その他

 あ、と思ったときには遅い。紙の端が生んだ熱は、指先で燃えるほど痛かった。
 紙で指を切るのは久しかった。日々、台本や香盤表なんかで紙に触れてるけど、いつもなんとなく注意していた。ハンドクリームを塗って保湿したり。先生だった頃も、滅多に切らなかったな。こういうのは忘れた頃にやってくる。
 誰にも見られてないといいな、と思いながら、指先を口に含む。錆の味。後で絆創膏を貼ろう。絆創膏にありつくまで、血は止まっていてくれるだろうか。
「あれ、舞田先生、指切っちゃいました?」
 うぐいす色の髪の毛が、そっと近づいてきた。ミスターうづきはカバンを漁って、絆創膏を探してくれる。
「あったあった。咲ちゃんから貰ったやつなんで、かわいい柄なんです。指先が明るくなっていいでしょう?」
 うさぎ柄の薄いピンク色の絆創膏を、指先にぺとりと巻いて、ふふっと笑う。俺も釣られて笑顔をつくる。
「……あ、れ」
「おっと」
 じんわりと絆創膏に滲んだ緑色を、見られてしまった。しっかり舐めとったはずなのにな。俺はミスターうづきにウインクして、内緒だよ、と囁く。
 うさぎ柄に免じて、記憶を消すのはやめてあげよう。だけど今見たことは、秘密だよ。
 シーッと指先を口元にあてると、目を点にした彼は、こくこくと頷いた。彼ならきっと大丈夫だ。俺は改めてお礼を言って、その場を後にした。他の誰にも見られていないことを願いながら。
 俺の血は緑色だ。せっかくのキュートなピンク色なのに、ごめんね。ずきずきと痛む指先の熱さだけは、36度なんだけど。
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