漣タケ

 退屈なレトロ映画を見た。「それらしくしよう」とポップコーンをわざわざ用意して見たのに、ありきたりなカーチェイスも歯の浮くベッドシーンも、俺たちのキスでかき消えた。
 俺の部屋のソファベッドを占領しているレッカは何度も大あくびをしていたが、大人しく最後まで見ていた。キスの促進剤だとでも思っていたのだろう。エンドロールが流れた途端覆いかぶさってきたので確信する。映画を見ようと言った俺を否定しなかったのも、大人しく銃撃戦を見ていたのも、全ては俺を食べるためだったのだ。
「コーラの味」
 バードキスを繰り返しているうち、そう言われた。だって映画にはポップコーン、ポップコーンにはコーラなんだろう? 俺たちは映画館で映画を見たことがない。
「まあ、たしかにコーヒーを飲むには展開がよくなかった」
 俺はレッカのピアスを遊びながら答える。次はとびっきりのB級映画にしよう。どうせなら野次を飛ばしたい。
「展開のせいにするな」
 俺の耳を舐めながらそう言うレッカを払いのけ、なんのことだと問う。俺のワイシャツのボタンをひとつひとつ撫でながら、レッカは少し掠れた声を出した。
「今日、オマエ調子悪かっただろ」
「……そんなことない」
「訓練でオレ様に負けて。レトロ映画なんて見ようだとか言って神妙な顔して、何わかったつもりになってやがる」
 俺の腹を冷たい手がまさぐる。ああ、明日のシャツにアイロンをかけなければ。
「コーヒーも受け付けない胃のくせに」
「じゃあ」
 じゃあ、この手をどけろ。そう言おうとしたのに口を塞がれる。コーラ味が交わる。レッカこそ神妙な顔をして、俺の何をわかったつもりになっているんだ。
「カイ」
「なんだ」
「花束、やろうか」
 映画には、たびたび花が登場した。道端の花屋のシーン。愛しい人が天国の花畑で微笑んでいるシーン。花々は麗しく、恋心を表現するのにこうも美しくあれるのかと感嘆するほどに。
「……俺たちが花束を貰う時なんて、墓に添えられる時くらいだろ。墓なんて用意されるかわかんねーけど」
「人類の希望が何言ってんだか」
 レッカは俺の耳朶を摘まんだ。俺の上で、銀髪がさらりと揺れる。
「ピアス、開けてやろうか」
「何だよ急に」
「痛みを刻むんだよ。生きてる印だ」
「戦闘中に痛いほど負傷するだろ。だいたい邪魔だ」
「ばーか、タテマエだよ。オレ様のモンっていう、証」
 シルシだとかアカシだとか、あやふやなもので俺を繋ごうとするな。俺の所有者はオマエじゃない。そう言おうとして、俺はまた口を噤む。コーラ味のキスが降ってきたからではない。
 ここは花畑だ、と思った。薄暗い1Kの、灰色の部屋の中、真っ暗なエンドロール、チープな音楽。
 花束を貰うんだ。彼に。彼と同じピアスをして、棺に横たわるのだ。
「……いいかもな。それ」
「だろ? アイスピックでいいか?」
「いいわけないだろ」
 レッカがガリ、と俺の耳を噛んだ。そこから花が咲けばいいのに。
 俺も、いつの日か彼に花束を渡すのだ。そうだ、映画館で渡そう。映画館で、コーラ味のキスをしよう。
 ソファベッドのスプリングは死んでいる。熱を交わしながら、俺は花言葉を考える。
 俺からレッカに渡す花の花言葉は、果たして。
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