漣タケ

 アイスクリームのストロベリー味が好きだ。事務所で貰う差し入れでたまたま食べる機会があり、それからすっかりハマってしまった。ほどよい甘さと酸味がみずみずしい。
 スーパーに売っているカップアイスもいいが、路面店のアイスクリーム屋で買うものは格別だった。世間では「自分へのご褒美」なんてものが流行っているらしいが、俺にとってはこれかもしれない。ほんの少しの無駄使い、ほんの少しの贅沢。コーンで頼んでしまえば、店から家に帰るまでの間に食べ切れるので、証拠隠滅も早い。
 何から隠すのか――そんなの、わかりきっている。アイツだ。
 漣は食べ物への執着がすごい。うまそうな匂いを嗅げば臆せず店に入っていくし、遠慮というものを知らないからブッフェ形式のパーティでも全てを食べようとする。
 そんな奴が、俺のアイスに気が付かないはずがない。
「なんか食ったろ」
「……ただいま」
 家に帰って一言目がそれか。家主に対してなんたる無礼か、勝手に上がり込んでおいて。俺はため息を吐きながら靴を脱ぎ、洗面所に向かう。手がすこしペタペタする。
「最近よく何か食って帰ってくるよな、チビ」
「俺の勝手だろ」
 外は小雨が降っていた。この程度なら、と傘もささずにアイスクリームを食べたせいで、少しばかり肌寒い。濡れた服を洗濯機に放り込み、風呂に入ろうとする。
「オイ」
「な……」
 突然近づいてきたと思えば、唐突に口を吸われた。もう口内にはなにもないというのに、すみからすみまで丹念に舐め上げられてしまい、雨とは違う雫が背中を伝った。
「イチゴだ」
「……オマエの分はない」
「ケッ」
 満足したのか諦めたのか、身体を離したアイツは窓辺へ行った。カーテンの向こうはまだ明るい。
「……今日、夏至なんだと」
「夏至? 一年で一番陽が長い……んだっけか」
「らしーな。知らねー」
 なんとなく、陽が長いのは夏の特権だと思っているから、六月に夏至があることに驚いてしまう。七月や八月の方が夜遅くまで明るいイメージだ。そうか、今日が夏至なのか。
「雨降ってても明るいな」
「…………」
「これから、夏が始まるんだな」
 アイツが何も答えないから、俺も無視して風呂に入った。熱いシャワーで全身をあたためる。雨のことを忘れてしまえそうなどしゃぶり。
 風呂から上がっても、アイツはまだ窓辺にいた。窓の外をぼうっと見ている。そのままだと雨に吸い込まれてしまいそうだ。俺は慌ててアイツの手を取った。
「……夕飯、からあげだぞ」
「……雨、やまねーから」
「うん」
「仕方ねーから、食う」
「ああ。そうしろ」
 こんなやりとりなくたって、勝手に泊まっていくくせに。俺はアイツの手を握ったまま、よかった、と思った。
 よかった、合鍵を渡していて。
 雨に震えることがなくて。
 夏至の日を、これから夏が始まる日を、一緒に過ごせて。
「サラダも食えよ」
「げぇ」
「文句あるなら食うな」
 さっそく、夕飯の支度にとりかかる。まずは米を炊かないと。
「アイスねーのかよ」
「わがまま言うな」
「チビは食ったんだろ」
 そう言われてしまうと、何も言い返せない。俺の勝手だろ、ともう一度返すのを思いとどまって、「今度買っとく」と伝えた。ほどよい甘味、爽やかな酸味。一緒に味わうにはちょうどいい季節かもしれない。
 アイツはずっと、窓辺に座ったまま、俺の姿を見ていた。適当につけたテレビから、梅雨入りの宣言が聞こえてきた。
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