漣タケ

※舞妓パロディ


「なあ、チビ、鳩の目ぇ見えてんのかよ」
「ハト……? なんのことどすか?」
 うちにだけ京ことばを使わないアイツを、姉さんなんて呼ぶ義理はない。おかあさんもこれには頭を悩ませているが、お客様の前ではきちんとしているし、何よりも花街一の舞の踊り手であるから、こっそり目を瞑っているのが現状だ。うちとしては、きつく咎めてほしいものだが。
「だぁら、簪だよ。その様子じゃ、まだ目ぇ入れてないみてーだな」
「目……」
 ああ、思い出した。そうだ、この稲穂かんざしについている白い鳩には、目を描くことが出来るのだった。ご贔屓さんに目を入れてもらうと出世すると言われている。うちの鳩はまだ真っ白だ。
「だっせえの。貸せよ」
「ちょっ」
 アイツはうちの髷からひょいと簪を抜き取り、己の紅を小指でなぞった。指先を目の位置にこすりつけ、うちの鳩は赤い瞳を手に入れる。
「何しはるんえ」
「これで前見えんだろ」
 ホラ、と言って、うちの髷に簪を差し直すアイツの白い腕が、着物の袖から覗いた。この腕で花街を背負っているのだ。逞しくも柔和な線は美しかった。頭がほんの少し重くなる。雪が降ったかくらいの、些細な重さ。
「真っ白なまんま歩いてちゃダセェんだよ。置屋のメンツ考えろ」
「そこまで言わはらなくても」
「チビ自身がてめぇの価値落としてんじゃねーっつう話だ」
「…………そ、うか」
 思わず普段の言葉が出てしまうくらいに、すとん、と言葉が胸に落ちてきた。うちが、うち自身の価値を。おぼこいからとそのままにされていたろううちの現状を一歩前に押し進めてくれるコイツは、やっぱりすごい人なのかもしれない。
「くはは、チビより目立つ鳩になったな! オレ様に感謝しやがれ!」
 ――認めたくはないけれど。
「おおきに……ねえ、さん」
「!」
 殊更に機嫌を良くしたアイツは目を細め、もう一度くははと笑ってうちの額を撫でた。髷ではなかったら頭を撫でられていたのだろう。一年しか違わないのに、だらりの帯の長さくらい、届かない差がある。
「ほら、チビもおこしらえの時間だぜ」
「……へえ」
 先日までこの人の籠もちをしていたが、彼の放つオーラは他の誰にもないものだった。夜に咲く大輪の花。あれを纏えるようになりたい。唄を、舞を極めたら、あの域に辿り着けるだろうか。
 気張らにゃ。大きく息を吸い込んで、男衆さんの元へ急いだ。今日もあのおこぼを履いて、しゃらしゃらと音を奏でながら歩く。
 この花街で必ず、立派に咲いてみせる。いつか、アイツを追い越してやる。そうしたら今度は、うちがアイツの鳩に目を入れてやるんだ。簪にそっと手を添え、稲穂に誓う。
 さあ、今宵も、ひとときの楽園が始まる。たおやかな笑みを顔に広げ、男衆さんに合図を送った。
「よろしゅう、おたの申します」
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