舞握

 まだ七月も上旬なのに、どうしてこうも暑いんだ。近頃の地球はおかしい。グラスにかいた汗の量、室内のききすぎた冷房、全て億劫になるくらいの日差し。
「ねえ、グッドアイデアなんだけどさ」
「嫌な予感がするな」
「これから、ホテル行かない?」
 言うと思ったよ。自然と溜息が出る。コイツも日差しにやられたのか、呆れながら俺はグラスを手に取り熱を逃がす。
「こんな真昼間から何言ってんだ」
「ヒショしよう。避暑」
 今こうして喫茶店に来ているだろ。平日の昼間なんだから九十分制でもないし、長居してもいいはずだ。俺はストローでハニーオレをかき混ぜながら、二回目の溜息を吐く。
「……汗かきたくない」
「バスも付いてるじゃない」
「そういう問題じゃない」
 久しぶりにオフが重なったんだから、ゆっくり過ごしたかったというのに。まあ久しぶりな分、欲求が溜まっているというのもわからなくはないけれど。
「喫茶店だけじゃ不満か?」
「不満じゃないけど、でもさ、広々シーツにダイブしたい」
 にっこりとほほ笑む彼に、悪意はない。たぶん本心だろう。でもその先の、彼の手つきを想像して、俺の全身が茹る。どうせ嫌と言うほどいじめられるんだ。今日はそんなつもりなかったんだが。
「ミスター」
 するり、と彼の指が絡んでくる。ああ、油断ならない。彼の笑みは朗らかなものから明らかに他意を含んだそれになっていて、俺の火照りを増していく。
「ね、暑くない?」
「……夏だからだろ」
「休憩、しようよ」
「今してるだろ」
「……嫌?」
 嫌と答えられればどんなによかっただろう。俺はコイツに甘い、そんなことはわかってる。先ほどまでとは打って変わって真剣な眼差しの彼に、どうして逆らえようか。外はじりじりと陽炎が舞い、アスファルトですら溶けそうだった。
「決まりだね!」
 さっさと帽子を被りだす類は、もう俺の動揺なんて目に入っていなかった。スマホを見れば三十五度の表示。三度目の溜息すら沸騰しそうで、もう観念するしかなかった。
「どうせならビールでも買ってく?」
「本当に遠足気分だな」
 俺の気も知らないで。心臓がとくとくと鳴りだして、血流が巡るのが早く感じる。まだ飲んでないのになあ。コイツと暑い中会ったのが運の尽きだった。
 ホテルに向かいながら、避暑しに暑い中を歩くことへの矛盾を考えていた。二人分の濃い影が、アスファルトを焦がす。
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