漣タケ
梅雨はカラカラだったくせに、どうして最近、こうも雨が続くかな。店の中にいると爆音のBGMに耳がやられて、雷雨の音までわからない。
深夜二時すぎ、俺とレイジは揃って店を出た。ミツルさんはアフターに出ていたのと、酔いつぶれていた新人たちは黒服に介抱されていたので、何も気にせず退勤できたのが俺たちだけだったのだ。歌舞伎町の地面はしっとりと濡れており、ネオンが反射していた。
「げえ、すげー降ってんじゃねーか」
「なんで傘もってないんすか」
俺の傘に無理やり入ってきたレイジは、「オレの方が背が高いから」という理由をつけて俺から傘を奪った。傘にお互いが入りきるように肩を組まれたけれど、大人二人じゃだいぶはみ出るぞ。この季節の雨はじっとりとしていて、呼吸が籠る。ただでさえ酒臭いのに。
「今日もオマエんち泊まるからな」
「また? いい加減自分ち帰れって」
そもそもレイジの家が家として機能しているのかどうかすら知らない。いつも姫たちの家を渡り歩いているから、もう家賃を払うだけの部屋になっている可能性がある。それでも生活できてるのがコイツのすごいところだ。
街全体が白く光り、一瞬無音になった。二秒ほど経ってから、どーん、ばりばりばり、と耳を劈くような音が轟く。
「くはは、でけえ」
「笑い事じゃないでしょ」
俺が走りだそうとすると、レイジは俺の肩をがっしりと掴んでそれを制した。こんなところで立ち止まってたら靴の中がぐしょぐしょになるのに。何をするんだと顔を見上げると、酒気に赤く染まった顔で「見てみろよ」と言われた。
「世界中、誰もオレたちのこと見てないぜ」
こんな深夜、キャッチもいない。雨をやりすごそうと傘に隠れる人々はみな早歩きで俯いている。びしょぬれの歌舞伎町は、俺たちにさして興味がなさそうだった。レイジは傘をばっと閉じ、大粒の雨が俺たちの顔を濡らしていく。
「ちょっ、何すんだ!」
「どーせ全部ぐっしょぐしょになんだよ!」
こんなになるまで酔っぱらって、それでまっすぐ歩けてる、コイツの異常さに溜息をついた。煌びやかで豪華絢爛なひと時を過ごしたあとの、着の身着のままな俺たちのことを、世界の誰も見ていない。
俺はレイジの後を追いかけた。またびかびかと雷が世界を切り裂き、ごろごろと大地が鳴る。その度に俺たちは大笑いした。情けない姿。まるで小学校の帰り道だ。あの頃使っていたランドセルって、結局どうしたんだっけ。
「風邪ひくぞ」
「テメーもな」
なんだか、そんなことどうだっていいや、と思えてしまった。それほどまでに暑い夜だったのだ。シャンパンが腹の中をくすぐる。今日吐いたお世辞や色めいた台詞の全てが洗い流されていくような感覚がした。
「いい天気だ」
「うそつけ」
車のライトが雨のフロアを照らす、真夏のダンスホール。ぐしょぐしょの靴で踊り明かそう。この雨が上がっても、明日も明後日も毎日は続くのだ。
「へくしょんッ」
レイジがくしゃみをしたのを笑い飛ばしながら、タクシーを拾おうと辺りを見渡した。こんなびしょ濡れの俺たちが歓迎されるはずはなかったが、舞踏会へ行く馬車よりも、帰りのかぼちゃのハリボテ車の方が、なんだかおもしろそうだと思った。
深夜二時すぎ、俺とレイジは揃って店を出た。ミツルさんはアフターに出ていたのと、酔いつぶれていた新人たちは黒服に介抱されていたので、何も気にせず退勤できたのが俺たちだけだったのだ。歌舞伎町の地面はしっとりと濡れており、ネオンが反射していた。
「げえ、すげー降ってんじゃねーか」
「なんで傘もってないんすか」
俺の傘に無理やり入ってきたレイジは、「オレの方が背が高いから」という理由をつけて俺から傘を奪った。傘にお互いが入りきるように肩を組まれたけれど、大人二人じゃだいぶはみ出るぞ。この季節の雨はじっとりとしていて、呼吸が籠る。ただでさえ酒臭いのに。
「今日もオマエんち泊まるからな」
「また? いい加減自分ち帰れって」
そもそもレイジの家が家として機能しているのかどうかすら知らない。いつも姫たちの家を渡り歩いているから、もう家賃を払うだけの部屋になっている可能性がある。それでも生活できてるのがコイツのすごいところだ。
街全体が白く光り、一瞬無音になった。二秒ほど経ってから、どーん、ばりばりばり、と耳を劈くような音が轟く。
「くはは、でけえ」
「笑い事じゃないでしょ」
俺が走りだそうとすると、レイジは俺の肩をがっしりと掴んでそれを制した。こんなところで立ち止まってたら靴の中がぐしょぐしょになるのに。何をするんだと顔を見上げると、酒気に赤く染まった顔で「見てみろよ」と言われた。
「世界中、誰もオレたちのこと見てないぜ」
こんな深夜、キャッチもいない。雨をやりすごそうと傘に隠れる人々はみな早歩きで俯いている。びしょぬれの歌舞伎町は、俺たちにさして興味がなさそうだった。レイジは傘をばっと閉じ、大粒の雨が俺たちの顔を濡らしていく。
「ちょっ、何すんだ!」
「どーせ全部ぐっしょぐしょになんだよ!」
こんなになるまで酔っぱらって、それでまっすぐ歩けてる、コイツの異常さに溜息をついた。煌びやかで豪華絢爛なひと時を過ごしたあとの、着の身着のままな俺たちのことを、世界の誰も見ていない。
俺はレイジの後を追いかけた。またびかびかと雷が世界を切り裂き、ごろごろと大地が鳴る。その度に俺たちは大笑いした。情けない姿。まるで小学校の帰り道だ。あの頃使っていたランドセルって、結局どうしたんだっけ。
「風邪ひくぞ」
「テメーもな」
なんだか、そんなことどうだっていいや、と思えてしまった。それほどまでに暑い夜だったのだ。シャンパンが腹の中をくすぐる。今日吐いたお世辞や色めいた台詞の全てが洗い流されていくような感覚がした。
「いい天気だ」
「うそつけ」
車のライトが雨のフロアを照らす、真夏のダンスホール。ぐしょぐしょの靴で踊り明かそう。この雨が上がっても、明日も明後日も毎日は続くのだ。
「へくしょんッ」
レイジがくしゃみをしたのを笑い飛ばしながら、タクシーを拾おうと辺りを見渡した。こんなびしょ濡れの俺たちが歓迎されるはずはなかったが、舞踏会へ行く馬車よりも、帰りのかぼちゃのハリボテ車の方が、なんだかおもしろそうだと思った。