雨想

 一人暮らしをするようになって半年、いつのまにか我が家に北村の私物が増えた。
 雑貨屋で見つけてきたものやら一人旅のおみやげやらで、リビングにはちまちまと雑貨が飾ってある。それに加え、彼の歯ブラシと寝巻き、数枚の下着も常備されるようになった。洗濯ものを干すとき、見慣れぬそれらに触れるのが少しこそばゆい。
 だから――もちろんお互いのスケジュールの都合もあるが――北村はいつでも、我が家に泊まれるようになった。気軽に、今日泊めてよ、などと言ってくるようになった彼を、可愛らしく思ってしまうのだから仕方ない。俺のサイズに合ったベッドなら、男二人並んで寝ることは可能だ。
 そんなわけで今夜も、北村はふらりと泊まりにきた。シャワーの音を聞きながら、さてどうしたもんかと考える。
 北村は明日の午前中、なんのスケジュールも入っていないと言っていた。今日は果たして「いい日」なのだろうか。例えば今、シャワーを浴びながら、用意しているのだろうか、この後のために? それとも、本当にただ会いたかっただけで、必要以上に触れるのはよしとしないかもしれない。無理はさせたくない、と思う。ただでさえ体格差、体力差があるのだ。北村に負担を強いたくない。
 そんなことをもやもや考えていると、風呂場から「雨彦さーん」と声が聞こえた。なんだなんだ、と慌てて覗きに行くと、ドアをほんの少し開けた状態で顔を覗かせた北村が、「ねえ、下着忘れちゃったー。とってきてー?」と言う。
「家主をこき使うとはな」
「ふふふ、わざと。ね、雨彦さんが一番好きな下着とってきてよー」
 北村はにまっと笑うとドアを閉め、引っ込んでしまった。今のは、お誘いと捉えてもいいのか? 好きな下着ってなんだ、せいぜい色違いなだけでどれも同じじゃないか……そう思いながらクローゼットの中から彼の下着を取ろうとして、思わず目を見開く。後ろ、つまり臀部の部分がぱっくりと開いた、大胆なデザインの下着がそこにあった。こんなもの見たことない。
 ――仕込んだな。
 俺はやれやれと首を振り、己の欲望が膨らんでくるのをなんとか堪えた。北村め、まわりくどい誘い方を。何が「わざと」だ、俺を翻弄させてどうしたいんだ。いや、どうかしたいのか。落ち着け、俺、年甲斐もない。
「ねー、雨彦さん、まだー? それとも裸でうろうろしていいのー?」
 風呂場からまた声が聞こえてくる。間違いなく、彼は「わざと」挑発している。俺はまんまと大胆なデザインの下着を手に取らされ、「今行く」と答えた。たまには彼の術中に嵌るのも悪くない。
「随分なお誘いじゃないか」
「そういうの、好きかなーと思って。あとで見せてあげるねー」
「……見るだけじゃすまないぜ?」
「知ってるよー」
 だから、ぜんぶ、わざとだよー。風呂場のドアの狭間から笑う彼の額にキスを落とした。無理強いはしたくないのは事実だが、後で見てろよ、と思った。
 お望み通り、受けて立ってやろうじゃないか。
 しかしまずは、俺の風呂が先だ。寝巻を来た北村と入れ違いに風呂場に入る。すっかり臨戦態勢の己を見て、俺はまたやれやれと首を振るのだった。
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