漣タケ

 牛乳を飲み切ったので、コンビニに買いに行こうと外に出たら、なんとアイツが玄関前に立っていた。
「んだよチビ、出かけんのかよ」
「ああ、牛乳を買いに……いやそれはどうでもいい、来るなら前もって言えって言ってるだろ」
 アイツは家に上がり込んでぬけぬけと留守番をするかと思いきや、俺と一緒にコンビニに連れ立った。小腹が空いたとのことだった。
 俺は風呂上りのまま、髪も乾かさずに外に出てしまったので、秋めいてきた風が頭に冷たかった。季節の変わり目は服装に悩む。薄手の上着をそろそろひっぱりださないといけない。
 コンビニは煌々と明るかった。外の道に沿って、電灯の向きを工夫してあると聞いたことがある。人は明るいものに寄っていくのだそうだ。俺たちは虫と同じか。
 牛乳パックを手に取りながら、アイスのケージに目をやる。夏の間はつい買ってしまっていたが、これからの季節は手を伸ばすことがなくなるのだろう。バニラやチョコのパッケージが楽し気に踊っている。
「あ」
 ぼうっとアイスの群れを見ていると、赤いジャージが視界に入る。アイツの手がクーリッシュに伸びた。それじゃ小腹は満たせないだろうと顔を上げると、胸にいくつか菓子パンを抱えている。夕飯食ったんじゃないのか。円城寺さんもプロデューサーも捕まらなかったのか。
 それぞれで会計を済ませ(アイツはポケットの中に直で小銭を入れている。足りたようでよかった)、夜道を戻った。競争な、と言われるかと思ったが、今日は大人しい。クーリッシュを口の中に流し込むのに忙しいからかもしれない。秋の夜は静かなのが似合うから、これでいい。アイツは袋をガサガサ言わせながら、いつもより少しだけゆっくりと歩いた。
「……なあ」
「んあ?」
「いつの日か、俺がオマエの背を越すことがあったら」
 スニーカーの爪先を見る。この靴もそのうち窮屈になるんだ。
「その時は、オマエ、俺のこと何て呼ぶんだろうな」
 アイツはアイスの最後を口の中に詰め込んで、ゴクリと飲み込み、ふうと大きな息を吐いた。口の中、ひんやりしてるんだろうな、と思ったら、不意に肩を掴まれ、振り向いたところで唇を奪われる。
「な、外だぞ」
「チビはチビだ。これからもずっと」
 口の中はやっぱり冷たくて、甘くて、秋のはじまりというよりは、夏の終わりの味がした。牛乳の重さでふと我に返り、俺は歩く速度を速める。
「……いつか絶対、オマエの背を抜く」
「無理だろ、ばーか」
 アイツは俺を追い越しながら笑った。その余裕さにいらついて、俺はさらに早く足を動かす。
 結局、競争になってしまった。帰った頃には身体はほかほかと熱く、俺たちは揃って牛乳で身体を冷やした。
 さっきのバニラ味のキスはなんだったのか。夏の残骸か。開けた窓から涼やかな風が入ってきて、無言の俺たちの隙間を通った。
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