雨想
アイスティーを頼んでから、しまった、この店の紅茶は渋いんだった、と思い出した。時は既に遅し。会計も済ませて、カウンターにグラスが置かれる。
席について、ストローに口をつければ、まあ思った通りの味であったため、顔を顰めないよう気を遣うことが出来た。まるで最初からこの味を受け入れていた、そんな風の顔を装って、メールチェックを済ませる。
いくつかのダイレクトメールをスライドして消していると、「お待たせ―」という声が頭上から降ってきた。北村が鼻を真っ赤にしながら、向かいの椅子を引いて荷物を置いている。
「いや、今来たところさ」
「僕も飲み物を買ってくるねー」
財布だけ掴んでレジカウンタ―に向かう彼に、紅茶はやめておけと言うのを忘れてしまった。余計なお世話か。
北村はほうじ茶ラテなるものを頼んでいたので、杞憂に終わった。俺は自分のアイスティーを少しずつ飲み進める。涼しい顔で。
「クアッカワラビーって知ってるー?」
北村は席に着くなり、そんなことを言った。ワラビと言う部分を聞いて山菜を連想してしまい、はて、と悩んでいると、北村がスマホの画面を差し出す。
「世界一しあわせな動物って言われてるんだよ―」
画面の中には、茶色い動物がいた。笑っているように見えるその顔のつくりに、思わずこちらの口元もほころんでしまう。なるほどたしかに、幸せそうに見える。
「こいつはオーストラリアかなんかに住んでるのかい?」
「ううん、埼玉」
「埼玉?」
古論の実家がある県じゃないか。あまりの近さに驚きの声をあげると、北村はおかしそうにくすくすと笑った。
「ごめんごめん、埼玉県こども動物自然公園にね、いるんだってー。おっしゃるとおり、ふるさとはオーストラリアの子だよー」
北村はほうじ茶ラテをちびちびと飲み、あたたかさを身体に取り込んでいる。甘い香りが漂う。北村はいつも、ほんのりと甘い香りがする。
「でね、僕、この子を見てみたくってー。雨彦さん、今度一緒に行かないー?」
「デートの誘いかい? 珍しいな」
一人旅が趣味だろうに、俺を誘ってくるとはなかなか酔狂だ。アイスティーが渋みを残しながら喉を通っていく。俺は相変わらず涼しい顔で飲む。
「だって、世界一しあわせな子を見たら、そのしあわせを分かち合いたくなるでしょー? 隣にいてくれたら、嬉しいなって思ったんだけどー」
今度は北村が涼しい顔をしている。俺はぽかりと口を開け、今聞いた言葉を反芻していた。
みるみる、喜びが湧き上がってくる。愛おしさが胸に広がり、熱を帯びていく。こういう時のアイスティーだと言うのに、生憎こいつは渋い。店内の雑踏が聞こえなくなった。
「お前さんは、いつからそんなにかわいくなっちまったんだい」
「このくらい言わないと、鈍感な誰かさんに気付かれないって学んだからねー」
「いいぜ、一緒に行こう。車に乗せていってやろう」
「ドライブデートにはちょうどいい距離だねー」
しあわせを分かち合うためのデートか。そいつは何とも、甘い香りがしそうな響きだ。北村は半分ほどほうじ茶ラテを飲み終えると、俺にカップを差し出した。
「飲むー?」
「いいや、大丈夫だ」
「ほんとー? ここのアイスティー、渋くないー? 雨彦さん、渋い顔してたよー」
涼しい顔など、はじめから出来ていなかったことに気付く。北村の目にかかれば、何もかもお見通しなのだった。
「さっきの、なんとかワラビー」
「クアッカワラビー」
「そいつは世界一しあわせじゃないな」
「どうしてー?」
「俺が一番しあわせだからさ」
カップを受け取って、一口飲む。香ばしい甘さが、たっぷりと流れ込んでくる。北村は相変わらずくすくすと笑っている。
俺の隣にいるということは、お前さんも必然的に世界一しあわせになるということだ、と言ってやりたいところだが、きっとそれすら、お見通しなのだろう。
店内の喧騒が耳に戻って来た。冬らしい、華やかなジャズの調べ。
席について、ストローに口をつければ、まあ思った通りの味であったため、顔を顰めないよう気を遣うことが出来た。まるで最初からこの味を受け入れていた、そんな風の顔を装って、メールチェックを済ませる。
いくつかのダイレクトメールをスライドして消していると、「お待たせ―」という声が頭上から降ってきた。北村が鼻を真っ赤にしながら、向かいの椅子を引いて荷物を置いている。
「いや、今来たところさ」
「僕も飲み物を買ってくるねー」
財布だけ掴んでレジカウンタ―に向かう彼に、紅茶はやめておけと言うのを忘れてしまった。余計なお世話か。
北村はほうじ茶ラテなるものを頼んでいたので、杞憂に終わった。俺は自分のアイスティーを少しずつ飲み進める。涼しい顔で。
「クアッカワラビーって知ってるー?」
北村は席に着くなり、そんなことを言った。ワラビと言う部分を聞いて山菜を連想してしまい、はて、と悩んでいると、北村がスマホの画面を差し出す。
「世界一しあわせな動物って言われてるんだよ―」
画面の中には、茶色い動物がいた。笑っているように見えるその顔のつくりに、思わずこちらの口元もほころんでしまう。なるほどたしかに、幸せそうに見える。
「こいつはオーストラリアかなんかに住んでるのかい?」
「ううん、埼玉」
「埼玉?」
古論の実家がある県じゃないか。あまりの近さに驚きの声をあげると、北村はおかしそうにくすくすと笑った。
「ごめんごめん、埼玉県こども動物自然公園にね、いるんだってー。おっしゃるとおり、ふるさとはオーストラリアの子だよー」
北村はほうじ茶ラテをちびちびと飲み、あたたかさを身体に取り込んでいる。甘い香りが漂う。北村はいつも、ほんのりと甘い香りがする。
「でね、僕、この子を見てみたくってー。雨彦さん、今度一緒に行かないー?」
「デートの誘いかい? 珍しいな」
一人旅が趣味だろうに、俺を誘ってくるとはなかなか酔狂だ。アイスティーが渋みを残しながら喉を通っていく。俺は相変わらず涼しい顔で飲む。
「だって、世界一しあわせな子を見たら、そのしあわせを分かち合いたくなるでしょー? 隣にいてくれたら、嬉しいなって思ったんだけどー」
今度は北村が涼しい顔をしている。俺はぽかりと口を開け、今聞いた言葉を反芻していた。
みるみる、喜びが湧き上がってくる。愛おしさが胸に広がり、熱を帯びていく。こういう時のアイスティーだと言うのに、生憎こいつは渋い。店内の雑踏が聞こえなくなった。
「お前さんは、いつからそんなにかわいくなっちまったんだい」
「このくらい言わないと、鈍感な誰かさんに気付かれないって学んだからねー」
「いいぜ、一緒に行こう。車に乗せていってやろう」
「ドライブデートにはちょうどいい距離だねー」
しあわせを分かち合うためのデートか。そいつは何とも、甘い香りがしそうな響きだ。北村は半分ほどほうじ茶ラテを飲み終えると、俺にカップを差し出した。
「飲むー?」
「いいや、大丈夫だ」
「ほんとー? ここのアイスティー、渋くないー? 雨彦さん、渋い顔してたよー」
涼しい顔など、はじめから出来ていなかったことに気付く。北村の目にかかれば、何もかもお見通しなのだった。
「さっきの、なんとかワラビー」
「クアッカワラビー」
「そいつは世界一しあわせじゃないな」
「どうしてー?」
「俺が一番しあわせだからさ」
カップを受け取って、一口飲む。香ばしい甘さが、たっぷりと流れ込んでくる。北村は相変わらずくすくすと笑っている。
俺の隣にいるということは、お前さんも必然的に世界一しあわせになるということだ、と言ってやりたいところだが、きっとそれすら、お見通しなのだろう。
店内の喧騒が耳に戻って来た。冬らしい、華やかなジャズの調べ。
