漣タケ

  元旦は一緒に初日の出を見よう、と言ってみたら、なんでだよ、と言われてしまった。なんでと言われても。
「オマエと一緒に特別を味わいたいからだ」
 アイツのことだから、太陽なんていつ見ても同じだろ、くらいのことは言いそうだった。けれどアイツはクリスマスの残りのチキンを食べながら、まあいいけど、と呟いた。特別、という言葉が、なんだかアイツのなかですとんと落ちたようだった。
 トクベツ、というのは、日常のなかの非日常を味わうのに便利な言葉である。値段の高かった服を着るとか、牛肉を食べるとか、入浴剤を入れるとか。アイツがそのいちいちに反応しているかはわからないが、俺が大切に思っているものを踏みにじったりはしない。
 年末の大きなライブといくつかの収録を終え、大晦日はのんびりと過ごせた。テレビを見ながらミカンを食べて、ソバを食べて、腹いっぱいになったところでカウントダウン。あけましておめでとう、とアイツに言うと、大きな欠伸が返ってきた。そうだな、早く寝ないとな。明日――いや、今日は、初日の出を見るのだ。布団は去年と同じくあたたかで、アイツのイビキが響き渡った。
 朝。毛布をかぶってベランダに出る。アイツはやっぱり眠そうで、でも静かに付き合ってくれた。日の出を待ちながら、アイツの横顔を見ていた。
「なあ。この先の一年、何を願う?」
「願いだあ?」
「初日の出に願うとするなら」
 俺は――俺は、また弟妹と話したい、というのはもちろんの上で。THE 虎牙道で、トップを狙いたいのももちろんの上で。すべての人に、勇気を届けられる人になりたいと願う。俺が一歩を踏み出せたように。誰かの背中を押せる存在になりたいと思う。
 そして、愛について知っていきたい。俺を愛してくれる人たちのこと。俺が届けられる愛のこと。くすぐったいけれど、感謝の形のひとつだから。
 なんてことを考えていると、アイツはふっと笑って俺を見た。
「チビと一緒でいい」
「……な」
「チビと一緒のこと願う。願わなくたってオレ様なら全部叶えるけどな」
 少しは自分で考えろ、と言おうとしたが、俺が何を考えているかなんてお見通しなのかもしれないと思うと、そうか、と言う他なかった。アイツは寒そうに鼻の頭を赤くしていた。
 日の出だ。俺は小さく祈りを捧げる。どうか、一歩ずつ歩んでいけますように。
 アイツは眩しそうに日の出を見ていた。黙って、静かに、しんしんと見ていた。
 そっと手を繋いだ。あたたかい。このあたたかさも、愛のうちのひとつだと思うと、さっそく一つ叶ったことになる。
「……今年もよろしく」
「ん」
 空は高く、空気は凛と冷たかった。特別な朝だった。なにもかも特別な。太陽は徐々に俺たちの頬を照らしていって、ああこれが希望か、と思いながら、俺はアイツの手を握りしめた。
 アイツは寒そうにくしゃみをひとつすると、チビ、と一言呟いた。
「なんだ」
「呼んだだけ」
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