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「♥」ありがとうございます!

 拙宅にお越しくださった上に、♥まで頂きまして本当にありがとうございます!
 本当に励みになっております…!
 なかなか更新できないことも多々ありますが、これからもたま〜にいらして頂けたら嬉しいです(笑)
 本編等への感想や読んでみたい内容などありましたら、下部のコメント欄にお気軽にご記入ください。リクエストという明確な形ではお受け出来かねますが、アイディアとしてお借り出来たらなと思っています^^

それでは以下、♥お礼SS第6弾です〜。



*First spring storm*

 端末に縛り付けられ、ブルーライトに痛め付けられっぱなしの両目を、二本指でぎゅうっとしぼった。手を離すと、じんわり血が通う感覚がする。ゆっくり目を開けると、デスクに敷き詰められた書類と山積みのファイルに、お帰り、と迎えられた。
 黒い波びっしりの紙の海に顔を埋め、息を吸い込めば海の風はインクの匂い。いつも以上に余裕のない自分に盛大な溜め息をついた。

「もう無理…やっぱり私にこんな大役出来る筈無かったんだ…」
「一昨日は、やっぱり私って天才〜!って言ってなかった?」
「待ってくださいよ教官……それ私の真似のつもりですか?」

 のろのろとおでこをずらして、すぐ隣で端末を弄る男の手を追う。男らしいくせに滑らかにタイピングする指が妙に扇情的で、いつまで経っても幼児のような柔い自分の指との差が不公平すぎる。何だよ妹のいないシスコンのくせに。

「今回は自信あり」
「自信ありじゃないですよ、地声のままで似せる気ないでしょ」
「似てたよね?」
「……自分には分かりかねます」

 小牧が笑いかけた机上のブックスタンドの向こうから、歳下同期の生真面目な声がした。諸々の堆い壁で見えないが、貧相な表情筋が困った顔を作っている様が容易に目に浮かぶ。

「ほら手塚も似てないと思うって」
「似てないとまでは言ってません」
「……あーあ、手塚ってば教官に逆らえなくて可哀想〜」
「こら佐々木、同期を虐めてやるなよ」
「じゃあ先輩は人の同期を巻き込まないでくださいよ」

 もう疲れたと顔を背けると、固まっていた首から小気味いい音が鳴った。それすら可笑しいとでも言うような笑いが後ろから追いかけてきた。

「ほら頑張る頑張る、自分でやるって言ったんでしょ」
「言ってないですー、ひとっ言も言ってないですー」
「佐々木、お前煩い」
「黙れ無表情筋」
「こら、八つ当たりしない」
「煩いなぁ、もう……行き詰まるのってあっという間なんですよ、教官知ってました?知らないですよね?優秀でいらっしゃるからぁ!」

 残念ながら、半分事実である。嫌味にならない悪口を零して、目を瞑る。瞼の引き攣りにぎゅっと力を入れ解していると、おでこの辺りに少し重い音が置かれて目を開ける。

「お疲れ。佐々木、お前も少し休め」
「堂上教官…!」

 憧れの教官の帰りに、ばっと起き上がると呆れたような、然し学生時代から変わらぬ優しい目に見下ろされて疲れも蕩けて何処かへ行ってしまいそうである。

「フォーラムのやつか?」
「そうです、笠原が見てくれてる子達のです」

 全てがアクシデントと言っても差し支えないレベルの強烈なステージとなった昨年のフォーラム。
 今年は悠馬たちの中学側がフォーラムの味をしめたのか、活動協力の依頼があった。図書の規制を題材に、歴史を知ることから始まり、出版業界や図書隊、良化法賛同団体に至るまで生徒が取材をし、ディベート大会をするというのだ。巷で盛り上がっている"総合的な学習の時間"に使いたいんだそうだ。それも市内の賛同した中学校三校合同でだ。
 教育現場で、しかも少年少女の関心が高まって喜ばしい反面、生徒からの取材・相談を受ける日程の調整やフォーラムの運営側との連携など、窓口役を通常業務に上乗せされるのは案外きつい。言っちゃ悪いが、これは業務部の方が適任なのでは。

「堂上教官、よくこれ去年やりましたね」
「俺のときはまだここまでじゃなかったぞ。少なくとも幾つもの学校を取り纏める必要はなかったしな」
「ですよねぇ…」

 だが昨年清々しいほどに丸投げしてくれた隊長も、今回ばかりは格好良かった。

『我々にも、通常業務がある訳です。我々皆、それには誇りを持って取り組んでいます。飽くまで我々は学校教育者として在るではなく、図書館や本の自由を有する全ての人のために在ります。勿論、できる範囲での協力は惜しみません。しかし、業務中のインタビューや見学等は事前に相談、その上でお断りすることもある、ということもご理解頂きたい』

 とは言え、内部の細々したものはやはり丸投げだった。担当が私に決定後二日程は、隊長と口を聞かなかった。
 俺の次はお前か、苦労するな、と初代苦労人から心底気の毒そうに眦を下げられる。

「頑張れよ、お前なら出来るから」
「……結婚して下さい。あ、すみません、佐々木 実里、全力で頑張ります」

 困ったような微笑みを残して事務室の奥に向かう後ろ姿を見送ると、気味悪そうに仰け反る手塚と、呆れた表情の小牧先輩と目が合った。

「佐々木、そういうのは業務時間外まで我慢しようか」
「俺もちょっと引きました」
「だって堂上教官が」
「格好良かったんだよね、分かった分かった」

 小牧は早々に此方から目を逸らし、カップの中でやる気のない返事をした。
 全く分かってない!と堂上の素晴らしさを語ろうにも、相変わらず切り替えるのが早すぎて取り付く島もない。

「もういいですよ、柴崎に聞いてもらうから」
「はいはい、そうしなさい」

 何だかんだと言いながらも毎度返事をする先輩は暇なんじゃないだろうか。絶対そうだ。半分くらい手伝えこの野郎。大きく溜息をついてデスクにまた頬を落とした。

「笠原戻りましたー」
「お疲れー」
「うわ、佐々木、大丈夫?」
「んーーー」
「放って置いて大丈夫だよ、笠原さん」

 先輩の言葉に少し躊躇いながらも、戻って行った笠原に、ずーんと気分が落ち込む。

「佐々木、今これしかないけど」

 お疲れ、と戻ってきた笠原が一口チョコをひとつ、ころりと置いてくれる。

「笠原ぁーもうほんと愛してるぅー」
「相変わらず安い愛だなぁ」

 本当だよーと泣き真似をしながら言うと、笠原は可笑しそうに笑って頭をぽんと撫でて行った。







「ずっと気になってたんだけど」
「うん?」
「佐々木はさ、小牧教官と付き合ってないの?」

 向かいの笠原を見上げようとして、その隣で柴崎の絶対零度の目が光る。はたと動きを止めると、柴崎が不愉快そうに無言で自分の頬を指してみせる。また無意識に口を膨らませて食べていたらしい。むぐむぐと咀嚼し、ちゃんと飲み込みました、というパフォーマンスを経て口を開く。

「ないよ?」
「えー」
「ていうか聞き方おかしくない?普通付き合ってるの、じゃないの?」
「だって…」
「笠原が言いたいのは、公然とイチャついておきながら恋人って言ってないのが気になるってことよ」

 通訳してみせた柴崎から、どことなく不満げに目を逸らす笠原へと視線だけ移して、え?と空笑う。

「そんなん知らんわー」
「えー?」
「まあ、そんなもんよね」
「えぇー!?」
「部下として可愛がってもらってるな、とは思うけど」
「それ自覚なかったら笠原以下と見なすとこよ」
「ははっ、それは流石にない」
「どういう意味よ」
「まあさ、笠原はそういうとこも可愛いから大丈夫」
「かっ!?それは違うでしょ!?」

 入隊当初から言い続けているのに、未だ「可愛い」と言われ慣れてない彼女にはいつも癒される。
 だが、はぐらかされたと思ったのか、むすっとして食い下がろうとする笠原をにこにこ交わしていると、柴崎が首を傾げて此方を覗き込んできた。

「でも本当、付き合ってはいないのね?」
「だから付き合ってないって。わかるでしょ?そういうんじゃないもの」

 焼き鮭を一口飲み込むと喉の奥がチクリと痛んで、湯呑みに手を伸ばす。
 私は恋愛に向かない。私は恋愛と仕事とを両立させられるほど器用でもないし、仮にそうなっても、相手が職場の同僚なんてなってみろ、別れた後が最悪だろう。

「小牧教官だって私みたいな小娘考えられないって」
「そうかな?小牧教官、佐々木のこと結構気に入ってると思うんだけど」
「気に入ってる=好き、じゃないでしょ」
「そうだけど…」

 そろそろ勘弁して欲しい。恋バナをしている笠原は純粋で可愛くて好きだけど、無邪気にくっつけようとされると居心地が悪い。

「でもさぁー」
「笠原、あんた調子乗りすぎよ。佐々木はシャイなの。わかってやんなさい」
「うーごめん。でも!小牧教官じゃなくても、そうなった時はあたし、佐々木のこと応援するから」

 ほら、こういうところ。だから彼女たちは憎めない。柴崎くらい敏くて、笠原くらい素直なら私もどうにかなっていただろうか。

『実里、別れよう』
『実里は冷たすぎるんだよ』
『本当に俺のこと好き?』

 恋人もいたことはあるし、その人にちゃんと恋をしていた。でも最後はいつも、相手から同じことを言われた。
『冷たい』と。
 私はきっと、目の前の彼女たちのように、恋人という存在に向き合えるほど人間が出来てない。
 自分より相手を大切に思える心を、私がまだ持てていないせい。

「うん、そうなったら頼りにしてる」

 アイドルみたいに堂上教官を囃して、姉妹みたいに笠原を構い倒している方が何倍も楽に、穏やかに毎日を過ごせる。その方が、私には合ってる。







 目も開けていられないような濃い雨の合間を、スニーカーで水を蹴りあげながら駆け込んだシャッター店。直接吹き付ける雨がなくなった途端、髪からぽたぽたと落ちる雫の冷たさにぶるりと震えた。

「最悪、」

 朝から雲が重暗くて怪しいとは思っていたけど。
 店を出て、その時は大した事ないから行けるかなと思ったのが間違いだった。もうこの軒下は濃い雨で閉ざされた陸の孤島だ。重たくなった袖越しに腕を摩るが、濡れ鼠の毛皮は冷たすぎる。せめて雪なら払えたのに。
 なぜ寮近くのコンビニで我慢しなかったのか。ご褒美なんて、今日じゃなくてもよかったのに。笠原達と食べたあの店のモンブランを思い浮かべてしまった自分が恨めしい。

「寒、」

 もう、走って帰ろうかな。待っても良くならなそうだし、ここまで濡れていればどれだけ濡れようと変わらない気がする。これ以上ここに居たら本当に風邪引いてしまう。
 ようやく意を決して白く烟る道に走り出そうとした途端、ぐん、と腕を後ろに掴まれた。

「この雨のなか普通出て行く?」
「小牧教官……何でここに」
「俺はジャンケンで負けたから、夜の買い出し」

 そう言って掲げたビニール袋には、ケーキ屋の裏手にあるスーパーのロゴ。コンビニのでは足りないと騒ぐのは業務部の鈴木さん辺りだろう。悪い人じゃないけど、少し軽い印象の彼と教官が仲がいいのは正直よく分からない。

「ジャンケンって……子どもですか」
「男なんて皆子どもだよ。そういう実里は?その箱、あそこのケーキ屋でしょ」
「……自分にご褒美あげようかと。でもダメになったかも、この雨だし、だいぶ振っちゃったから」

 ビニール袋を重ねてもらったが、箱は所々ふやけている。その中のケーキも走ったせいで大丈夫じゃない気しかしてこなくて、益々気が滅入ってしまう。

「それはお気の毒に」

 小牧教官が袋からチョコ菓子を差し出してくる。自分も濡れてるくせにお人好し、と思いつつ有難く受け取ろうと手を出した。だがそれを唐突に遠ざけられたと気づいた時には、チョコ菓子を追い越して小牧教官の顔が目の前に迫っていた。

「え?」

 鼻と鼻が触れ合いそうなほど近い。視界すべてが小牧教官でいっぱいになった。

「……こういうときは目を閉じるものじゃない?」

 教官が、呆れたように離れていく。その代わりに手に赤いパッケージが乗せられ、急に雨音が戻ってきた。

「あぁそう、ですね」

 私はそれをビニールに入れるふりをして、今更年甲斐もなく赤くなっているだろう顔を背けた。
 やっぱり小牧教官お得意の揶揄いだった。一瞬掠めた鼻先の熱も、私を映しこんだ瞳の深さも。
 揶揄われたのにいつものような悔しさはなくて、ただ何となく疲れたような気がした。落としていた目線を前に戻すと、相も変わらず白い世界がある。もういい加減止んでくれ。

「寒くない?くっついてなくて大丈夫かい?」
「冗談は休み休み言ってくださいよ」
「うわー、辛辣」

 余程嫌そうな顔をしていたのか、降ってきた声は少し笑っていた。慣れた空気感に戻ったのがわかって、こっそり息をついた。
 視界を遮る降雨から目線を落とすと、水溜まりに留まりきれなかったのだろう雨水が波打つ小川をつくり、蓋された側溝の中へと注いでいた。耳をすませば、密やかな濁流の音がしてくる。じっと聞いてみたくなる雨音たちに囲まれていると、軽い衣擦れの音ののち、温かい重みが肩に乗ってきて息を呑んだ。

「ごめんね、オッサンの温もりで」

 勢いよく見上げた先で、優しく垂れる眦を見た。面映ゆそうに歪められた顏が、冗談めかした口調とあまりに違って思わず目を奪われかける。
 そして雨の匂いに混じって鼻腔を満たす噎せ返るような香りに、さっきの記憶がぐるんと頭を巡った。ああ、この香りは苦手だ、と思った。胸が煮詰まるような、苦しい香り。

「ぎりアウトじゃないですか?」

 そう言いながらも掛けられたコートの前を握り合わせる。ただそう、寒いから。そりゃあ大変だ、とまた笑う教官の手が、俯いた視界に入ってきた。
 女の私でも羨ましいくらいの滑らかな指が五本。長い指のせいで全体的に流線的な印象なのに、親指の付け根から手首までだけは骨が分かるほど直線で。
 もし握ったら、指先だけ握りこんだら、この人はなんて言うだろう。雨のように冷たいのか、コートみたいに温かいのか。雨粒みたいに優しく降り注ぐのか、あの静かな濁流みたいに私を押し流すのか。

「なに?」

 頭から降ってきた優しい雨音は、いつだったかロビーで囁かれた声よりずっと甘くてほろ苦くて、晒された首筋から痺れてしまいそうだった。

「手がどうかした?」
「いや、何でもないです」
「本当に?じゃあ具合悪くなってきた?」
「大丈夫!です!」

 俯いた視界に入ってきたあの流線的な手。また揶揄われるのが嫌で、それを避けるように顔を背けて。
 あぁ、私は何をやってるんだろう。どうにかなってたか、なんてどうにかなるための努力もしないで。
 視界の端で袖から覗く手首は、すらりとしているが、その実、自分のそれよりも余程太いことを私は知っている。でも、だからなんだと言うのか。こんな苦しくなるくらいなら、いつもみたいにへらへらしてればいいのに。
 それすらできない私が顔をさらに俯かせた先の可愛げのない渋色のニットは、これだけ濡れても少しも透けやしない。それどころか、ない胸ばかりが目立ってどうしようもない。いつも私ばっかり調子を狂わされて、教官は何でもないみたいに揶揄ってきて。
 春一番なんて優しい字面ツラしやがって。そんなに優しく触れるくらいなら、臆病風も吹かないくらいさっさと押し流してよ。



《友情出演》
鈴木二正:アニメ版手塚役のあの声優さん。

《ひとりごと》
何を書きたかったのか自分でも分からないリハビリ作品でした笑
臆病な子だということだけはわかりました!小牧教官、頼む、でろでろに甘やかしてあげて!笑

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