我慢できそうにありません
「のりちゃんさぁ、あのドーナツ屋さん行った?」
先輩が、きれいな指で雑誌をめくりながら俺に聞く。
休みを合わせて1日ゆっくり遊ぼうと先輩が誘ってくれて、とりあえずうちでまったりしているところだ。
先輩は俺の呼び名をのりちゃんに戻した。
「あの、新しいところですか」
「そうそう。東京でしか食べられないんだと思ってたけど、こんな地方にも出店するんだなぁと思ってさ。気にならない?」
「買って来ましょうか」
「えー。一緒に行こうよ」
「一緒に…」
「せっかく休み合わせたのにずっと家にいるのはもったいないよ。ね、たまにはデートしよう。広範」
でも、ここぞという時に不意に広範と呼ぶので、俺はその度に心臓を撃ち抜かれる。
先輩は多分わかっていてわざとそうするのだ。
好きだ。
好きすぎる。
未だに、先輩と付き合ってるなんて夢なんじゃないかと思っている。
「うわぁ、いっぱいあるなぁ。どれにしよう」
先輩は、パン屋のようなディスプレイに並べられたたくさんのドーナツを前に目を輝かせている。
かわいい。なんてかわいい人なんだろうか。
「のりちゃんはどうする?何個食べる?」
「えと、先輩は、何個っすか」
「俺ー?俺は……腹減ってるしなぁ。3個かな」
「じゃあ俺も」
本当は、そんなに甘いものが得意な方ではない。ドーナツを一気に3個も食べたことはなかった。1人ならまずドーナツは買わない。
それでも、先輩の顔を見ていたらそんなことはどうでもよくなって、先輩と一緒に食べるなら何だっていくらでもイける気がして、でもなるべく甘そうではないものを3個選んでトレイに乗せた。
会計の時、持ち帰りか聞かれた先輩が「いえ、食べていきます」と言うのを聞いて、少しドキドキした。
俺と2人でドーナツを食べて先輩は楽しいのだろうか。俺はまだ、そういう思考をやめられない。
一緒に頼んだコーヒーを2つ受け取ると、先輩は日当たりのいい窓側の席へ歩いていく。
「大丈夫すか」
「なにが?」
「見え、ますけど、外から」
「なにが?」
「俺と、いるのが」
先輩はあははと笑った。
「のりちゃんは犯罪者かなんかなの?」
「前科はないです」
変なことを言ったつもりはなかったけれど、先輩はまた笑った。
「じゃあいいじゃん。それとも広範は俺とドーナツ食べてるとこ友達に見られたくない?」
「そんなわけありません!」
「だったらもうそんなこと言わないで。悲しくなるから」
そう言った先輩の顔は笑ってはいたけど本当に少し悲しそうで、俺は死ぬほど慌てた。
「あっ、あの、本当に俺は、幸せだし楽しいし大好きですから!」
思わず先輩の手を取って言ったら、先輩はすごくびっくりして、ちょっとのりちゃん声おっきいから、と言って赤くなった。
はっとして周りを見たら、他の客に見られていた。
死にたい。
「どうした?もう腹いっぱい?」
ドーナツを2つ残して動かなくなった俺を見て、先輩は不思議そうな顔をした。
「いえ…」
正直、少しキツかった。甘いから腹というより胸がつかえる感じがして、その上先輩と外でものを食べるというシチュエーションに緊張もしていた。
「もしかして、甘いもの苦手だった?」
先輩に言われて、苦手ですとは言いづらく、かと言って嘘はつけず、俺は頭がパンクしそうになった。
すると先輩はさっきみたいに悲しそうに笑って、帰ろうか、と言った。
胃が、鉛を飲み込んだように重くなった。先輩にはずっと笑っていてほしいのに、そんな顔をさせた自分を呪った。
帰り道、先輩は何も言ってくれない。
俺も怖くて話しかけられないまま、うちの前まで来てしまった。
自然に2人の足が止まる。
「…先輩、あの、寄って行きますか」
「んー。いいわ。今日は帰る」
「……そうですか。じゃあ、」
「あのさ」
せっかく先輩が休みの日なのにもうさよならか、と寂しく思いながらも送ろうとしたら、先輩がそれを遮った。
「のりちゃんは俺といてもつまんないんじゃないの?こんなんで何が楽しいの?」
何も言えずに先輩を見た。
先輩も俺を見ていて、さらに言う。
「2人でいる意味がわかんない」
「…意味?」
「そうだよ。のりちゃんは俺と外に出ていたくなくて、好きでもないもの食べなきゃいけなくて、こんな関係になんの意味があんの?」
「違います!俺は、」
「違わないよ。それで誰が楽しいんだよ。俺だってこんなのは嫌だよ」
頬を打たれたような衝撃が走った。先輩に嫌な思いをさせてしまった。どうしよう、どうしよう。
「…すみません」
「謝ってほしいわけじゃないって。なんでわかんないんだよ…」
どうしよう。先輩がひどく悲しそうな顔をしている。
俺は無意識に先輩の肩に手をやった。怖くて言葉が出ないけれど、抵抗されなかったことに少し安心して、その背中を撫でた。
「無理して俺に合わせないでよ。合わせてほしいわけじゃないんだよ」
「無理は、してません」
「…そういうんじゃない」
先輩はどんどん下を向いてしまう。
「俺の言いたいことがわかんない?」
先輩の、言いたいこと。
「俺のために我慢ばっかすんなって言ってんの。のりちゃんが無理して合わせてくれるの、俺は全然楽しくないんだよ」
先輩が、楽しくない。
「はぁ、待てよ…お前全然俺の言うことわかってねえな」
先輩は顔を上げて苛立たしげに言った。
「俺は、お前が我慢した結果どんな凶行に及ぶか身をもって知ってるんだって」
はっとする。自分の中で消化しきれなかった鬱憤を、先輩を犯すことで晴らそうとした最低な自分。
「やめろって言ったろ?我慢したって良いことないんだって。俺が好きなのは俺に合わせてくれるお前じゃない。放っておいたって黙々と誠実な仕事をする方のお前なんだよ」
いつの間にか、背中を撫でられているのは俺になっていた。
「お前のこともっと見せてよ。俺に関係なくもっとお前の中身を出せよ。俺だけが好きなドーナツじゃなくて、2人とも大好きなものを一緒に食べに行きたいんだよ俺は。ちゃんと言ってくれなきゃお前の好みひとつ俺は知れないんだよ?」
それがどんなに寂しいかお前はわかんないのかよ、と言って先輩は俺を撫でるのをやめた。
そんな風に考えたことはなかった。
先輩の望む俺でいたくて、でもそれがどんな俺なのか、どんな俺がダメなのか、迷った結果何も言えない、何もできないということが無数にあった。
偽らずに自分をさらけ出すことが先輩を笑顔にすることに繋がるなんて、考えもしなかった。
「…ちょっと考えてみてよ。今日は帰るわ」
また悲しげな顔で笑って、先輩は帰ろうとする。
今、俺の本当の気持ちを言っても、先輩は嫌な気持ちにならないのだろうか。わからないけれど。
目を瞑って水に飛び込むような気持ちで、俺は先輩の背中に声をかける。
「先輩、まだ帰らないで、下さい」
「……なんで?」
「なんで?」
なんでだろう。
「なんでかな……すみません、わかりません」
「俺は帰るって言ったんだよ」
「…はい…」
怖い。けど、今は。
「あの、でも今日、俺はまだ先輩と一緒に…いたいので……」
先輩はにやっと笑って、それからへへへと笑って。
「なんだー!もう!かわいいなぁのりちゃんは!仕方ないね!寄るか!」
楽しそうに言い、先に立って俺の家へ向かう。
あっさり寄ってくれることになった流れに戸惑いながら、俺も後に続いた。
「はい。ここに座りなさい。説教するから」
先輩はそそくさと部屋に入ると、床にどかりと座ってその向かいをとんとんと叩いた。
それに従ってしおしおと腰を下ろす。
「嫌なこと言うけどね。のりちゃん、俺を初めて抱いた時の状況は覚えてるよね」
「…はい」
嫌われてもいいと自棄になりながら、無理矢理、抱いた。
「それでも今、俺はここにいるよね」
「…ほんと、奇跡ですよね」
「そうじゃない。そういうことを言いたいんじゃない」
先輩は俺の顔を覗き込んだ。
「あれは衝撃的ではあったけど、のりちゃんのこと知るきっかけをもらったと思ってるんだよ。結果的に、のりちゃんのこと好きになったんだし」
先輩は、とても優しい顔をしている。
「そんな俺が、甘いもの苦手なくらいでのりちゃんのこと嫌になると思う?そんなに器小さくないし!」
俺の膝をばしっと叩いてニコニコ笑った。
ああ。
好きだ。
好きです、先輩。
「先輩、すみませんでした」
抱き締めたくて、腕を伸ばした。
しばらくぎゅっとしていたら、先輩が腕の中で言う。
「今何考えてる…?教えて」
「先輩に、嫌われるのは、嫌だ」
「ふはは。好きなの、俺のこと」
「好きすぎて、苦しくて、自分のことなんかどうでもよくて、ただ、絶対悲しませたくない」
言葉にするたびに、自分がいかに先輩のことを好きか思い知る。息が詰まりそうなくらい、好きだと思った。
先輩は立ち膝になって俺の首に腕を絡ませて抱き締めると、深々とため息をついた。
「嬉しい。すごく」
先輩の言葉もまた俺を苦しくさせて、でもそれは居ても立ってもいられないような幸福感を生み出した。
「広範の言葉って、飾らなくて好き。だから、そういうの大事にして、俺にたくさんちょうだい」
「…はい」
「さっき、ドーナツ屋で好きですからとか言われたの、ちょっと照れたけど嬉しかったし、寄っていってほしいとか、そういうのだって嬉しいし」
だめだ。泣きそうだ。
「俺ものりちゃんにワガママ言うし」
「え、あ、はい、どっ、どうぞ、うれしいです…」
「俺ももっと素直になるようにする」
「…先輩……アホみたいに、かわいいですよね」
「なんだよそれは!」
先輩が笑う。楽しそうに、先輩が笑っている。
素直でいると、先輩の笑顔がいつもに増して透明に見えるんだ。
「先輩、今日、一緒に鍋しませんか」
「鍋?いいよ。じゃあ買い物行こっか」
「はい」
「広範、何鍋が好き?」
キラキラして見えるんだ。
「先輩が好きです」
買い物に行くまで、もう少しだけ。
「もう少しだけ、くっついていたいです」
先輩が、好きです。
-end-
2013.2.8
先輩が、きれいな指で雑誌をめくりながら俺に聞く。
休みを合わせて1日ゆっくり遊ぼうと先輩が誘ってくれて、とりあえずうちでまったりしているところだ。
先輩は俺の呼び名をのりちゃんに戻した。
「あの、新しいところですか」
「そうそう。東京でしか食べられないんだと思ってたけど、こんな地方にも出店するんだなぁと思ってさ。気にならない?」
「買って来ましょうか」
「えー。一緒に行こうよ」
「一緒に…」
「せっかく休み合わせたのにずっと家にいるのはもったいないよ。ね、たまにはデートしよう。広範」
でも、ここぞという時に不意に広範と呼ぶので、俺はその度に心臓を撃ち抜かれる。
先輩は多分わかっていてわざとそうするのだ。
好きだ。
好きすぎる。
未だに、先輩と付き合ってるなんて夢なんじゃないかと思っている。
「うわぁ、いっぱいあるなぁ。どれにしよう」
先輩は、パン屋のようなディスプレイに並べられたたくさんのドーナツを前に目を輝かせている。
かわいい。なんてかわいい人なんだろうか。
「のりちゃんはどうする?何個食べる?」
「えと、先輩は、何個っすか」
「俺ー?俺は……腹減ってるしなぁ。3個かな」
「じゃあ俺も」
本当は、そんなに甘いものが得意な方ではない。ドーナツを一気に3個も食べたことはなかった。1人ならまずドーナツは買わない。
それでも、先輩の顔を見ていたらそんなことはどうでもよくなって、先輩と一緒に食べるなら何だっていくらでもイける気がして、でもなるべく甘そうではないものを3個選んでトレイに乗せた。
会計の時、持ち帰りか聞かれた先輩が「いえ、食べていきます」と言うのを聞いて、少しドキドキした。
俺と2人でドーナツを食べて先輩は楽しいのだろうか。俺はまだ、そういう思考をやめられない。
一緒に頼んだコーヒーを2つ受け取ると、先輩は日当たりのいい窓側の席へ歩いていく。
「大丈夫すか」
「なにが?」
「見え、ますけど、外から」
「なにが?」
「俺と、いるのが」
先輩はあははと笑った。
「のりちゃんは犯罪者かなんかなの?」
「前科はないです」
変なことを言ったつもりはなかったけれど、先輩はまた笑った。
「じゃあいいじゃん。それとも広範は俺とドーナツ食べてるとこ友達に見られたくない?」
「そんなわけありません!」
「だったらもうそんなこと言わないで。悲しくなるから」
そう言った先輩の顔は笑ってはいたけど本当に少し悲しそうで、俺は死ぬほど慌てた。
「あっ、あの、本当に俺は、幸せだし楽しいし大好きですから!」
思わず先輩の手を取って言ったら、先輩はすごくびっくりして、ちょっとのりちゃん声おっきいから、と言って赤くなった。
はっとして周りを見たら、他の客に見られていた。
死にたい。
「どうした?もう腹いっぱい?」
ドーナツを2つ残して動かなくなった俺を見て、先輩は不思議そうな顔をした。
「いえ…」
正直、少しキツかった。甘いから腹というより胸がつかえる感じがして、その上先輩と外でものを食べるというシチュエーションに緊張もしていた。
「もしかして、甘いもの苦手だった?」
先輩に言われて、苦手ですとは言いづらく、かと言って嘘はつけず、俺は頭がパンクしそうになった。
すると先輩はさっきみたいに悲しそうに笑って、帰ろうか、と言った。
胃が、鉛を飲み込んだように重くなった。先輩にはずっと笑っていてほしいのに、そんな顔をさせた自分を呪った。
帰り道、先輩は何も言ってくれない。
俺も怖くて話しかけられないまま、うちの前まで来てしまった。
自然に2人の足が止まる。
「…先輩、あの、寄って行きますか」
「んー。いいわ。今日は帰る」
「……そうですか。じゃあ、」
「あのさ」
せっかく先輩が休みの日なのにもうさよならか、と寂しく思いながらも送ろうとしたら、先輩がそれを遮った。
「のりちゃんは俺といてもつまんないんじゃないの?こんなんで何が楽しいの?」
何も言えずに先輩を見た。
先輩も俺を見ていて、さらに言う。
「2人でいる意味がわかんない」
「…意味?」
「そうだよ。のりちゃんは俺と外に出ていたくなくて、好きでもないもの食べなきゃいけなくて、こんな関係になんの意味があんの?」
「違います!俺は、」
「違わないよ。それで誰が楽しいんだよ。俺だってこんなのは嫌だよ」
頬を打たれたような衝撃が走った。先輩に嫌な思いをさせてしまった。どうしよう、どうしよう。
「…すみません」
「謝ってほしいわけじゃないって。なんでわかんないんだよ…」
どうしよう。先輩がひどく悲しそうな顔をしている。
俺は無意識に先輩の肩に手をやった。怖くて言葉が出ないけれど、抵抗されなかったことに少し安心して、その背中を撫でた。
「無理して俺に合わせないでよ。合わせてほしいわけじゃないんだよ」
「無理は、してません」
「…そういうんじゃない」
先輩はどんどん下を向いてしまう。
「俺の言いたいことがわかんない?」
先輩の、言いたいこと。
「俺のために我慢ばっかすんなって言ってんの。のりちゃんが無理して合わせてくれるの、俺は全然楽しくないんだよ」
先輩が、楽しくない。
「はぁ、待てよ…お前全然俺の言うことわかってねえな」
先輩は顔を上げて苛立たしげに言った。
「俺は、お前が我慢した結果どんな凶行に及ぶか身をもって知ってるんだって」
はっとする。自分の中で消化しきれなかった鬱憤を、先輩を犯すことで晴らそうとした最低な自分。
「やめろって言ったろ?我慢したって良いことないんだって。俺が好きなのは俺に合わせてくれるお前じゃない。放っておいたって黙々と誠実な仕事をする方のお前なんだよ」
いつの間にか、背中を撫でられているのは俺になっていた。
「お前のこともっと見せてよ。俺に関係なくもっとお前の中身を出せよ。俺だけが好きなドーナツじゃなくて、2人とも大好きなものを一緒に食べに行きたいんだよ俺は。ちゃんと言ってくれなきゃお前の好みひとつ俺は知れないんだよ?」
それがどんなに寂しいかお前はわかんないのかよ、と言って先輩は俺を撫でるのをやめた。
そんな風に考えたことはなかった。
先輩の望む俺でいたくて、でもそれがどんな俺なのか、どんな俺がダメなのか、迷った結果何も言えない、何もできないということが無数にあった。
偽らずに自分をさらけ出すことが先輩を笑顔にすることに繋がるなんて、考えもしなかった。
「…ちょっと考えてみてよ。今日は帰るわ」
また悲しげな顔で笑って、先輩は帰ろうとする。
今、俺の本当の気持ちを言っても、先輩は嫌な気持ちにならないのだろうか。わからないけれど。
目を瞑って水に飛び込むような気持ちで、俺は先輩の背中に声をかける。
「先輩、まだ帰らないで、下さい」
「……なんで?」
「なんで?」
なんでだろう。
「なんでかな……すみません、わかりません」
「俺は帰るって言ったんだよ」
「…はい…」
怖い。けど、今は。
「あの、でも今日、俺はまだ先輩と一緒に…いたいので……」
先輩はにやっと笑って、それからへへへと笑って。
「なんだー!もう!かわいいなぁのりちゃんは!仕方ないね!寄るか!」
楽しそうに言い、先に立って俺の家へ向かう。
あっさり寄ってくれることになった流れに戸惑いながら、俺も後に続いた。
「はい。ここに座りなさい。説教するから」
先輩はそそくさと部屋に入ると、床にどかりと座ってその向かいをとんとんと叩いた。
それに従ってしおしおと腰を下ろす。
「嫌なこと言うけどね。のりちゃん、俺を初めて抱いた時の状況は覚えてるよね」
「…はい」
嫌われてもいいと自棄になりながら、無理矢理、抱いた。
「それでも今、俺はここにいるよね」
「…ほんと、奇跡ですよね」
「そうじゃない。そういうことを言いたいんじゃない」
先輩は俺の顔を覗き込んだ。
「あれは衝撃的ではあったけど、のりちゃんのこと知るきっかけをもらったと思ってるんだよ。結果的に、のりちゃんのこと好きになったんだし」
先輩は、とても優しい顔をしている。
「そんな俺が、甘いもの苦手なくらいでのりちゃんのこと嫌になると思う?そんなに器小さくないし!」
俺の膝をばしっと叩いてニコニコ笑った。
ああ。
好きだ。
好きです、先輩。
「先輩、すみませんでした」
抱き締めたくて、腕を伸ばした。
しばらくぎゅっとしていたら、先輩が腕の中で言う。
「今何考えてる…?教えて」
「先輩に、嫌われるのは、嫌だ」
「ふはは。好きなの、俺のこと」
「好きすぎて、苦しくて、自分のことなんかどうでもよくて、ただ、絶対悲しませたくない」
言葉にするたびに、自分がいかに先輩のことを好きか思い知る。息が詰まりそうなくらい、好きだと思った。
先輩は立ち膝になって俺の首に腕を絡ませて抱き締めると、深々とため息をついた。
「嬉しい。すごく」
先輩の言葉もまた俺を苦しくさせて、でもそれは居ても立ってもいられないような幸福感を生み出した。
「広範の言葉って、飾らなくて好き。だから、そういうの大事にして、俺にたくさんちょうだい」
「…はい」
「さっき、ドーナツ屋で好きですからとか言われたの、ちょっと照れたけど嬉しかったし、寄っていってほしいとか、そういうのだって嬉しいし」
だめだ。泣きそうだ。
「俺ものりちゃんにワガママ言うし」
「え、あ、はい、どっ、どうぞ、うれしいです…」
「俺ももっと素直になるようにする」
「…先輩……アホみたいに、かわいいですよね」
「なんだよそれは!」
先輩が笑う。楽しそうに、先輩が笑っている。
素直でいると、先輩の笑顔がいつもに増して透明に見えるんだ。
「先輩、今日、一緒に鍋しませんか」
「鍋?いいよ。じゃあ買い物行こっか」
「はい」
「広範、何鍋が好き?」
キラキラして見えるんだ。
「先輩が好きです」
買い物に行くまで、もう少しだけ。
「もう少しだけ、くっついていたいです」
先輩が、好きです。
-end-
2013.2.8