その他

 野暮用で電車に乗っていたら、窓から覗く川縁に、佇んでいる人がいた。
 冬の川に入るつもりだろうか。周りに人は誰もいない。
 どうにも気になって、その駅で降りて、俺はその人を探した。少し歩けば辿り着いた、車窓から見えたのだからそりゃそうか。
 つまり、誰からも見えるところで、入水自殺なんかするわけないってことだ。そんなに深い川でもない、俺はなんでこんな心配をしてしまったのだろう。
「キミ」
「……は、はい」
「石は好きか」
「は?」
 その年老いた男性はしゃがんで、ひとつの石を持ち上げた。拳より小さめの、丸い石だった。
「川を転がって、角がとれて、丸くなってるんだよ」
「……そう、すね」
「なんて美しいんだ」
 そう言ってあろうことか、そのおじさんは石にキスをした。とても愛おしそうに、慈しむようにするものだから、俺は汚いですよだなんて言えず、ただただその光景を見ていた。
「人間もね、人に転がされて、角が取れていくんだよ」
「……はあ」
「キミは今、揉まれている最中だね。たくさん揉まれなさい。ツルツルになって輝く時、昔あったトゲを懐かしむことが出来るから」
 さて、と腰を上げたおじさんは、石をポケットに仕舞い、ニコリとこちらを見て微笑んだ。
「原石だ。美しいな」
「……ど、どうも」
「キミもひとつ、石を持って帰るといい。お守りがわりに」
 おじさんはヒラヒラと手を振りながら行ってしまった。結局何者だったんだろう。ただの変人だったのだろうか。それにしては、どうにも言葉に惹かれる。俺は足元の石ころを見た。
 少し歪んだ、そら豆のような石を見つけた。人差し指の第一関節くらいの大きさで、青みがかった灰色。ためしに拾い上げて、匂いを嗅いでみる。川の匂い。キスする気にはさすがにならないけど、撫でたくはなる。すべすべしててころんとしてて、手に馴染む。
 小さい頃遊んだビー玉を思い出した。陽の光にあてると中の模様がきらきらして、舐めても甘くなくて。この石に味があるとしたら、どんな味だろう。甘いかな、苦いかな。角がとれているぶん、まろやかなのかもしれない。
 俺も腰を上げながら、石をポケットに仕舞った。スニーカーの中に紛れ込む小石は厄介なのに、この小さな宝物はどうにも捨てる気にならなかった。
 電車の音がする。川が流れていく。肌寒い風が吹く。
 帰る前に、散歩でもしようかな。愛しいものを見つけに。たぶん、こういうものは、町中に溢れてるんだ。
「あの」
 振り返ると、セーラー服の女の子が立っていた。おどおどしていて、周りをキョロキョロ見ている。
「あの、何してるんですか」
「えっと……石を、見てた」
「石?」
 女の子は寒そうにしながら俺を見上げる。俺は帽子とマスクをしているから、たぶんアイドルだってことはバレてないはずだ。
「あの、危ないです。川、冬だし、死んじゃう」
「……ああ」
 この女の子は、さっき俺がおじさんを見た時と同じように、心配して追いかけてきてくれたんだ。
 俺はポケットの中の石を取り出して、女の子に見せた。
「宝物を見つけてたんだ」
「え……」
「俺もキミも、原石で、これから転がって丸くなってくんだ」
 とりとめのない話だ。怪しまれても仕方ない。だけどこうやって、この世界は回ってくんだろう、と思った。女の子はポカンとしていた。
「それじゃ」
 俺は手をヒラヒラとさせながら、その場を後にした。
 雲ひとつない晴天は、あの日のビー玉みたいにきらきらしていた。
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