雨想

 外は豪雨だ。このところ続いている。この時期の雨は桜流しと呼ばれているらしく、確かにこんなに激しければ明日には桜もすっかり散っているだろう。ろくにお花見もしなかったのに、流れてしまうとなると惜しくなるのは、日本人の性だろうか。道端の花弁溜まりは、下水を詰まらせるかもしれない。
「なにか考えてるな」
「……お花見、しなかったなぁって」
 愛しい人に抱かれながら上の空だなんて、集中しろと怒られても仕方ないのに、雨彦さんはくすりと笑って許してくれる。「確かに、そんな暇なかったな」と言いながら僕をゆさゆさと揺さぶるから、最奥から湧き上がる熱に浮かされて、嬌声が口から溢れていく。
「こないだまで、花冷えだったのにな」
「んっ、ん……」
 寒かったり暖かかったり、忙しのない春の天気。三寒四温にも程があった。雨彦さんはいつも寒そうな格好をしていて、鼻の頭を赤くして。バイクもまだこの時期は冷えるだろう、皮の手袋は触ってみるたびに無機質だ。滅多に繋がない手を繋ごうとしても、僕らの肌と肌の合間を邪魔してくる。皮の手袋って暖かいんだろうか。嵌めていてもひんやりとしている印象だ。
「北村」
「……っ、な、に」
「最後の花見でも、行くかい」
 僕を貫きながらの提案に、うんともやだとも言えず、空返事をする。必死で手を泳がせると大きな手で抱き止めてくれて、僕は溺れずに済んで深呼吸ができる。身体は熱いのに汗は冷たくて、そのちぐはぐさにいつも混乱してしまう。ここはどこだろう、僕はどうしてここにいるんだろう。
「北村」
「……ッ、んー?」
「こっち、ちゃんと見てな」
 腰を掴んでいた手を額に移し、数度撫でるその仕草に、ああそうだ、僕は彼に愛されるためにこの海を泳いでいたんだと思い出す。掴まるものを求めて彷徨う日々の中で、彼は目立つから、まるで灯台のように思えて、手を伸ばす目標になって。爪先から脳天まで駆け上ってくる快感を蹴り飛ばし、僕は雨彦さんの背中を掻き回す。
「見てる……、ずっと、見てるよー」
 合わさった唇のぬるさに、何だか泣きそうになってしまった。桜流しの雨もこんな温度かもしれない。豪雨の音に耳を塞ぐかのように、僕らは息の続く限りキスをした。
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