名探偵コナン
つまらない日常。ほんの少しだけスパイスが欲しい。一目惚れしてスピード交際できないかなぁとか考えてた。
昨日までは。
そう。寝起きでボーッとした頭でカーテンを開けて今日の天気を拝んで、雲ひとつない青空にいい気分で今日も頑張ろうと意気込んだ。
その時、視界の端の黒を凝視してか細い悲鳴を上げた。
到底人間とは到底思えない生き物が我が物顔で細い脇道の中央を歩いていた。朝でサラリーマンも多いこの時間帯に誰もソレを認識していないかのように、誰も変な様子も見せずに普通に通勤していた。
なんだアレは。
作り物なんて雰囲気じゃない。あんな遠くにいるのに熱でもあるんじゃないかってぐらい寒気がする。鳥肌?もう止まんない。
アレは見えちゃいけないものだ。
数日、涙を飲んで生活をして確信した。
誰も見えてないらしい。
授業中だというのに先生の頭の上から見下ろす小さいおじさんとか、生徒に群がる黒い影とか。
そしてソレは、ソレを認識できる人間を異常に探していた。ミエル?ミエテル?…ミエテナイと何度も興味深く観察されてその度に見えてないふりをして難を逃れている。それでどれだけ寿命が縮んだことか。不意打ち仕掛けてくるヤツらに平静を保つのも一苦労なのだ。
そんな毎日地獄を味わう私に癒しスポットができた。
1つは神社。アレだとかソレだとかが少ない。やっぱり神様って居るんだろうかと最近密かに信じ始めてる。
2つ目は喫茶店。どこにでもあるような喫茶店だが働いているバイトのお兄さんが凄いのだ。その人自身の寄せ付けない体質と守護霊的な存在のヤツが。
ただし、お兄さんがいないとあの喫茶店はヤツらの巣窟になるから行くとしたら一か八かの賭けでもある。
「わっ!!」
「………なんだミヨか」
「美波最近驚かなくなったよね!特訓した?」
「あはは…そうかも」
あれだけ毎日ポーカーフェイス保ってなきゃいけないのだ。鍛えられもするけどやっぱり心臓に悪い!
けどその身体に巻きついてる黒い腕はなにどうしたのどうしたらそうなったの!
あのね、暗い表情で切り出された話題に顔の筋肉を総動員させる。
「近所でストーカーが出たらしくて、もちろん私じゃないよ!?そのストーカーが車で轢かれて亡くなっちゃったから手合わせて来たんだ」
飴ちゃん置いてきたの、と続けられた言葉にちゃんと自分は悲しい顔出来てるだろうか。ストーカーね。ミヨ可愛いからこのストーカー(仮)身体中まさぐって気持ち悪い顔してんのかな。
いやだ。ミヨの身体でそんなことされたくない。見てるだけで鳥肌凄い。ど、どうしよ。
「美波今日空いてる?前にオススメって言ってた美味しい喫茶店連れてってよ!」
「!!うん行こう!本当にオススメだから!メニュー制覇したいぐらいに美味しいから!!」
「ホント!?美波がここまでいうなんてよっぽど美味しいんだろうなぁ。放課後が楽しみ!」
これであの店員さんが居てくれればこのストーカー(仮)も消えるはず!お願い今日もバイトしててお兄さん!お願いだからこの変態なヤツ抹消させて!!
祈った。自分がバケモノ見えるようになってから1番祈った。学校に居る時間全てに祈りを捧げた。
そして放課後。
チャイムが鳴り響いた瞬間からミヨをせかしまくってポアロまで急ぐ。そんなにお腹空いてたんだとか見当違いのこと言い始めたのは聞かなかったことにしよう。
「なんでッ!」
「え、どうしたの。好きなメニューなくなっちゃった?」
ポアロの席について項垂れた。お兄さんはいなかった。そしてこの喫茶店はヤツらの巣窟になっていた。
そんなことは知らない彼女は目の前で本気で気落ちしていることを心配して声をかける。何とか体を起こして店員を呼ぶ。
あれだけ美味しかったチーズケーキも恐怖の前じゃ味もわからない。やたら口溶けのいい泥団子でも食べてるような気分。
それも、このポアロに集まった人間に混じったソレの数が多いこと多いこと。側を通ったモノが人間かと思えば、ボロボロのスーツを着て左半身押し潰されたような有様になってる男。人の原形保ってるならまだいい。腕が何本もあったり、ミヨに憑く異形はどうやって脅かしてくるかわからないから怖い。
「あ~…本当に美味しいね!オススメしてくれるだけあるよ。もう全部が幸せぇ」
「は、はは。よかった…ここってランチメニューも美味しいからまた来よ」
「うん!!凄く楽しみ!あ、でも想像したらお腹空いてきたかも。もう1品食べてもいい?」
「うん、もちろん」
大食らいのミヨが幸せそうで嬉しいけど、黒い腕もミヨの身体触るての速さ更にスピードアップするのいやだ。気持ち悪い。どうしてミヨに。バイトのお兄さんお願いいつ来るか教えて。あなたの予定に合わせて絶対来るから。
新しく運ばれてきたパフェを頬張ったミヨ相手に涙が浮かんできた。泣くな。泣いたらだめ。ミヨからしたら急に泣き出した情緒不安定な人になる。
こっそり制服の袖で涙を拭ったとき、目の前を素早く横切った大きな黒い影。身体を緊張で固めて、でも聞き覚えのある男の声に体の力を抜いて机に突っ伏した。
「ただいま戻りました」
「あっ!買い出しご苦労さまです安室さん」
「いえいえ。女性に重いもの持たせるわけにはいかないので僕が行ってよかったです」
安室さん、っていうのか。
女性店員が彼を必死の形相で引っ張って奥へ引っ込んで行くのを眺めた。ポアロの中は私が日常で見ているはずだったそのままの景色を写している。ヤツらが存在していない景色を。
いつ見てもいいものだ。普通のことは。
あー美味しかった!と満足した様子のミヨによかったと心からの笑顔を見せられた。
奥から出てきた2人を見て会計するために席を立つ。安室さんがレジ対応してくれた。ミヨがまず自分が食べたものの会計をして、私もお財布のチャックを開けて大きいお金を出す。
「あの、」
「はい、なんでしょうか」
急に話しかけられたのにも関わらず笑顔で対応してくれるなんて、できた人だなぁと思わず関心するが今はそうじゃない。
「いつも美味しいサンドイッチありがとうございます。この子にできたて食べさせたいので次の出勤日教えて頂けないでしょうか」
安室さんはお釣りの小銭を握ったままほんの少しだけ驚いた様子を見せた。ポアロでよく見るミーハーな子だって思われたかな。私だって普段こんなこと言わないからドキドキが止まらない。
フッ、と柔らかい顔で笑われた。その顔はポアロで見たことないほど優しい笑顔だったがそれも一瞬で、見間違いかなと思うほど。
彼から差し出されたお釣を咄嗟に受け取ろうと慌てて手を伸ばす。その手を軽く引かれて、彼の両手に包み込まれるようにお釣りを渡された。くそ。このイケメンめ。自分顔はきっと赤い。
「来週だと、急な用事な入らない限りは毎日出ますので、またご来店お待ちしてます」
「あ、はい。ありがとうございます」
礼をして、少し邪魔に感じた長い髪を耳にかける。不自然な笑顔になってないかな。というかまだ顔赤かったりしないかな。そんな心配を数秒の間でして、すぐに喫茶店を出る。ミヨも先に外で待ってるし。
「来週、また来よ!お兄さんが作ってくれたハムサンド今まで食べたことないぐらいに美味しいから!」
「え!ホント!?絶対に行こ!いやぁさすが美波が超オススメするだけあるね!」
そんなに美味しかったらタワーで出てきても食べれちゃうかも、と目を輝かせる彼女に苦笑いをして、辺りに存在するソレの姿に知らん顔をした。
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