その他

「はい、今日のお花」
 そう言って小ぶりな花束を渡すみのり。下僕は嬉しそうにそれを受け取り、いそいそと花瓶を用意した。古くなった花を捨て、新しい水を汲む。
「事務所が明るくなって、いい気分になれますよね」
「ふふ、俺はプロデューサーのその笑顔が見れただけで嬉しいけどね」
 お上手なんですから、と受け流す下僕に、なぜか胸がむかむかする。そんな、食べられないモンに、大げさに喜んでみせるなんて。
 それくらい、オレ様にだって出来んのに。
「いい香り」
 顔を綻ばせる下僕に、喉が渇いた、と声を荒げれば、ぱっとこちらを向く。まったく、しょうがないんですから、とぱたぱたと冷蔵庫に駆けていく背中を見ながら、勝った、と思った。花なんかに気を取られてるからだ。オレ様のことだけ見てればいーんだよ。
「漣くんも、あげてみればいいのに」
「……花なんか」
 なんの祝い事でもないのに、やれるかよ。みのりをひと睨みして、オレ様は近所の花屋を思い返していた。仰々しい店構え、夥しい花の大群。あんな中に入ったら、鼻がもげそうだ。
「はい、漣くん。お茶」
 下僕はそんなオレ様の心情など露知らず、麦茶の入ったコップをよこす。一気飲みして、空のグラスを押し付けた。このグラスに花が入っていたら、下僕はどんな表情をするだろう。少しだが、見てみたいと思った。
 次の日、いつもの道をいつも通りに歩いていたら、視界の端に薄桃色が揺れた。雑草とばかり思っていたそこに、小さな花が咲いているのを見つける。
「……フン」
 気まぐれだ。ほんの思い付きだ。オレ様はその花を手折り、片手に咲かせたまま道を行く。顔見知りの猫に驚かれた気がしたが、知ったこっちゃねー。今のオレ様に構うな。
 事務所はめずらしく人の気配がなく、チビたちもまだ来ていないようだった。あれ、漣くん早いですね、とこちらを覗く下僕に、右手を突き出した。
「ん」
「……え」
「花!」
「……く、くれるんですか」
 驚いたのか、しばらく固まっていた下僕は、きょとんとした顔でオレ様を見つめる。そんな間抜けヅラを拝みたくてわざわざ持ってきたんじゃねーっつーの。
「いらねえなら捨てる」
「いりますいります! かわいい花……」
 ありがとうございます、とほほ笑んで、下僕はオレ様から花を受け取った。何て言う名前なのかすらわからないそれを下僕は大切そうに両手で包み、きょろきょろと辺りを見回す。
「……んだよ」
「いえ、新しい花瓶を、と思って」
「昨日のやつにまぜればいーじゃねーか」
「だめです。これは漣くんがくれた、たった一本の大切な花ですから。特別です」
 にこ、と笑い、キッチンの方へ駆けていく。忙しないヤツ。オレ様はその背中を見ながら、もう一度、勝ったと思った。
 ゴーセイな花束じゃなくても、渡せる思いはある。むかむかが、少し晴れた気がした。
「また、これからもお花、持ってきてくれますか?」
「……気が向いたらな」
 浅瀬のガラスの皿に水を張って、そこに花を浮かべた下僕は、無邪気な子供の様に笑っていた。
 こんな顔を独り占めできるのなら、また花を持ってくるのも悪くない、と思えた。
 華やかになった事務所は、どんな香りがするだろうか。春になったら大変そうだ。オレ様はひっそりその未来を想像しながら、ほくそ笑むのだった。
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