雨想

 二人暮らしを始めて最初の元旦だから、という理由をつけて、初日の出を見にベランダを出た。ベランダの方角は東南だからしっかり日の出が見えるわけではないけれど、空が明るくなるのを一緒に見届けられたらそれでいい。
 二人でひとつの毛布をかぶっている。二人羽織みたいに。寝起きの雨彦さんはあたたかくて、抱きしめられるのが心地よかった。
「お、そろそろだな」
 空がだんだんと水色に染まっていき、黄色が差し込んでくる。空気は凛と冷たくて、鼻の奥が痛かった。白みだした世界を雨彦さんの腕の中から見ながら、僕は吐息で手をあたためた。
「腕の中 迎えて願う 初日の出」
「ほう、何を願うんだ」
「トップアイドル、でしょー?」
「それ以外で」
 雨彦さんは僕の頬を摘まみながら笑う。大きな手が冷えた頬を温もりで包んだ。こたつみたいだ。抜け出せない。
「雨彦さんはー?」
「家族の健康」
「それ以外で」
 お互い、分かっているのに、はぐらかす。ふふふ、とひと笑いしてから、雨彦さんは唇を寄せるために屈んだ。
「北村のしあわせを」
「雨彦さんのしあわせを」
 世界はすっかり朝になった。僕らは空をたっぷり楽しんでから、ああ寒い寒いと部屋に引っ込む。二度寝をするのもよし、コーヒーを淹れるもよし。ひとまずこたつに……と思っていたら、するりと雨彦さんの手が僕の腹辺りの服をたくしあげる。
「ちょっとー? いま一年の計を願ったんじゃないのー?」
「どうやら煩悩を消し去れなくてな」
 くすぐられる腹を守りながら、まったくこの人は、と溜息をついた。今年はこうして受け入れてしまうところを律していこうかな? と思わなくもない。
 攻防戦を繰り返しながら布団になだれ込む。唇を降らせる雨彦さんの向こう、窓の外は、すがすがしい空が広がっていた。神様のごきげん麗しゅう、今年もよい一年を。
 雨彦さんを受け入れながら、僕はくすりと笑う。今年もこの人との思い出は尽きないんだろうな。どんな愛を交わし合うだろう。
 まずはこの獰猛な狐の相手から。頭を撫でながら、自分の疼きを感じ、自分もまんざらではないことを自覚する。唇をあわせるのがいただきますの合図だ。
 さあ、めしあがれ。今年最初の朝食を。晴れ渡った空に差し込む光の神々しさにどこか誇らしくすらなってきて、僕は雨彦さんに身体を差し出した。
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