その他

 天国が降ってきた。
 いや、天国だと思っただけで、実際に降ってきたのは花だ。生の花。薔薇とか百合とか、あとは名前がわかんないけど。なんでこんなことするの? 眠ってた俺に突如花を降り注ぐだなんて。
「お前が言ってた天国ってコレか?」
「……ほえ?」
「前に言ってた。天国は花に塗れてるとかなんとか」
 志摩はぶっきらぼうにそう言うと、花の入ってたであろうバケツに散らばった花弁を拾い入れていた。俺は眠い頭を必死に回転させて、過去の自分の発言を思い返す。
「……名前を呼ばれると、だよ」
「は?」
「死んだ人のことを思い返すと、天国ではその人の頭上に花が舞うんだって。だからきっと、名前を呼んでもらえるたびに、花まみれになるんだろうなって、そんな話」
 俺は頭の上に乗っかった花たちを振り落とし、志摩と一緒にバケツに花弁を集めていく。
「……なにがしたかったの? 志摩ちゃん」
 わざわざ花屋で花を買ってまで。造花でもよかったろうに、いやわざわざ俺のために買ってきてくれるっていうのが珍しいんだけど、なんの戯れなのだろう。
「……お前がさ。今まで助けた奴らって、たぶん、花に塗れてるよ」
「……志摩ちゃんもだよ」
「俺は」
 そー言うと思ったので、俺は志摩からバケツを奪い取り、彼の頭上目掛けてひっくり返してやった。ばらばらと、芳しい香りが落っこちていく。
「あっ、何するんだよ! せっかく集めたのに」
「あはは。おあいこ」
 人を救えたなら、助けたなら、俺たちは天国に行けるのだろうか。わからない。たとえ行き先が地獄でも、そこに志摩がいるなら別にいいや、と思う。俺は志摩より先に死ぬ気は一切ないけれど、もし先に死んだら、俺の名前を呼んでくれるだろうか。
「俺は志摩ちゃんが先に死んだら、毎日毎日、名前呼ぶね」
「結構です」
「結構禁止」
 そう言いながらさ、本当は嬉しいんでしょ。じゃなきゃこんなことしないもんね。
「約束」
「……へいへい」
 花に塗れた俺たちは、ふふふ、ははは、と笑い合った。死ぬ話をしながら笑い合えるのは、生きてる証拠だな、と思った。
 外は豪雨だ、俺たちは今日も花じゃなく泥と汗を纏う。
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