ひがんのひなぎくたち
「駿 」
母親に呼ばれ振り向こうとした時だった。背中に衝撃が走り、次の瞬間鋭い痛みが襲ってくる。そのまま前へと倒れシンクへと顔を突っ込む形になって倒れてしまう。
何が起きたのか分からず混乱していると更に背中に鋭い痛みが走り、そこで漸く駿は母親に刺されている事を悟った。
(なんで?……俺、このまま死ぬのか……?)
抵抗しようと思ったが生まれて初めて体験する凄絶な痛みに動く事が出来ず、そのまま十箇所以上刺され駿は失血により意識を飛ばしてしまった。
令和二年十一月六日、早朝の出来事だった。
1
「駿さーん!おーい!起きてくださーい!……起きないですね」
困り果てた表情でポニーテールの女は隣にいる怒った顔の男を見た。
「どうしましょう。明日で初七日を迎えるのに、この意生身 死出の山すら登ってないですよ」
意生身とは目に見えない心だけの存在、即ち幽霊の事である。
本来ならば死後七日迄に死出の山を登り三途の川辺りまで行っているのだが、この意生身である駿は七日程道端で倒れて眠りこけていた。

「このままだと秦広王 に怒られるぞ……蹴り起こすか?」
「それは駄目です!」
怒った顔をしている男も女と同様困ったように駿を見下ろしてどうしたものかと考えていると、女が口を開いた。
「普通ならすぐ歩き出す筈なんですけどね」
そこまで言い女はある事に気付く。
「そういえばちゃんとあちらで死装束に着替えさせてから旅立たせていたのに、服すらそのままなんておかしいですね」
その言葉を聞き、男はあるひとつの事に気が付いた。
「同生天 、この者生前悪事を一つも働いていないのだが、もしかすると……」
「えっ、まさか……!?」
悪事を働いていないという言葉に女――同生天は驚きを隠せない表情を浮かべるも、ある可能性に気付き妙に納得してしまっていた。
「そういう事ならこの状況も理解出来るかも。同名天 、一応データを送ってくれませんか?」
「ああ、今送る」
お互いスマートフォンを懐から取り出し持っているデータを送りあっている最中、眠っていた筈の駿が寝返りを打った。その事に男――同名天は驚いてスマートフォンを落としそうになるも、間一髪回避する事に成功した。
◇◇◇◇
(枕元で誰だ……うるさいな……)
二人の話し声が聞こえ駿は目を覚ました。地面が固く自分がベッドではない何処かで眠っていた事に気付くと、地べたに手をつき何かを探すように恐る恐る手を動かす。しかしいつも近くに置いている筈の白杖が何処にもなく、あきらかに家以外の場所であるここでどう動くか悩んでいた。
(草……みたいなのあるな。ここ、外なのか?え?あれ?)
自分が今まで何をしていたのか思い出そうとしていると、興奮気味に女が喋り始めた。
「ど、同名天大変です!影!意生身なのに影があります!」
「ほ、本当だ!」
「同名天、この子やっぱり……」
「ああ、もし本当にそうならば怒られる所か褒められるぞ!」
声の大きさからして近くにいるであろう二人に駿は一瞬驚くも、そんな事より自分がついさっき死んだという事を思い出し軽くショックを受けていた。
(俺、死んだのか……?つーか、さっきから誰だよ。うるせえな)
そう思うも二人は話すのをやめる所か更に盛り上がっていた。
「他の倶生神達に自慢出来ちゃいますね」
「まだ決まった訳ではないのだから落ち着け」
「えー、でもここまできたらきっと目もそのままですよ」
駿は這いつくばりながら声のする方へ近付き、どうするべきか悩んでいた。
(聞いた事ない声だし、話しかけるの嫌だな)
こんな時に人見知りを発動してしまい、声をかけるにかけられず数分程駿は固まっていた。しかしずっとこのままという訳にもいかず、意を決して声をかける事にした。
「あの……すいません。盛り上がっている所大変申し訳ないのですが……」
そう言うと二人は話すのをやめ静かになり、駿の言葉に耳を傾ける。
「そこら辺に杖みたいなものか、無ければ代わりになりそうなものありませんか?その……俺目が見えなくて……何も見えなくて困っているので助けて貰えないでしょうか?」
言い終えた後中々返事が返ってこず、駿は何か失礼な事を言ってしまったのかと緊張したが、すぐにそれが杞憂であった事に気付く。
「き、君……何も見えてないの?」
「……?はい」
恐る恐る聞いてくる女の声に首を傾げながら返事をする。すると突然女は悲鳴にも似た声で喜び始めた。
「か、確定だわ!同名天!」
「ああ、分かった」
名前を呼ばれた男――同名天は懐からまたスマートフォンを取り出し、連絡を入れる為に一旦その場から離れた。
「君、自分が死んだ事は覚えてる?」
そう女に問われ、駿は自分が死んだ事が確信にかわった。
(あ、やっぱり俺死んでたんだ)
手近にあった草を握り締め、駿は自分が死んだ事を静かに受け入れていた。
「…………」
「あらら、気付いてなかったか」
返事を返してこない駿に、女は死んだ事に気付いていないと捉えたらしくそう言い放った。
暫く静寂が続き、それに耐えきれなくなった女は明るい口調で話し始める。
「暗いのもあれなので、取り敢えず自己紹介しますね!私は同生天と言います。声の低い方が同名天です。私達倶生神は生まれた瞬間から人の両肩に宿り、その方が亡くなるまでずーっと善行と悪行を記録するのが仕事です!」
そこまで一気に言うと、同生天は駿へと近寄るとしゃがみこみ目線を合わせた。
「で!今回駿さんは亡くなった筈なのにおかしな点がいくつかあります。
一つ目は何故だか影があります!
二つ目はあちらで死装束に着替えさせられてから見送られたのに、何故か死亡時のままです!
三つ目は霊体になってしまえば目も見えるようになる筈なのに、盲目のままです!
しかも君は生前五戒をしっかり守っていました。という事はあれです!あれしか考えられないんです」
駿へと顔を近付け同生天は興奮気味に言い放った。
「ずっと探していた十王 候補最後の一枠。五官王 候補。それが君です!」
「……は?」
駿は突然よく分からない事を沢山言われ、首を傾げるしか出来なかった。
「えっと……十王?とか五官王って何ですか……?」
「えっ、ご存知ない!?」
驚きを隠せないと言った声色で言われるも、知らないものは知らないのだから仕方がないだろうと駿は内心思った。
しかし同生天は知らない事を馬鹿にせず優しく教えてくれた。
「十王とは生前の行いから次にどこへ生まれ変わらせるか決める、冥府にいる十人の裁判官の事です。
亡くなってから四十九日まで七日毎に裁判を行い、生まれる先と性別、それから寿命を決めます。
それを決めるのが秦広王 、初江王 、宋帝王 、五官王 、閻魔王、変成王 、泰山王 です。
ここで地獄行きになった方たちの再審を、百箇日に平等王 、一周忌に都市王 、三回忌に五道転輪王 が行います!」
なんとなく分かったような気がした駿は一つの疑問が生まれた。
「ん?そういや探してたって言ったけど、その十王っていないの?」
「いますよー!ただ、現十王様たちが本来の御姿である仏の仕事に専念出来るように、跡継ぎになる子を探しているんです!で、次に五官王な――」
「同生天、そろそろ良いか」
連絡を終えた同名天が戻り、同生天の名を呼んだ。まだまだ聞きたい事はあったが、これ以上何かを言うのが憚られてしまい駿は口を閉じた。
「詳しい話しはまた後でする事にして、そろそろ閻魔庁へ行きましょうか」
駿は両手を二人に握られ、ゆっくりと立たされる。
「今から三十五日分の道程を一気に飛んで行くので、絶対に手を離さないでくださいね!」
言い終わると同時に駿の体は浮かび上がり、体に風があたり飛んでいるのだと感じた。
死んで終わった筈の人生がまた新たに始まるような予感がし、駿は心を踊らせるのだった。
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母親に呼ばれ振り向こうとした時だった。背中に衝撃が走り、次の瞬間鋭い痛みが襲ってくる。そのまま前へと倒れシンクへと顔を突っ込む形になって倒れてしまう。
何が起きたのか分からず混乱していると更に背中に鋭い痛みが走り、そこで漸く駿は母親に刺されている事を悟った。
(なんで?……俺、このまま死ぬのか……?)
抵抗しようと思ったが生まれて初めて体験する凄絶な痛みに動く事が出来ず、そのまま十箇所以上刺され駿は失血により意識を飛ばしてしまった。
令和二年十一月六日、早朝の出来事だった。
1
「駿さーん!おーい!起きてくださーい!……起きないですね」
困り果てた表情でポニーテールの女は隣にいる怒った顔の男を見た。
「どうしましょう。明日で初七日を迎えるのに、この
意生身とは目に見えない心だけの存在、即ち幽霊の事である。
本来ならば死後七日迄に死出の山を登り三途の川辺りまで行っているのだが、この意生身である駿は七日程道端で倒れて眠りこけていた。

「このままだと
「それは駄目です!」
怒った顔をしている男も女と同様困ったように駿を見下ろしてどうしたものかと考えていると、女が口を開いた。
「普通ならすぐ歩き出す筈なんですけどね」
そこまで言い女はある事に気付く。
「そういえばちゃんとあちらで死装束に着替えさせてから旅立たせていたのに、服すらそのままなんておかしいですね」
その言葉を聞き、男はあるひとつの事に気が付いた。
「
「えっ、まさか……!?」
悪事を働いていないという言葉に女――同生天は驚きを隠せない表情を浮かべるも、ある可能性に気付き妙に納得してしまっていた。
「そういう事ならこの状況も理解出来るかも。
「ああ、今送る」
お互いスマートフォンを懐から取り出し持っているデータを送りあっている最中、眠っていた筈の駿が寝返りを打った。その事に男――同名天は驚いてスマートフォンを落としそうになるも、間一髪回避する事に成功した。
◇◇◇◇
(枕元で誰だ……うるさいな……)
二人の話し声が聞こえ駿は目を覚ました。地面が固く自分がベッドではない何処かで眠っていた事に気付くと、地べたに手をつき何かを探すように恐る恐る手を動かす。しかしいつも近くに置いている筈の白杖が何処にもなく、あきらかに家以外の場所であるここでどう動くか悩んでいた。
(草……みたいなのあるな。ここ、外なのか?え?あれ?)
自分が今まで何をしていたのか思い出そうとしていると、興奮気味に女が喋り始めた。
「ど、同名天大変です!影!意生身なのに影があります!」
「ほ、本当だ!」
「同名天、この子やっぱり……」
「ああ、もし本当にそうならば怒られる所か褒められるぞ!」
声の大きさからして近くにいるであろう二人に駿は一瞬驚くも、そんな事より自分がついさっき死んだという事を思い出し軽くショックを受けていた。
(俺、死んだのか……?つーか、さっきから誰だよ。うるせえな)
そう思うも二人は話すのをやめる所か更に盛り上がっていた。
「他の倶生神達に自慢出来ちゃいますね」
「まだ決まった訳ではないのだから落ち着け」
「えー、でもここまできたらきっと目もそのままですよ」
駿は這いつくばりながら声のする方へ近付き、どうするべきか悩んでいた。
(聞いた事ない声だし、話しかけるの嫌だな)
こんな時に人見知りを発動してしまい、声をかけるにかけられず数分程駿は固まっていた。しかしずっとこのままという訳にもいかず、意を決して声をかける事にした。
「あの……すいません。盛り上がっている所大変申し訳ないのですが……」
そう言うと二人は話すのをやめ静かになり、駿の言葉に耳を傾ける。
「そこら辺に杖みたいなものか、無ければ代わりになりそうなものありませんか?その……俺目が見えなくて……何も見えなくて困っているので助けて貰えないでしょうか?」
言い終えた後中々返事が返ってこず、駿は何か失礼な事を言ってしまったのかと緊張したが、すぐにそれが杞憂であった事に気付く。
「き、君……何も見えてないの?」
「……?はい」
恐る恐る聞いてくる女の声に首を傾げながら返事をする。すると突然女は悲鳴にも似た声で喜び始めた。
「か、確定だわ!同名天!」
「ああ、分かった」
名前を呼ばれた男――同名天は懐からまたスマートフォンを取り出し、連絡を入れる為に一旦その場から離れた。
「君、自分が死んだ事は覚えてる?」
そう女に問われ、駿は自分が死んだ事が確信にかわった。
(あ、やっぱり俺死んでたんだ)
手近にあった草を握り締め、駿は自分が死んだ事を静かに受け入れていた。
「…………」
「あらら、気付いてなかったか」
返事を返してこない駿に、女は死んだ事に気付いていないと捉えたらしくそう言い放った。
暫く静寂が続き、それに耐えきれなくなった女は明るい口調で話し始める。
「暗いのもあれなので、取り敢えず自己紹介しますね!私は同生天と言います。声の低い方が同名天です。私達倶生神は生まれた瞬間から人の両肩に宿り、その方が亡くなるまでずーっと善行と悪行を記録するのが仕事です!」
そこまで一気に言うと、同生天は駿へと近寄るとしゃがみこみ目線を合わせた。
「で!今回駿さんは亡くなった筈なのにおかしな点がいくつかあります。
一つ目は何故だか影があります!
二つ目はあちらで死装束に着替えさせられてから見送られたのに、何故か死亡時のままです!
三つ目は霊体になってしまえば目も見えるようになる筈なのに、盲目のままです!
しかも君は生前五戒をしっかり守っていました。という事はあれです!あれしか考えられないんです」
駿へと顔を近付け同生天は興奮気味に言い放った。
「ずっと探していた
「……は?」
駿は突然よく分からない事を沢山言われ、首を傾げるしか出来なかった。
「えっと……十王?とか五官王って何ですか……?」
「えっ、ご存知ない!?」
驚きを隠せないと言った声色で言われるも、知らないものは知らないのだから仕方がないだろうと駿は内心思った。
しかし同生天は知らない事を馬鹿にせず優しく教えてくれた。
「十王とは生前の行いから次にどこへ生まれ変わらせるか決める、冥府にいる十人の裁判官の事です。
亡くなってから四十九日まで七日毎に裁判を行い、生まれる先と性別、それから寿命を決めます。
それを決めるのが
ここで地獄行きになった方たちの再審を、百箇日に
なんとなく分かったような気がした駿は一つの疑問が生まれた。
「ん?そういや探してたって言ったけど、その十王っていないの?」
「いますよー!ただ、現十王様たちが本来の御姿である仏の仕事に専念出来るように、跡継ぎになる子を探しているんです!で、次に五官王な――」
「同生天、そろそろ良いか」
連絡を終えた同名天が戻り、同生天の名を呼んだ。まだまだ聞きたい事はあったが、これ以上何かを言うのが憚られてしまい駿は口を閉じた。
「詳しい話しはまた後でする事にして、そろそろ閻魔庁へ行きましょうか」
駿は両手を二人に握られ、ゆっくりと立たされる。
「今から三十五日分の道程を一気に飛んで行くので、絶対に手を離さないでくださいね!」
言い終わると同時に駿の体は浮かび上がり、体に風があたり飛んでいるのだと感じた。
死んで終わった筈の人生がまた新たに始まるような予感がし、駿は心を踊らせるのだった。
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