その他
隣がどったんばったんうるさい。いわずもがな、るいの部屋だ。ゴキブリでも出たのだろうか。それなら俺の部屋もあぶない。ブラックキャップ、どこにやったっけ。そんなことを考えながら二度寝を楽しんでいると、案の定、ガンガンガンと扉を叩かれた。るいは何故かドアチャイムを押さない。
「グンモーニン、ミスターやました!」
「もー、何事よ」
「ねえ、キャンプファイヤーしたい」
「……はあ?」
俺はひとまず、るいを部屋に招き入れた。ご近所に迷惑をかけるわけにはいかない、と言いつつ、こうやって甘やかしてしまう。
冷蔵庫から麦茶を出して――るいの家には冷蔵庫がない――、コップに注いでやる。氷はまあいいでしょ。冷房の温度を来客用に一度だけ下げて、俺は改めてるいに向き直った。
「なんでキャンプファイヤー?」
「ファイヤーを見つめたくて」
「ライターじゃだめ? チャッカマンとか」
「いいよ」
「いいんだ……」
俺は箸が入っている引き出しを開けて、貰い物の割りばしやらつまようじやらストローなんかのなかに混じって転がっているロウソクを取り出した。以前、なにかのお祝いと称してるいとケーキを買ったとき、おまけで貰ったものを使っていなかった。災害用に出来るね何て言って。
「これは?」
「ナイスアイデア!」
「なんかさ、夜とかじゃないの? こーいうの」
俺はせっかく開けたカーテンをわざわざ閉めて暗闇をつくり、ロウソクにコンロで火を点けた。炎は弱々しく揺れたかと思うと、居住まいを正して、勇ましく燃えだす。
「これが見たかったの?」
「うーん、合ってるんだけど、ちょっと違う」
るいはそう言って、俺がるいに差し出したろうそくを俺につきかえした。なんだなんだと思っていると、ここに座って、と座布団をぽんぽん叩かれる。
「あのね。ミスターの目に映ってる炎が見たかったんだ」
「……俺の目?」
「生きてるって、感じるでしょ」
こういう時、「るいは宇宙人だから、人間を知ろうとしてるんだ」なんて、以前なら思っていたかもしれない。今日はなんだか違う。人間が人間たらしめる何かを求めているように見えた。証拠に、英単語を使わずに喋っている。
るいは炎を見つめる俺の目をじっと見ていた。蝋が溶けていく匂いがする。こういうのって、誕生日ケーキの時の匂いなんだろうか。俺は知らないからわからないけど、るいの記憶のなかにはあるんじゃないかな。じりじりと熱が頬に伝わってきて、こんなに小さいのに、どこか太陽みたいだった。カーテンの向こうに、おおきな本物はいるんだけど。
朝早くから起きて、カーテンを閉め切ってロウソクの炎を見ているだなんて、いったい俺たちは何をしているんだろう。あやしい宗教団体みたい。こんなことなら、るいと一緒に本当にキャンプにでも行けばよかっただろうか。
「……荼毘に付すって言葉、あるじゃない」
「ダビ?」
「火葬するって意味。誕生日ケーキに刺さるロウソクの炎と、この世界から去る時に包まれる炎が同じものだなんて、なんか不思議だねえ」
「……そう。そういうことが、言いたかった気がする」
るいはふうっと息を吹きかけて、ロウソクの炎を消した。怪談でも話せばよかったかもしれない。それとも願い事か。訪れた闇はカーテンの隙間から日光が溢れていて、完全な黒には全くならなかった。俺たちはしばらく、その簡易的な闇の中で息を潜めていた。
「ねえ」
何故だかひそひそ声で、るいが囁く。顔には笑顔が戻っていた。不安の種を、さっきのロウソクで吹き飛ばせたんならいいけど、真相を知っているのは本人しかいない。落ち着いた? なんて、野暮なことは聞かない。
「キャンプファイヤー、やっぱり見に行こうよ。ミスターはざまも誘ってさ」
「いいけど、今日? 道具とか何にもないよ」
「そういうのってレンタルがあると思う! もしかしたら北斗が持ってるかも!」
るいはきびきびとカーテンを開けて、麦茶をぐっと飲み干した。俺も口をつけたけど、すっかりぬるくなっている。ずいぶん長いことロウソクを見ていたようだ。あっというまだった気がするけれど。
「ファイヤーを見て、ビールを飲むんだ。三人で」
「夏にはビールだね。それは賛成」
るいは、俺と二人の時間と同じくらい、はざまさんと三人の時間も大切にする。三人でいることの心地よさは格別だから、俺も同じ気持ちだ。太陽の光は狭い部屋の隅々まで照らし、一日のはじまりを祝福していた。るいは俺の手を取って、「グッモーニン」と言う。
「もう起きてるよ」
「俺、ついさっき生まれたんだ」
「そう。ハッピーバースデー」
「サンクス!」
るいの誕生日は明日のはずだけど。まあいいか、人は何度だって誕生していい。ロウソクを一度に何本でも灯していいように。
「北斗にコールしてくるから、ミスターはざまに連絡しておいてね!」
「はいはい」
隣の部屋へ帰っていったるいは、またなにやらどったんばったんと騒がしい。何と格闘してるんだろう。俺はスマホの画面に指を滑らせながら、布団干そうかなあ、と考える。
やたらと天気のいい日だった。生きていくには眩しすぎて、歩くには暑すぎる八月の中、生まれてくる君におめでとうを言おう。明日のケーキにも、ロウソクは灯されるのだろう。炎はいつだって、俺たちの人生を照らす。
「グンモーニン、ミスターやました!」
「もー、何事よ」
「ねえ、キャンプファイヤーしたい」
「……はあ?」
俺はひとまず、るいを部屋に招き入れた。ご近所に迷惑をかけるわけにはいかない、と言いつつ、こうやって甘やかしてしまう。
冷蔵庫から麦茶を出して――るいの家には冷蔵庫がない――、コップに注いでやる。氷はまあいいでしょ。冷房の温度を来客用に一度だけ下げて、俺は改めてるいに向き直った。
「なんでキャンプファイヤー?」
「ファイヤーを見つめたくて」
「ライターじゃだめ? チャッカマンとか」
「いいよ」
「いいんだ……」
俺は箸が入っている引き出しを開けて、貰い物の割りばしやらつまようじやらストローなんかのなかに混じって転がっているロウソクを取り出した。以前、なにかのお祝いと称してるいとケーキを買ったとき、おまけで貰ったものを使っていなかった。災害用に出来るね何て言って。
「これは?」
「ナイスアイデア!」
「なんかさ、夜とかじゃないの? こーいうの」
俺はせっかく開けたカーテンをわざわざ閉めて暗闇をつくり、ロウソクにコンロで火を点けた。炎は弱々しく揺れたかと思うと、居住まいを正して、勇ましく燃えだす。
「これが見たかったの?」
「うーん、合ってるんだけど、ちょっと違う」
るいはそう言って、俺がるいに差し出したろうそくを俺につきかえした。なんだなんだと思っていると、ここに座って、と座布団をぽんぽん叩かれる。
「あのね。ミスターの目に映ってる炎が見たかったんだ」
「……俺の目?」
「生きてるって、感じるでしょ」
こういう時、「るいは宇宙人だから、人間を知ろうとしてるんだ」なんて、以前なら思っていたかもしれない。今日はなんだか違う。人間が人間たらしめる何かを求めているように見えた。証拠に、英単語を使わずに喋っている。
るいは炎を見つめる俺の目をじっと見ていた。蝋が溶けていく匂いがする。こういうのって、誕生日ケーキの時の匂いなんだろうか。俺は知らないからわからないけど、るいの記憶のなかにはあるんじゃないかな。じりじりと熱が頬に伝わってきて、こんなに小さいのに、どこか太陽みたいだった。カーテンの向こうに、おおきな本物はいるんだけど。
朝早くから起きて、カーテンを閉め切ってロウソクの炎を見ているだなんて、いったい俺たちは何をしているんだろう。あやしい宗教団体みたい。こんなことなら、るいと一緒に本当にキャンプにでも行けばよかっただろうか。
「……荼毘に付すって言葉、あるじゃない」
「ダビ?」
「火葬するって意味。誕生日ケーキに刺さるロウソクの炎と、この世界から去る時に包まれる炎が同じものだなんて、なんか不思議だねえ」
「……そう。そういうことが、言いたかった気がする」
るいはふうっと息を吹きかけて、ロウソクの炎を消した。怪談でも話せばよかったかもしれない。それとも願い事か。訪れた闇はカーテンの隙間から日光が溢れていて、完全な黒には全くならなかった。俺たちはしばらく、その簡易的な闇の中で息を潜めていた。
「ねえ」
何故だかひそひそ声で、るいが囁く。顔には笑顔が戻っていた。不安の種を、さっきのロウソクで吹き飛ばせたんならいいけど、真相を知っているのは本人しかいない。落ち着いた? なんて、野暮なことは聞かない。
「キャンプファイヤー、やっぱり見に行こうよ。ミスターはざまも誘ってさ」
「いいけど、今日? 道具とか何にもないよ」
「そういうのってレンタルがあると思う! もしかしたら北斗が持ってるかも!」
るいはきびきびとカーテンを開けて、麦茶をぐっと飲み干した。俺も口をつけたけど、すっかりぬるくなっている。ずいぶん長いことロウソクを見ていたようだ。あっというまだった気がするけれど。
「ファイヤーを見て、ビールを飲むんだ。三人で」
「夏にはビールだね。それは賛成」
るいは、俺と二人の時間と同じくらい、はざまさんと三人の時間も大切にする。三人でいることの心地よさは格別だから、俺も同じ気持ちだ。太陽の光は狭い部屋の隅々まで照らし、一日のはじまりを祝福していた。るいは俺の手を取って、「グッモーニン」と言う。
「もう起きてるよ」
「俺、ついさっき生まれたんだ」
「そう。ハッピーバースデー」
「サンクス!」
るいの誕生日は明日のはずだけど。まあいいか、人は何度だって誕生していい。ロウソクを一度に何本でも灯していいように。
「北斗にコールしてくるから、ミスターはざまに連絡しておいてね!」
「はいはい」
隣の部屋へ帰っていったるいは、またなにやらどったんばったんと騒がしい。何と格闘してるんだろう。俺はスマホの画面に指を滑らせながら、布団干そうかなあ、と考える。
やたらと天気のいい日だった。生きていくには眩しすぎて、歩くには暑すぎる八月の中、生まれてくる君におめでとうを言おう。明日のケーキにも、ロウソクは灯されるのだろう。炎はいつだって、俺たちの人生を照らす。