漣タケ

 虎斗がしぱしぱと強く瞬きをしている。ぎゅっと瞑っては細目を開き、もう一度閉じてしばらく置いてから目を開く、そんなことを繰り返していた。
「どうした」
「ん、なんか……ドライアイっぽくて」
 そんなら目薬させばいいだろ、と伝えると、そうだ目薬、とびっくりした声をあげてカバンの中をゴソゴソ探し出した。頭の中にその選択肢がなかったらしい。
「スマホの見過ぎか?」
「そんな見てないっすけどね……バスケ中に見開き過ぎとか……?」
 それならオレも目が渇くはずだが、個人差があるのだろうか。生憎とオレは目薬を使う機会がないため持ち歩いてすらいない。
「うわ」
「オマエ目薬下手すぎんだろ」
 虎斗の落とした水滴は見事に目の横に落ち、頬を伝う。涙に見えなくもないが、そんな儚い風景とは遠い事象につい面白くて笑ってしまった。
「笑わないでください!」
「くはは、だっせぇ」
「そういう先輩はさせるんすか、目薬」
「……たりまえだろ」
 言葉を濁したのをめざとく見つけられ、じゃあ自分でさしてみてくださいと詰め寄られたのは予想外だった。
「玲央さん器用そうに見えるけど実は不器用じゃないすか」
「はあ? オレに出来ないことなんかねーっつうの」
「怖いんでしょ、実は」
「勝手なこと抜かすな」
 売り言葉に買い言葉、オレは押し付けられた虎斗の左手から目薬を奪い、上を向いた勢いで容器を押す。数年ぶりにさしたがなんとか不恰好にならずに済んだ、と思う。目薬はちゃんとオレの目の中に入った。しみるタイプでなくてよかった、オレは溢れ出た分をリストバンドで拭いながら虎斗に目薬を返す。「ちぇ」というヤジは飛んだが虎斗よりはマシだ。
「でも、玲央さんの目薬さすとこ見られるの貴重っすね」
「……誰にも見せたことねーからな」
 虎斗にとっては思わぬ収穫だったようで、頭からポワポワと花が咲いているのが見えた。そんな緩んだ顔をするより前に自分の目薬をさせ。
 結局そのあと虎斗は三回ほど失敗しており、オレはその光景にけたけたと笑った。コイツはバスケ以外のこととなるとてんでダメだ。オレが笑うことが不服だったようで虎斗は暫く拗ねていたが、成功したご褒美にウチに泊まりに来いよと言うと、途端に真っ赤に爆発していた。

「……目、開けよ」
「え……」
 夜。オレの家に泊まるというのは、つまるとこそういう行為をすることを意味する。
 ぐずくずになるまで後ろを溶かし解し、涙目で懇願したところで自身を宛てがう。その瞬間、虎斗は強く目を瞑っていたのだった。
「なんで目瞑ってんだよ」
「え、そんなの……は、はずいし」
 顔をふいとそらし、とにかくオレと自分の身体を視界に入れたくないというように視線を泳がせる。何度目だと思ってるんだ。潤んだ目でなら見開けるだろうに。
「いーからこっち見とけ」
 受け入れる側というのは、オレの想像するよりずっと負担が大きく、怖いものなのだろう。身体の中に異物が入ってくるのだから。
 オレは虎斗の頬に手を寄せ、唇を喰んだ。汗でしっとりした肌は、乾きなんて知らなそうだった。
「……ドライアイなんで」
「目薬さしてやろうか?」
「今はちょっと」
 額と瞼、鼻にも唇を落としながら、この潤いが長く続けばいいと思った。繋いだ右手が沸騰しそうに熱い。
「オマエ、ヤるときいっつも目瞑ってるよな」
「いや、もう……いっぱいいっぱいなんすよ」
 わかるでしょそれくらい、と言いながらキッと睨むその瞳の、眼光の弱さたるや。くすりと笑って、虎斗の足を持ち上げる。
「今日はしっかりオレのこと見てろ」
「そんな、無茶な」
「オレもずっと見ててやっから」
 繋がる時、虎斗は目を大きく見開いてオレを見上げた。感じてる虎斗を見るのが好きだが、今日は一段と楽しい。彼と目が合うのだ。
 虎斗の嬌声も、いつもより甘やかな気がした。

「……目が渇く」
「嘘つけ」
 翌朝、ベッドの上で虎斗がまたしぱしぱと瞬きをしていた。昨夜はあんなに潤んでたじゃないか。目薬なしでも問題ないくらい。
「目薬さしてやろーか?」
「……玲央さんに頼むの、なんか嫌っす」
「虎斗のくせに」
 潤んでない瞳をじっと見つめ、同じだけの熱量が返ってきたところで、引き寄せられるようにキスを交わす。虎斗はキスの最中でも目を閉じる。オレがじっと見ていることにも気づかずに。
「なあ、キスの時も目開いてみろよ」
「なッ……はずい、っす」
「今更」
 虎斗の目がまた潤み始めた。オレはそれに愉悦を覚える。すぐに赤くなる彼の頬を撫で、昨夜の火照りを思い出した。
「朝からするか?」
「しません!」
 目薬とってきます!とベッドを抜け出す彼の背中に、またけたけたと笑い声を投げた。今のオマエには必要ないだろう、そんなに潤んでるのだから。
 もう起きる時間だ。甘やかな夜の翌朝の、冒険をした後のような不思議な心地はなんとも言い表せない。虎斗にはこの世界をしっかりと見ていてもらいたい。オレたちの営みで回る世界を。
「……っし」
「出来たか」
「はい……おはようございます」
 改っての挨拶に答えるべく、オレもベッドを出た。潤んだ彼を可愛がるには、ぴったりの朝だった。
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