漣タケ

 THE 虎牙道のミニライブは、つつがなく進行していた。ユニット曲をいくつか披露し、トークを挟んで、今は円城寺さんのソロ曲だ。観客たちは泣いたり笑ったりしながら、私たちを見守っている。ペンライトの色とりどりが、私たちの勇気に繋がる。それに応えねばと武者震いをして、裏でアイツと目くばせをした。
 円城寺さんのソロと、私のソロと、アイツのソロを、ひと繋ぎにする演出だ。じゃあ、行ってくる、しくんなよ、とアイツに頷いて、アイツが目で返事をしたのを見届けてから、私はステージへ駆け出した。円城寺さんのハケるタイミングに合わせるために。
 ポジションゼロで拳をあわせ、円城寺さんがハケて、マイク前に立った時。
 バッと、視界が真っ暗になった。
 そんな演出はない。リハでも言われていない。左右を見ても、目が慣れなくて何も見えない。真っ暗だ。音響も流れない。
 ――トラブルだ。機材トラブル。
「え、何?」
「演出?」
 観客のどよめきも広がる。私の不安が伝わってしまったんだ。慌てて、ひとすじの光にでもなれるような何かを言わなければ――なのに、声が出ない。
 真っ暗の世界。それは、私が最も恐れていること。
 視界を失った過去。そしてそれが及ぼす未来への影響。いつか、私は目が見えなくなるんじゃないかと恐れている。
 それが、今きてしまったら?
 そんな絶望が身体を支配して、動けなくなってしまったその時。袖から「今は危ないです!」というスタッフの叫びが聞こえ、次いで足音が聞こえた。
「なに震えてんだよ、チビ」
 耳元で聞こえるのは、アイツの声。私からマイクを奪い、アイツはとんでもない大声を出す。
「オマエら!! 手元にある光はなんなんだよ!! 今こそブンまわしやがれ!!」
 一瞬の間を置いて、わーっと、声があがった。観客がペンライトを大きく振る。光のうずが、私たちの目前に波の様に揺れていた。
「オマエはこれ見ても、ひとりだと思うのかよ」
 アイツはそう囁いて、私の背中を叩いた。ああ、そうだ。私はひとりじゃない。震える肩をなんとか落ち着かせ、アイツの背中を叩き返した。アイツはそれを見て満足そうに笑い、マイクパフォーマンスを続ける。
「真っ暗ななかでもオレ様のことは見えてんだろォ!? オレ様最強!」
「だいてんさーい!!」
「チビよりオレ様の方が最強だと思ったらオレ様色に染めやがれ! オマエ、チビの色にしてんじゃねえよ!」
 アイツはこういう時、観客との懸け橋になってくれる。震えのおさまった私はアイツに続いて、マイクに声を乗せた。
「私の方が強い! 私の色に染めてくれ!」
「おっと、自分の分も頼むぞ!」
 いつのまにか戻ってきていた円城寺さんも、それに続く。三色のライトのなか、私たちは笑っていた。
 そのうちに照明も音響も復旧し、私のソロから、ライブは滞りなく進行しなおした。
 ライブ後、アイツは二人っきりになった瞬間、本当に一瞬、抱きしめてくれた。胸が苦しかった。アイツの鼓動もすごかった。
「今回ばかりは、助けられた。ありがとう」
「チビをひとりになんかさせるかよ」
 ああ、そうだな。そうだ。いつだってオマエが、仲間が、ファンがいる。
 私は一人じゃない。汗だくの身体を抱きしめて、何度目かのありがとうを。それにあわせて大きく屈んでくれる彼の頭をぐしゃりと撫でた。「ヤメロ」と呟いたアイツは顔を赤らめていた。
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