漣タケ

 正月っていつも晴天のイメージだ。雨の降る元旦を経験したことがない気がする。
 今年も、初日の出をベランダから見ていた。コートを着て、毛布をかぶって。白い息がゆっくりと宙を揺蕩う。
 隣に並んだアイツは、何故だかとても大人しい。いつもと同じ朝日じゃねーか、位は言いそうなものを。じんわりと広がってく空の黄色の中、アイツは鼻を赤くして黙っていた。
「……キレイだな」
「……ん」
 小さな声で呼びかけると、毛布が少し揺れた。寒さで喋りたくないのかもしれない。それとも、一年のはじまりの、どこか荘厳な光にあてられているのだろうか。
 祈りが届く気がして、はあ、と息を大きく吐いた。口の中が熱くなって、その熱さが外に出た途端白く変わって。白が消える頃、アイツの顔が正面にあった。俺のことをじっと見る瞳の色は、日の出の色とそっくりで、俺は息を吸うのを忘れて見入ってしまう。
「チビ」
 アイツの頬はいつだって温かい。唇と唇が合わさって、地球が一回転する。やさしくやわらかい、どこか無骨で不器用な、一瞬のキスだけど、俺にとっては世界だった。
 太陽の全てが地平線を越え、街が目覚めていく。部屋に入ったらココアでも淹れよう。アイツも、はあ、と息を吐き、その白が消えていくのを見つめていた。
 毛布と毛布の狭間で、俺たちはこっそり手を繋いだ。ここから一年が始まっていく。どこまでも走り抜けていく一年が。
 みなが健やかでありますように。願いが叶いますように。祈りが届きますように。
 何気ない日常の中で、愛が、確かなものでありますように。
 指先がじんわりとあたたかく、俺たちはしばらく、黙って身を寄せ合っていた。
 どこまでも空の高い朝だった。
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