雨想

 化粧水を、さっぱりタイプからしっとりタイプに変えてみた。秋から冬へ変わっていく今日この頃、乾燥対策をはじめなければならない。
「雨彦さんも使っていいからねー」
 雨彦さんの家の洗面所には、勝手に僕のものが増えている。歯ブラシしかり、ヘアバンドしかり。僕が趣味で買ってくる入浴剤も溜まってきた。キンモクセイの香りの入浴剤がまだ残っている、僕に遠慮してあまり使っていないみたいだ。次のを買ってくるから、気にしなくていいのに。
「しっとりタイプの方が、やっぱり保湿力が違うんだろうな」
「そう思うよ―。べたべたするのが嫌で、普段はさっぱりタイプを使ってるんだけどねー。そろそろ冬だから」
「冬の訪れを北村の頬から味わえるってことだな」
「味わわないでー」
 からからと笑う彼も、僕の化粧水をつけていく。彼は化粧品類にとんと疎い。ワックスだって使い方を知らなかったくらいだ。物知りなくせに、世間知らずな一面。三十歳って、そんなものだろうか。
「そう言えば、柿があるぜ。剥こうか」
「え! 食べたいなー」
 つい頬が緩んでしまう。そしてそれを見て満足そうに笑われると、少し悔しい。彼は――クリスさんもだけれど、僕が何か食べているのを見るのが好きなのだ。
 雨彦さんは慣れた手つきで柿を剥いた。大きな種だ。小さい頃、兄さんと一緒に公園に埋めに行ったことがある。さすがに芽は出なくて、結構しょんぼりしたっけ。
「雨彦さんって、スイカの種飛ばすの上手そうー」
「バレたかい? 結構遠くまで飛ばせるぜ」
 風呂上がりであたたまった身体に、柿は瑞々しく冷たくて、美味しかった。あっという間に食べ終わり、皿の中には種が転がるのみ。雨彦さんと一緒に何かを育てたことはないなあ、と思いを馳せる。以前仕事で行った朝顔市で、一緒に朝顔を買うべきだったかもしれない。花の世話をしに来たのだ、と、この家に来る口実を増やせる。
 ――そうか。花を育てればいいんだ。
「なにかよからぬことを企んでるな?」
「バレたー?」
 雨彦さんにはお見通しだったようで、僕は笑う事しかできない。この家の殺風景さをどうにかしたくて、事あるごとに雑貨を持ち込んでいるけれど、そうだ、植物という手があった。
 雨彦さんが皿を洗っている間に、ネットで観葉植物を漁った。この家に似合う、小さなものがいい。明日いろいろ店を見てこようかな、みのりさんに聞いてみるのもいいかもしれない。
「それで? 教えちゃくれないのかい?」
「ヒントだけあげようかなー。明日か明後日、なにかプレゼントを持ってくるねー」
「ほう、そりゃ楽しみだ」
 この家に来る口実を蒔きに来よう。公園に埋めた種みたいに、ここに僕の印を置いて行こう。水をやるたび、僕のことを思い出せばいい。 ふふふ、それってなんてロマンティック。僕ってリアリストだと思っていたのにな。
 皿を洗い終わった雨彦さんが、僕のにんまり顔を楽しそうに眺める。お互い様だ、僕だって彼の笑顔は好きだ。何を考えているか分からない狐の、穏やかな笑みが。
「企みは終わったかい?」
「うん。計画は入念に練られたよー」
 暖房の風が肌を撫でる。化粧水をしっとりタイプに変えてよかった。この家に来て、心身ともに潤って。
 秋から冬へ変わっていく今日この頃。せめて一緒にいる間だけは、温もりを纏いたい。柿の甘やかさを唇が思い出して、雨彦さんを求める。彼も同じだったようで、僕らは秋の味のキスをした。
 そのうち、冬の味になる。
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