その他

「どうしたの咲ちゃん、本とにらめっこなんかして」
「ロール!」
 飲みかけのキャラメルラテのことも忘れて、ついつい目の前のことに熱中してしまった。今日はロールとお買い物をする日。カフェで待ち合わせて、あたしの方が早く着いたのだ。
「ごめんね、お待たせ」
「ううん、全然待ってないよ。手話の本読んでたんだ」
「手話?」
 ロールは少しびっくりした顔をして、私の手元を覗き込んだ。表紙には両手のイラストが、たぶん「手話」という意味の形で描かれている。
「こないだの握手会で、耳の聞こえない人が、手話してくれたんだ。それを調べてたの」
「なんて言ってたかわかった?」
 コートを脱いだロールはカフェオレを注文して、あたしの向かいに座る。テーブルの上のお砂糖の壺がかわいい。
「右手で左手の甲をくるくるしてたのは、かわいい。あごの前で人差し指と親指をくっつけたのは、好き」
 実際にやってみせると、ロールは面白そうに目を細めた。小学校の課外授業とかで、なんとなく手話について知る機会はあったように思う。けれど、こうやって友人と話題に出すのははじめてだ。
「短い時間で、それだけ伝えてくれたんだなって」
「嬉しいね」
 うん、嬉しい。私は大きく頷く。耳が聞こえない、というジェスチャーをしたのち、その二つだけ、一生懸命に伝えてくれたあの子。耳が聞こえない子にも、あたしたちの歌が届いてるって、なんだか不思議だ。
「それでね。次に会う機会があったら、あたしから手話で伝えてみようって思って」
「素敵だね、なんて伝えたいの?」
「ありがとう、って!」
 あたしはロールに「ありがとう」をやってみせる。左手を水平に倒して、右手を左手に向かって一往復。ロールは小さく拍手をしながら、嬉しそうに笑った。
「絶対、伝わるよ」
 声に乗せない、思い。それでも届け、と思う。運ばれてきたカフェオレに対して、あたしたちはさっそく「おいしい」の手話を本の中から探す。新しい世界が広がっていた。
 どうかあの子も、そしていろんなハンデのある全ての人たちも、みんなみんな、この冬が幸せでありますように。冷めてしまったキャラメルラテは甘やかに舌の上で広がって、冬の味だ、と思った。
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