漣タケ

 近頃、チビがウゼぇ。
 見ていると以前よりイライラする。オレ様以外の誰かと喋っていると特に。オレ様には見せない表情で、オレ様には聞かせない声で接しているのを見ると、どうにも心臓がムカムカする。
「なあ。オレ様以外と喋んな」
 ある日、チビと二人きりになったタイミングで、それをぶつけた。何と表現したらいいのかわからず、ただそうとしか言えなかった。
 チビはきょとんとしたあとムスッとして、俺からプイと顔を背ける。
「無理に決まってるだろ。仕事の話だってあるし、俺が誰と仲良くしようと俺の勝手だ」
 尤もだ。尤もではあることは、理解する。でもそれとこれとは別なのだ。ムカムカする。イライラする。
「オレ様だって他のヤツと話してやっからな」
「好きにすればいいだろ。別に何とも思わない」
 手元の雑誌に目を落としながらあっけなくそう言い放つチビに、もういい、と腹をたてて事務所をあとにした。自分が何に腹を立てているのかよくわからなかったが、こういう時は大抵空腹であることを知っている。男道らーめんへ向かった。
「それはなんとも……」
 らーめん屋から大盛りを受け取って、ことのあらましをわざわざ説明してやると、頭をぽりぽりとかきながら苦笑されてしまった。らーめん屋はよくこの顔をする。
「なんというか。お前さんたちは、本当に、相変わらずだな」
「なにがだよ」
「不器用というか、発展しないというか……」
「わけわかんねー」
 ズルル、と麺を啜る。塩気が空腹を満たしていく。チビがいないと味わいながら食えて良い。なのになにか物足りない。
 半分食べ終えたところで、ドアが開く音が聞こえた。外の冷たい風が店内に広がる。
「円城寺さん」
「おお、来たのかタケル」
 二人の嬉しそうな声。せっかく治っていた機嫌が、みるみるうちにいらつきだす。オレ様は振り返って、チビに「テメェは来んじゃねー」と言った。
「はぁ?」
「こら、漣。ここには誰もがいつだって来ていいんだ」
「うるせー、チビがいるとイライラすんだよ」
「じゃあオマエが出て行け」
 チビは端の席に座り、たんたんとメニューを注文し、たんたんと食べだした。オレ様はそれをムカムカしながらずっと見ていた。いつもなら隣に座るのに、なんだって離れて座ったのだ。だいたい来る時間も揃えれば、食べるスピードも競えたのに。そして今日こそ勝って、オレ様の方が最強だと知らしめられたのに。
「あー、もう」
 オレ様は汁を全て飲み干して店を出た。なんなんだアイツ、というチビの声は無視して、いつも立ち寄る公園へ行く。
 公園では風が気持ちよかった。木の上で日光は肌に柔らかく、秋の香りをふんだんに嗅いだ。頭がすっきりするも、考えるのはチビのことばかり。
 どうしてこんなにも、チビのことを考えてしまうのか。何を言っても、思い通りにならない、もどかしさ。
 いっそ、手に入ってしまえばいいのに。そこまで考えて、頭を振る。チビは倒したい相手であって、手に入れるのとは違う。自分は何を考えているんだ。
 だけど、それでも。チビがオレ様のものになったら、さぞかし世界は愉快になるだろうと考える。チビが他人との会話より自分を優先し、時折笑顔を見せる世界。――そんな世界、気持ち悪いか。
「おい、オマエ」
 ぼうっとしていると、下から声をかけられた。チビが眉をひそめながら立っている。
「そんなとこにいたら危ないって、いつも言ってるだろ」
「うるせー。誰にもメーワクかけてねえ」
「木も痛むし、落ちたら怪我するだろ」
「そんなヘマしねー」
 あんなにチビと会話したかったはずなのに、いざ会話をはじめると減らず口ばかりになってしまうのはどうしたものか。チビは何かを逡巡したのち、顔をあげた。
「なあ、競争しないか。したがってただろ。食後の腹ごなしに、この公園を走るの、どうだ」
「はぁ? どういう風の吹きまわしだよ」
「なんとなくだよ。オマエと走りたい」
「なっ……」
 オレ様は木から落ちそうになるのを堪え、耳を疑った。あのチビがそんなことを言うなんて。でもまあ、このオレ様に勝負を挑むとはいい度胸だ。木から飛び降りて、チビを笑ってやる。
「そんなにオレ様と勝負したかったかよ!」
「うるさい。最近のオマエ変だったし、たまたまそんな気分になっただけだ」
 言いながら走り出す準備をするチビの耳は仄かに赤かった。オレ様は胸がぽかぽかするのを感じて、きっとこれは満腹になったおかげだと思うことにした。
 チビが話しかけてきたのが嬉しかっただなんて、まさか、そんな。
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