ひがんのひなぎくたち

 2

「まだかなあ」
 はあ、と室内に大きなため息が響き渡る。
 王の字が記されている一風変わった冠を被った、オレンジ色の髪に泣きぼくろがある顔の整った男はそう呟いた。すると隣にいた同じような冠を被り、燃えるような赤い髪にギザギザの歯が特徴的な男がケラケラと笑いながら返す。
五官王ごかんおうよ、少しは落ち着きなさいな」
 そう言われた五官王は、赤い髪の男をキッと睨みつけた。
「これが落ち着いていられると思うか?閻魔大王」
「うーん……気持ちは分かるけど、そんなんじゃ駿君に引かれてしまうよ」
 赤い髪の男――閻魔大王は近くにあった椅子を引くと、五官王の近くまで持ってきて座るよう促す。
「取り敢えず座って落ち着きなさい」
 にっこりと笑い「ほら」と更に座るよう閻魔大王は促すが、五官王は座る気にならないのか中々座ってくれなかった。
「いや、今は座る気分じゃ――」
「いいから」
 困ったように断るも、閻魔大王にじっと見詰められて言われると断れるはずもなく、五官王は渋々と言った形で椅子へ座った。
「よしよし……あっ、そうだ。たかむら!」
 何か思いついたのか閻魔大王は手を叩くと大きな声で篁という名を呼ぶ。するとすぐ側へ控えていた篁と呼ばれた男が、静かに現れ恭しくお辞儀をした。
「はっ、ここに。何でございましょう?」
「これから五官王候補が来るから、全員集めといてほしい」
「……」
「篁?」
 分かりやすく篁はため息を吐くと、にこりと笑い嫌味ったらしく言い放った。
「それ位ご自分でされてはいかがです?何でもかんでもやらせていてはボケてしまいますよ。……っと、思わず心の声が。失礼いたしました。全員集めて来ます。では」
 またお辞儀をすると、篁は静かに部屋から出て行く。その様子を五官王は目を丸くして見ていた。
「……相変わらずだね、篁は」
「ふふっ、まあね。所で倶生神ぐしょうじん達が近く迄来たみたいだけど迎えに行くかい?」
「なんだって!?行くに決まっているだろう!」
 思い切り立ち上がり早歩きで五官王は部屋の入口まで行くと、「早く行こう、閻魔大王」と急かすのだった。


◇◇◇◇


「そろそろ着きますよー!って大丈夫ですか?」
 空を飛ぶ事一時間、駿しゅんは腕の限界に達していた。
「う、腕がもげる」
 今にも手を離してしまいそうであったが、なんとか無い力を使い倶生神達の手を必死に握っていた。
(本当にやべえ……早く着いてくれないと腕死ぬ)
 初めは空を飛ぶ貴重な体験に駿は興奮していたが、暫く経つと腕の体力が持つかどうか心配になってきた。
「もげても直ぐ治るので大丈夫ですよ」
 と、同生天どうしょうてんが明るく返す。もげても大丈夫という言葉に駿は思わずゾッとするも、既に死んでいるのだから確かにもげても大丈夫なんだろうなと変に納得してしまっていた。すると突然同名天どうみょうてんがこちらに顔を向け睨みつけながら口を開く。
「文句を言うな!同生天と手を繋げているだけ有難いと思え!」
 ずっと黙っていた同名天が突然怒鳴りつけるように言ってくる。隣を飛んでいた同生天が「ははっ」と笑った。
「ほらほら、変な事言ってないで着地するんですから、喋っていると舌噛みますよ。あ、駿さん!閻魔大王と五官王が出迎えてくれてますよ!良かったですね!」
 こちらに向かって閻魔大王と五官王は笑顔で手を振って出迎えてくれていた。しかし駿には見る事が出来なかったので、閻魔大王の「おーい」という声や「ようこそ!」という声だけが聞こえていた。その声色で歓迎されている事を感じ取れた駿は一先ず安心する。
 倶生神達に「降りますよ」と声をかけられ、下へと降りている間にも、駿の側へ誰かが近寄って来ているのを感じた。
「ようこそ駿君!私が閻魔大王だ」
「ど、どうも……」
「まずはその目じゃ不自由だろうから、見えるようにしてあげよう!五官王よ、頼んだぞ」
 見えるように、という言葉を聞いた駿の表情がみるみるうちに明るくなっていく。それに気付いた倶生神達は、それぞれ口を開いた。
「良かったな、駿」
「良かったですね!」
 にこりと笑い、倶生神達は駿が前へ移動するのを補助する。
「あ、あの、よろしくお願いします」
「うん、任せて。じゃあ駿、大きく口を開けて欲しい」
 言われた通り大きく口を開いて待っていると、舌の上へ親指第一関節分程ある大きさの何かを乗せられた。少し経つとそれは溶け、チョコレートのような味が口内に広がった。
「それを食べればたちまち視力を取り戻せちゃう、すっごい薬だよ」
 駿は本当か?と疑いながらそれを咀嚼する。その度にチョコレートの深い味わいが広がっていき、ひとしきり味を楽しむとそのまま飲み込んだ。
 飲み込むのを確認すると、五官王は笑顔を浮かべ口を開いた。
「目をゆっくりと開いてごらん。もう見えるようになっているよ」
 駿は五官王から言われた通りゆっくりと瞼を開いていく。すると今まで暗闇しか広がっていなかった筈の視界に光が差し込み、次いで人の姿がくっきりと映った。
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 ゆっくりと首を回し辺りを見てみると、今まで一緒にいたであろう倶生神達や、目の前にいる五官王と閻魔大王が視界へと入る。皆、見えるようになり喜びを隠せていない駿を穏やかに見詰めていた。
 三年ぶりに見る景色に駿は思わず泣きそうになるも、ぐっと堪えて笑顔で礼を述べる。
「あ、あの!ありがとうございます!」
「喜んで貰えて嬉しいよ」
 にこりと笑った五官王に、駿も同じく笑い返す。すると黙って見ていた閻魔大王が一歩駿へと近寄り、口を開いた。
「そろそろ良いかな、駿君」
「はい、なんでしょうか?」
 閻魔大王は駿の事を真っ直ぐと見詰め真剣な面持ちになり、これから大事な話になるんだろうと思った駿は姿勢を正して向き直った。
「単刀直入に言おう。君にはここで修行を積んで、是非とも五官王の跡継ぎになってもらいたい。だが、これは決して強制ではない。四十九日間ここで過ごしてから決めて欲しい」
 駿が頷くのを確認すると、閻魔大王は更に続ける。
「もし君がここに留まらず生まれ変わりたかったら、喜んで好きな所へ生まれ変わらせる事を約束しよう。なんせ君は生前悪事を一つもしていないからね。そうは言っても、候補達との相性もあるだろうからよく考えてね。実際会ってみた方が早いし行こうか」
「は、はい、分かりました」
 言い終えると閻魔大王は歩き出し、駿はそれについて行く。ついて行きながら駿はきょろきょろと辺りを見渡し、ここが現世ではない事を実感していた。途中倶生神達は駿達とは違う場所へ行くのか、軽く会釈をするとそのまま別の方へと向かって行く。
 駿は倶生神二人に手を振り別れを告げると、また閻魔大王と五官王の後ろを黙って着いて行った。




 その様子を近くの柱の影からずっと見ていた男が二人いた。
「ほらみた?くるまえに、かくれなきゃ」
 こそこそとバレないよう小さな声で片方の男が言うと、もう片方の男は困ったように男を見た。
 思考を巡らせ昔の記憶を思い出すが似ている者の姿を思い出せず、男は首を傾げる。
「確かに似てるような気も……って、あっ、ちょっと待って!」
 先に言葉を放った男は返事を最後まで聞かずそのまま走り出していく。その後を慌てて走って追って行った。


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