鋭百

 ベッドのシーツに足を絡ませる。すべすべしてて気持ちよい。布団ってすごいな。どこで潜っても、平等に受け入れてくれるんだから。
「平気か」
「うん」
 マユミくんは水の入ったペットボトルの蓋をわざわざ開けて渡してくれた。そういうところだよ、って言っても、伝わらないんだろうなあ。ペットボトルに口を付けて、数度のどを鳴らした。疲れた身体に染み渡る。
 僕たちは運動をしたあと、しばらくシャワーを浴びない。そのままの体温でいる方が安心するということを、マユミくんは知っているからだ。終わった途端すぐさまシャワーを浴びるのって、なんだか「なかったこと」にしたいみたいだよね、と以前零したせい。そういった些細なことを、マユミくんは酷く気にかけてくれる。
 彼のしっとりした肌に触れる。さっきまで汗だくだったのに、べたべたしない。綺麗な身体だなあ、といつも感心してしまう。彼は綺麗だ、どうしようもなく。ボクの知らない過去だってあるだろうけど、こうしてボクを抱いてくれる彼の手は、いつだって逞しい。
「百々人は綺麗だな」
「……どうしたの、急に」
 ボクの髪をやわらかに撫でながら目を細めるマユミくんに、どきりと心臓が高鳴った。それと同時に、冷や汗も身体を伝う。ボクは綺麗なんかじゃない。この心の奥底の、排水溝みたいな真っ暗なところまで見透かされるはずがない。それでもマユミくんは、きっとすべてお見通しなんだ。
「……どうした」
「嬉しくて」
 マユミくんの胸に頬を寄せた。どくん、どくんと鼓動が聞こえる。生きているんだなあ、ボクたち。この行為に、なんの生産性もないのに。虚空を必死に手繰り寄せるような、途方もない行為なのに。
「マユミくん。生きていてくれてありがとう」
「……百々人も」
 ここで、愛してるなんて言われたら、ボクは耐えきれなくなっていただろう。だけどマユミくんはやっぱり全てお見通しだから、ボクの頭を再度撫でてくれて、唇は真一文字に結んでて、それだけだった。
「シャワー浴びるか?」
「もう少し、このまま」
 この行為に、なんの生産性もない。そんなこと、世界で一番知っている。だけどどうしようもなく愛を確かめたくなる時は存在するし、そのためのホテルが街には溢れてる。不健全に生きているボクらは、本当に綺麗なんだろうか。
「おやすみ」
 抱きしめてくれたマユミくんの身体は、やっぱりすごく美しかった。
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