雨想
新宿は少し歩くだけでスタバにぶつかる。さてどこに行こうか、となった時、「とりあえず」で寄れるのがスタバのいいところだ。
年末年始は晴れが多くて助かる。人ごみは暗めの色のコートやジャケットのせいで真っ黒で、クリスマスの残骸のイルミネーションだけが綺麗だ。鳩の群れみたい、と思った。
そんな中でも、雨彦さんは目を引く。身長のせいでもあるが、やはり芸能人というべきか、華やかなオーラが増したように思う。黒のタートルネックなんて着るんだ。色気がとんでもないことになっている。これは早々に店内に仕舞わないといけない。
仕事と仕事のあいまの、ぶらりとしたデートだった。この程度じゃデートとは呼べないかもしれないが、二人で歩いていたらそれはもうデートとして換算することにしている。そう名付けるだけで、時間つぶしの散歩も特別なものになる気がする。
重い扉を開くと、広がるコーヒーの香り。
「期間限定の、まだ飲めてないんだよー」
「そうか。それは飲まないとな」
スタバはいつも混雑しているが、今日はするりと席を見つけることが出来た。レジカウンターでメニュー表を見る。
「雨彦さんも、いつもただのコーヒーでしょー? たまには期間限定の飲んでみたらー?」
「そうだな、悪くないな。どれだい?」
「これとこれだよー。僕はこっちにしようかなー」
小腹も空いた気がしてショーケースの中を見てみるが、いや、フラペチーノは腹に溜まるから食べなくても大丈夫だな、と思い直す。店員に目で合図をし、メニュー表の一番上を指さした。
「ロイヤルアールグレイブーケフラペチーノ、氷少なめでブレべミルクに変更、ホワイトモカシロップ追加でー」
「かしこまりました!」
「雨彦さんはー?」
雨彦さんを見上げると、微笑みをたたえたまま、無言でかたまっていた。おーい、と目の前で手を振ると意識が戻ったようで、しばらく目をウロウロさせたあと、「……同じのを」と呟いた。
「えー、雨彦さんもフラペチーノ? 意外だなー。あ、店内で」
頼んだフラペチーノが完成した時、雨彦さんはなんとも難しい顔をしていた。ホイップの量に驚いたのだろうか。上着を脱ぎ、はーやれやれと席に座っても、雨彦さんはまだ難しい顔をしていた。
「……もしかして、フラペチーノはじめてー?」
「……ああ」
ふ、と笑ってしまった。そうだった、この人はこういったものにとんと疎いのだ。教えてあげればよかった、ティーラテにしたら? と。
「たまには甘いものもいいんじゃないー? そうだ、SNSのアカウントにのせてみたらー? ファンの人たち、意外で驚くかもー」
「それもそうだな。北村も写りな」
雨彦さんの写真に、二杯のフラペチーノと一緒に写る。みんな驚くだろうなー、雨彦さんのフラペチーノ。
「いただきますー」
生クリームは疲れた身体に甘く、舌が喜んだ。アールグレイは豊かに鼻をくすぐる。歩いて暑くなった身体がひんやりとしずまっていき、力が抜けていった。
雨彦さんは生クリームを唇につけながら、ほう、と言って少しずつ飲んでいる。たまにはいいんじゃない、たまには。僕はまたそう言って、雨彦さんの四苦八苦姿を楽しむ。こっそり写真を撮って、クリスさんに送ろう。
「しかし、さっきの呪文には驚いたぜ」
「カスタムのことー? 調べたらおすすめが出て来るよー、今日はちょっと濃厚で甘めにしちゃった」
「なるほど、いろいろあるもんだ」
なんだかんだ言いつつ、雨彦さんも美味しそうに飲んでいる。お口に合ったならなによりだ。雨彦さんの黒タートルに、白いクリームがよく映える。
「知ってるー? スタバの看板の人魚って、リニューアルするたびにどんどん近付いてきてるんだよー」
僕は雑学を披露しながら、雨彦さんとこういった時間を過ごせる幸せをかみしめた。日常の中の、ほんのすこし特別な、甘い時間。それはきっと、雨彦さんも味わってくれているだろう。
レジカウンターから聞こえてくるさまざまな呪文を楽し気に聞きながら、雨彦さんは笑っていた。唇にクリームついてるよ、と僕が笑うと、それすらも愉快そうに笑っていた。甘やかな時間、冬の味。
期間限定、また飲みに来たいな。こんどは一からカスタムを教えてあげなくちゃ。
年末年始は晴れが多くて助かる。人ごみは暗めの色のコートやジャケットのせいで真っ黒で、クリスマスの残骸のイルミネーションだけが綺麗だ。鳩の群れみたい、と思った。
そんな中でも、雨彦さんは目を引く。身長のせいでもあるが、やはり芸能人というべきか、華やかなオーラが増したように思う。黒のタートルネックなんて着るんだ。色気がとんでもないことになっている。これは早々に店内に仕舞わないといけない。
仕事と仕事のあいまの、ぶらりとしたデートだった。この程度じゃデートとは呼べないかもしれないが、二人で歩いていたらそれはもうデートとして換算することにしている。そう名付けるだけで、時間つぶしの散歩も特別なものになる気がする。
重い扉を開くと、広がるコーヒーの香り。
「期間限定の、まだ飲めてないんだよー」
「そうか。それは飲まないとな」
スタバはいつも混雑しているが、今日はするりと席を見つけることが出来た。レジカウンターでメニュー表を見る。
「雨彦さんも、いつもただのコーヒーでしょー? たまには期間限定の飲んでみたらー?」
「そうだな、悪くないな。どれだい?」
「これとこれだよー。僕はこっちにしようかなー」
小腹も空いた気がしてショーケースの中を見てみるが、いや、フラペチーノは腹に溜まるから食べなくても大丈夫だな、と思い直す。店員に目で合図をし、メニュー表の一番上を指さした。
「ロイヤルアールグレイブーケフラペチーノ、氷少なめでブレべミルクに変更、ホワイトモカシロップ追加でー」
「かしこまりました!」
「雨彦さんはー?」
雨彦さんを見上げると、微笑みをたたえたまま、無言でかたまっていた。おーい、と目の前で手を振ると意識が戻ったようで、しばらく目をウロウロさせたあと、「……同じのを」と呟いた。
「えー、雨彦さんもフラペチーノ? 意外だなー。あ、店内で」
頼んだフラペチーノが完成した時、雨彦さんはなんとも難しい顔をしていた。ホイップの量に驚いたのだろうか。上着を脱ぎ、はーやれやれと席に座っても、雨彦さんはまだ難しい顔をしていた。
「……もしかして、フラペチーノはじめてー?」
「……ああ」
ふ、と笑ってしまった。そうだった、この人はこういったものにとんと疎いのだ。教えてあげればよかった、ティーラテにしたら? と。
「たまには甘いものもいいんじゃないー? そうだ、SNSのアカウントにのせてみたらー? ファンの人たち、意外で驚くかもー」
「それもそうだな。北村も写りな」
雨彦さんの写真に、二杯のフラペチーノと一緒に写る。みんな驚くだろうなー、雨彦さんのフラペチーノ。
「いただきますー」
生クリームは疲れた身体に甘く、舌が喜んだ。アールグレイは豊かに鼻をくすぐる。歩いて暑くなった身体がひんやりとしずまっていき、力が抜けていった。
雨彦さんは生クリームを唇につけながら、ほう、と言って少しずつ飲んでいる。たまにはいいんじゃない、たまには。僕はまたそう言って、雨彦さんの四苦八苦姿を楽しむ。こっそり写真を撮って、クリスさんに送ろう。
「しかし、さっきの呪文には驚いたぜ」
「カスタムのことー? 調べたらおすすめが出て来るよー、今日はちょっと濃厚で甘めにしちゃった」
「なるほど、いろいろあるもんだ」
なんだかんだ言いつつ、雨彦さんも美味しそうに飲んでいる。お口に合ったならなによりだ。雨彦さんの黒タートルに、白いクリームがよく映える。
「知ってるー? スタバの看板の人魚って、リニューアルするたびにどんどん近付いてきてるんだよー」
僕は雑学を披露しながら、雨彦さんとこういった時間を過ごせる幸せをかみしめた。日常の中の、ほんのすこし特別な、甘い時間。それはきっと、雨彦さんも味わってくれているだろう。
レジカウンターから聞こえてくるさまざまな呪文を楽し気に聞きながら、雨彦さんは笑っていた。唇にクリームついてるよ、と僕が笑うと、それすらも愉快そうに笑っていた。甘やかな時間、冬の味。
期間限定、また飲みに来たいな。こんどは一からカスタムを教えてあげなくちゃ。