出した格好の園田に覆い被さる。
「いい?」
「……うん」
この確認も、いつもと同じ。自分も制服を着たまま、重なる。位置を確認して。濡れた感触を、そこで感じる。入れ。入れ。本気で念じる。
でもやっぱり入らない。ぷるんぷるんと弾かれてしまう。
「ダメ、かも」
「痛いの?」
「痛くない。でも、入るって気がしない」
いつもはここで、かわいそうになって諦める。だって、こんな小さい穴に。慣れるまでは痛いに決まってる。無理することない、いつかできる日が来る、急がなくて大丈夫だ、と。
でも今日はそう思えない。だって、もう、あと少しで園田が。電車で4時間?近いわけないだろ。バカかよ。
「もう少し、ケツ上げて」
園田の腰を持ち上げる。園田が振り向いて、繋がろうとしている部分を見ようとした。
そこで、俺に事件が発生。
「痛えっ」
「ん、大丈夫?どしたの?」
「ファスナーに皮引っかかった」
開けたファスナーから性器を出しただけの格好で挿入しようとしていたことに無理があった。急いでズボンを下げる。そしてまた、重なる。
「よし」
何気無く言ったその一言。ふは、と、園田が笑った。
「っ、笑うな」
「はは、すげえいたそ」
「…るせ」
多分、笑ったことで、園田の体から力が抜けた。それから、ちょっとムカついて俺が身じろぎをした。その拍子になんと、先っぽが入ってしまった。
「あ!っ、あ……」
「……うわ」
入った。入った。入った。それでもう頭がいっぱいになってしまった。考えるよりも早く、本能が奥へと指令をだす。
「あ!…く……ま、って、う、は、はあ、」
「入っ、てる」
「く、るし、」
園田は苦しいと言ったようだった。けど、もう少し、もう少しで全部入る、そう、あっと言う間に。俺が園田に飲み込まれてしまった。
下に手を回して、園田を後ろから抱きしめた。死ぬほど幸せだと思った。
「園田……入ってる」
「う、…うー」
「…痛い……?」
恐る恐る聞くと、園田は首を横に振った。ちょっと苦しいだけ、と言った声は細い。
少しでも動いたら射精しそうだった。どうしよう、どうしよう、やばい、格好悪い。必死で耐えていたら、園田が上気した横顔で笑う。
「動いて、いいよ」
いや、動くとかそんな、そんな次元じゃなくて、ほんと、くしゃみひとつで出そうだ、と俺は思う。でも園田は、俺が園田のために我慢しているのだと思ったらしい。自分で腰を引いて、ゆっくりまた戻った。
「あ、出る」
呆気ない以外の何ものでもなく、俺は射精した。正真正銘の瞬殺だったので、俺も園田も何が起きたのかしばらくわからなかった。ただ、荒い呼吸と痙攣で、俺の状況を悟ったらしい。園田は蕩けたような顔をして、そんな気持ちよかったの、と言った。
憎らしいくらいかわいい。
「すげえ気持ちいいよ」
抱きしめる腕に力が入る。
「すげえわ、お前」
「そんな、いいの?」
「うん」
「俺?」
「うん」
園田は、やばい、なんか、勃っちゃったよ、と言って顔をベッドへうずめてしまった。
「園田。こっち向いて」
恥ずかしがる園田をひっくり返して仰向けにした。外はあんなに寒かったのに、汗をかいていた。急いで制服を脱ぐ。園田のも脱がせる。そして両足を広げると、園田は本当に勃起していて、俺はすでに復活していた自分の性器を園田に挿入し直していく。さっきよりずっと抵抗が少ない。
「あっ、ん」
「体に力入ってたから、入んなかったのか」
「そうなの…?」
「これ、お前は…どうなの」
「なんか、まだ、よくわかんない」
そう言って園田は両手を俺の首にかけた。抱き寄せられて上から何回もキスをする。繋がったまま。やっと、繋がった。そのまま。
園田に触れている身体中の全ての細胞が、熱を発しているようだ。
「でもね、すごく幸せだよ?」
嬉しそうに囁く園田に、腰が動き始める。
「んっ、あ、んんっ」
気持ちいい。園田もそうならいい。足を脇で抱えて腰をぶつけながら、片手で園田をしごく。
「ああっ!」
「園田…」
「だめ、出ちゃう、あっ、だめ、だめぇ!」
だめ、と言いながら目を閉じて喘ぐ園田にひどく興奮した。頭がぼうっとしてきて、ひたすら腰と手を動かした。
「イくっ」
園田が呟いて、薄く目を開ける。その瞬間、俺は思い出した。
「園田…行くな」
どこにも。
園田が聞いていたがわからない。園田が射精して、続いて俺ももう一回。そこから先、しばらくの記憶がない。多分、重なったまま、少し眠った。
「ねえ、もうそろそろ出なきゃじゃない?」
園田の声がする。
目を開ける。体が怠かった。
2人してのろのろと服を着る。俺たちは初めてセックスをした。それが今さら気恥ずかしくなって、園田の方を全然見られなかった。園田もこっちを見なかった。
帰り道も、あまり話さないで歩いた。あと少しで園田の家だ。
「今日、おじさん居んの」
「多分。なんで?」
「……いや」
あとはまた、無言で歩く。俯きがちな園田の頭をちらりと見やる。やっぱり外は寒かった。
園田の家が見えてくる。覚悟を。決めないと。大丈夫。きっとうまくいく。だって、守るって決めたんだ。
「じゃあね」
「園田」
「ん?」
息を吸い込む。肺に冷たい空気が入り込み、頭の中がクリアになる。
「おじさんに話あるから、寄らせて」
「ほら、遅れる。園田、早く食え」
「うん」
「行ってきます」
「おばさん、行ってらっしゃい」
「園田くん、今日おばさん遅くなるからね」
「はぁい」
「いいって、わかったから早く行けば」
「おじさんはもう行ったの?」
「父さんはもっと早い」
「そか」
園田がもそもそとトーストを食べている。俺の家のダイニングで。母さんが慌ただしく出勤して行き、家には俺と園田の2人だけになる。
「園田がうちで朝飯食ってる」
「うん。変な感じ?」
「まあ。慣れるんじゃね。あと一年あるし」
「……うん」
園田が笑う。嬉しそうに。
園田の親父さんに、俺は直談判をした。
園田は転校をとてつもなく不安がっている、今日も泣き出したり具合が悪くなったり大変だった、あまりにもかわいそうなのでどうか園田だけ残してほしい、うちには部屋が余っているし、親同士仲がいいのだしなんとかならないか、とにかく俺はこの年で転校しなければならない園田がかわいそうでかわいそうで見ていられない、と。
最後には目まで潤ませてしまった。泣きの演技をしてもいいと思っていたけれど、結局あれは演技ではなかったような気がする。
親父さんもおばさんも、息子がそんなに不安がっているとは気づかなかったと萎れた。園田だけが、気まずそうに、居心地悪そうにしていた。
後日うちの両親も容易く了承し、晴れて、園田はうちの居候になった。高校卒業までの一年間の期限付きで。その先は、揃って家を出ればいい。そうすれば、もう、ずっと一緒だ。
「夢みたい」
「まあね」
揃って家を出る。
小さい頃、ずっと園田と一緒に遊んでいられると胸を踊らせていた自分を、俺は簡単に思い出すことができる。ずっとずっと、園田と一緒に。隣で。これからも。
「帰り、スーパー寄らねえと」
「おばさんいない時、夜ご飯どうすんの?」
「適当に。作ったり」
「すごいね」
園田が笑う。こいつが隣で笑ってくれるなら、俺はなんだってできる気がするんだ。
「すごくねえ」
「すごい」
「……寂しくないか」
「寂しくないよ」
「夜になったら泣くんじゃねえの」
「泣かねえし」
「お前すぐ泣くからな」
「泣かないって。だってお前いるし」
言って、また、園田が笑う。
俺たちに、やっと、春が来た。
-end-
2014.2.9
「行くの?」
「……行くよ」
「園田も?」
「行くだろ、そりゃあ」
グラウンドの隅にある水飲み場で、園田は俺に、引っ越すことになっちゃった、と言った。俯いた園田はまた、泣きそうな顔をしている。
園田の親父さんに異動があって、2週間後に引っ越しが決まった。高校生の園田はついて行くしかない。園田のお母さんは専業主婦で、残るっていう選択肢を持っていないらしい。
春はまだまだ遠いと思わせる、寒い寒い日だ。放課後の校舎は夕日に染まっている。
「電車で、どのくらい?」
「4時間」
「……近い、かな」
「どう思う?」
「近い」
近いと思わないと苦しくて崩れそうだった。
「4時間なんか、すぐだ」
「だよね」
「遊びに行くし」
「来てくれんの?」
「行く。園田も来いよ」
「ねえ」
園田が手を伸ばしてしがみついてくる。
「大丈夫かな、俺。やっていけるかな」
園田の心配をしている場合じゃない。俺だって自分が心配だ。
「大丈夫だよ。お前、人懐こいし」
胸の中の園田の顔を上向かせ、額にキスをして、精一杯の笑顔で言ってやると、園田は本当に微かに笑った。犬みたいに言うな、と、小さな声で言って。
「浮気すんなよ」
何か言ってやらなきゃと思って、ただ、なんとなく言ってみただけだったのに、園田はそれを聞いて泣き出してしまった。
「泣くなよ。バカ」
「俺の、セリフだし、それ」
「俺はしない。浮気なんか」
「なんでっ、言い切れる……」
「園田が好きだから」
「俺だって、好きだ、けど」
目をごしごしと擦りながら、園田は切れ切れに言う。きっと園田は自信がないんだ。俺に好かれているという、自信が。俺は気づく。そういうことか。そういうことに、繋がってたのか、と。
「ちょっと来い」
泣いた顔を隠すように片手で目を覆う園田を守るように手を引く。本当は死ぬほど放したくないこの手を、あと2週間で。俺は、覚悟を決めなければならない。
園田の顔を見ないようにして、前だけを向いて、歩く。
「ねえ、どこ行くの」
やっと園田が聞いた時には、空は薄暗くなり、周りのネオンが目立つようになっていた。
黙って手を引く。繋いだ手だけが暖かい。緊張して吐きそうだ。
入ったホテルはその辺で一番地味な外装で、中も古めかしくて、緊張が少し緩む。
「ラブホじゃん」
「そうだよ」
「金あんの?」
「……正月に、ばあちゃんからお年玉もらったし」
「おばあちゃん泣くぞ」
笑った園田の顔を見ないようにして、俺たちはエレベーターで上に運ばれた。
「……どうすんの」
「……何が」
俺も園田も黙る。
ダブルベッドがでん、と置かれて、それ以外に目に入るのは、なぜか壁がガラス張りの風呂。
「古いよね」
「古いね。風呂とか、透けてるし」
俺たちは、はは、と乾いた笑い声を上げた。だめだ。くじけるな俺。
「………園田」
「なに」
園田に体ごと向き直ると、ちょうど彼越しにベッドが見えた。
「……しよ」
目が見られなくて、透けている風呂の中を見た。壁のタイルはえんじ色で、白い浴槽が浮いて見える。園田が何も言わないのでそっと窺うと、真っ赤な顔をして俺を見ていた。
「……なんだよ見んなよ」
「うける」
園田は真っ赤な顔のまま笑った。その顔が堪らなくて、園田に体をぶつけた。どうして引っ越すなんて言うんだよ。バカじゃねえの。
「ふざけんな」
ぐいぐいと園田の体を押してベッドに倒しながら思う。俺は園田を一生守るって決めたのに。お前がどっかに行っちゃったら、難易度上がるじゃねえか。
「無理しなくていいよ、どうせ入んないよ」
園田が言う。お前が、それを言うのか。そう言われると半分意地になる。
「絶対入れる。無理矢理でもやってやる」
「入れたい?」
「い、入れたい……」
園田はとても幸せそうにした。
「園田」
服を脱がせる時間も惜しくて、ベルトを緩めてうつ伏せにし、ズボンを無理やり太ももまで下ろした。園田は少し抵抗した。なんで。意味がわからない。でも俺は必死だったので、園田の制服の上着のポケットを探った。あった。ジェル。なんだか甘い匂いの。俺たちの使う潤滑剤は園田が持ち歩いていた。ちゃんと機能したことは一度もないけれど。
濡らしてひろげていく手順はいつもと同じ。なにせ俺たちは知識だけは山のように手に入れたのだ。園田はもう抵抗しなくて、時折小さな声を出したり体を震わせたりした。
もう、いいだろうか。
制服のまま、白い尻だけを出した格好の園田に覆い被さる。
「いい?」
「……うん」
この確認も、いつもと同じ。自分も制服を着たまま、重なる。位置を確認して。濡れた感触を、そこで感じる。入れ。入れ。本気で念じる。
でもやっぱり入らない。ぷるんぷるんと弾かれてしまう。
「ダメ、かも」
「痛いの?」
「痛くない。でも、入るって気がしない」
いつもはここで、かわいそうになって諦める。だって、こんな小さい穴に。慣れるまでは痛いに決まってる。無理することない、いつかできる日が来る、急がなくて大丈夫だ、と。
でも今日はそう思えない。だって、もう、あと少しで園田が。電車で4時間?近いわけないだろ。バカかよ。
「もう少し、ケツ上げて」
園田の腰を持ち上げる。園田が振り向いて、繋がろうとしている部分を見ようとした。
そこで、俺に事件が発生。
「痛えっ」
「ん、大丈夫?どしたの?」
「ファスナーに皮引っかかった」
開けたファスナーから性器を出しただけの格好で挿入しようとしていたことに無理があった。急いでズボンを下げる。そしてまた、重なる。
「よし」
何気無く言ったその一言。ふは、と、園田が笑った。
「っ、笑うな」
「はは、すげえいたそ」
「…るせ」
多分、笑ったことで、園田の体から力が抜けた。それから、ちょっとムカついて俺が身じろぎをした。その拍子になんと、先っぽが入ってしまった。
「あ!っ、あ……」
「……うわ」
入った。入った。入った。それでもう頭がいっぱいになってしまった。考えるよりも早く、本能が奥へと指令をだす。
「あ!…く……ま、って、う、は、はあ、」
「入っ、てる」
「く、るし、」
園田は苦しいと言ったようだった。けど、もう少し、もう少しで全部入る、そう、あっと言う間に。俺が園田に飲み込まれてしまった。
下に手を回して、園田を後ろから抱きしめた。死ぬほど幸せだと思った。
「園田……入ってる」
「う、…うー」
「…痛い……?」
恐る恐る聞くと、園田は首を横に振った。ちょっと苦しいだけ、と言った声は細い。
少しでも動いたら射精しそうだった。どうしよう、どうしよう、やばい、格好悪い。必死で耐えていたら、園田が上気した横顔で笑う。
「動いて、いいよ」
いや、動くとかそんな、そんな次元じゃなくて、ほんと、くしゃみひとつで出そうだ、と俺は思う。でも園田は、俺が園田のために我慢しているのだと思ったらしい。自分で腰を引いて、ゆっくりまた戻った。
「あ、出る」
呆気ない以外の何ものでもなく、俺は射精した。正真正銘の瞬殺だったので、俺も園田も何が起きたのかしばらくわからなかった。ただ、荒い呼吸と痙攣で、俺の状況を悟ったらしい。園田は蕩けたような顔をして、そんな気持ちよかったの、と言った。
憎らしいくらいかわいい。
「すげえ気持ちいいよ」
抱きしめる腕に力が入る。
「すげえわ、お前」
「そんな、いいの?」
「うん」
「俺?」
「うん」
園田は、やばい、なんか、勃っちゃったよ、と言って顔をベッドへうずめてしまった。
「園田。こっち向いて」
恥ずかしがる園田をひっくり返して仰向けにした。外はあんなに寒かったのに、汗をかいていた。急いで制服を脱ぐ。園田のも脱がせる。そして両足を広げると、園田は本当に勃起していて、俺はすでに復活していた自分の性器を園田に挿入し直していく。さっきよりずっと抵抗が少ない。
「あっ、ん」
「体に力入ってたから、入んなかったのか」
「そうなの…?」
「これ、お前は…どうなの」
「なんか、まだ、よくわかんない」
そう言って園田は両手を俺の首にかけた。抱き寄せられて上から何回もキスをする。繋がったまま。やっと、繋がった。そのまま。
園田に触れている身体中の全ての細胞が、熱を発しているようだ。
「でもね、すごく幸せだよ?」
嬉しそうに囁く園田に、腰が動き始める。
「んっ、あ、んんっ」
気持ちいい。園田もそうならいい。足を脇で抱えて腰をぶつけながら、片手で園田をしごく。
「ああっ!」
「園田…」
「だめ、出ちゃう、あっ、だめ、だめぇ!」
だめ、と言いながら目を閉じて喘ぐ園田にひどく興奮した。頭がぼうっとしてきて、ひたすら腰と手を動かした。
「イくっ」
園田が呟いて、薄く目を開ける。その瞬間、俺は思い出した。
「園田…行くな」
どこにも。
園田が聞いていたがわからない。園田が射精して、続いて俺ももう一回。そこから先、しばらくの記憶がない。多分、重なったまま、少し眠った。
「ねえ、もうそろそろ出なきゃじゃない?」
園田の声がする。
目を開ける。体が怠かった。
2人してのろのろと服を着る。俺たちは初めてセックスをした。それが今さら気恥ずかしくなって、園田の方を全然見られなかった。園田もこっちを見なかった。
帰り道も、あまり話さないで歩いた。あと少しで園田の家だ。
「今日、おじさん居んの」
「多分。なんで?」
「……いや」
あとはまた、無言で歩く。俯きがちな園田の頭をちらりと見やる。やっぱり外は寒かった。
園田の家が見えてくる。覚悟を。決めないと。大丈夫。きっとうまくいく。だって、守るって決めたんだ。
「じゃあね」
「園田」
「ん?」
息を吸い込む。肺に冷たい空気が入り込み、頭の中がクリアになる。
「おじさんに話あるから、寄らせて」
「ほら、遅れる。園田、早く食え」
「うん」
「行ってきます」
「おばさん、行ってらっしゃい」
「園田くん、今日おばさん遅くなるからね」
「はぁい」
「いいって、わかったから早く行けば」
「おじさんはもう行ったの?」
「父さんはもっと早い」
「そか」
園田がもそもそとトーストを食べている。俺の家のダイニングで。母さんが慌ただしく出勤して行き、家には俺と園田の2人だけになる。
「園田がうちで朝飯食ってる」
「うん。変な感じ?」
「まあ。慣れるんじゃね。あと一年あるし」
「……うん」
園田が笑う。嬉しそうに。
園田の親父さんに、俺は直談判をした。
園田は転校をとてつもなく不安がっている、今日も泣き出したり具合が悪くなったり大変だった、あまりにもかわいそうなのでどうか園田だけ残してほしい、うちには部屋が余っているし、親同士仲がいいのだしなんとかならないか、とにかく俺はこの年で転校しなければならない園田がかわいそうでかわいそうで見ていられない、と。
最後には目まで潤ませてしまった。泣きの演技をしてもいいと思っていたけれど、結局あれは演技ではなかったような気がする。
親父さんもおばさんも、息子がそんなに不安がっているとは気づかなかったと萎れた。園田だけが、気まずそうに、居心地悪そうにしていた。
後日うちの両親も容易く了承し、晴れて、園田はうちの居候になった。高校卒業までの一年間の期限付きで。その先は、揃って家を出ればいい。そうすれば、もう、ずっと一緒だ。
「夢みたい」
「まあね」
揃って家を出る。
小さい頃、ずっと園田と一緒に遊んでいられると胸を踊らせていた自分を、俺は簡単に思い出すことができる。ずっとずっと、園田と一緒に。隣で。これからも。
「帰り、スーパー寄らねえと」
「おばさんいない時、夜ご飯どうすんの?」
「適当に。作ったり」
「すごいね」
園田が笑う。こいつが隣で笑ってくれるなら、俺はなんだってできる気がするんだ。
「すごくねえ」
「すごい」
「……寂しくないか」
「寂しくないよ」
「夜になったら泣くんじゃねえの」
「泣かねえし」
「お前すぐ泣くからな」
「泣かないって。だってお前いるし」
言って、また、園田が笑う。
俺たちに、やっと、春が来た。
-end-
2014.2.9