漣タケ

 くしゃみで起きた。肩がすっかり冷えていた。
 眠そうにしながら日付ぴったりを待つアイツをくすくす笑いこの日を迎え、祝いの言葉でもくれるのかと思ったら押し倒されて、何が何だかわからないまま三回致した。
 祝い方が下手すぎるだろ。くしゃみをもう一度して、スマホを手繰り寄せる。お祝いのメッセージがたくさん届いていた。朝になったら返そう。このまま幸せな眠りにつくためには服を着ようか、それならばついでにアイツも起こして一緒に服を着させようか。風邪でも引かれたら困るし、それが俺のせいだと周りにバレるのはもっと困る。
 なあ、と隣に声をかけようとすると、寝ていたはずのアイツがこちらを見ており、ぱちんと目が合った。
「わ、起きてたのか」
「今起きた」
「悪い、起こしたか」
「寒みぃ」
 二人して鼻をすすりながら、寝巻を手繰り寄せる。さっき脱ぎ散らかした服は明日まとめて洗濯機に放ればいい。長袖長ズボンに身を包んで、もう一度寝直そうと思ったとき、アイツがじっと窓を見つめていることに気付いた。
「どうした」
「雪」
 カーテンは閉めてある。俺は驚いて窓辺に寄り、おそるおそる外を覗くと、本当に白い花が空から降ってきていた。
「すごい……どうしてわかるんだよ」
「別に、なんとなく。寒みぃし」
 しんしん、と本当に音がするわけでなし。でも確かに、窓の隙間から零れる光はいつもより明るかった。俺はカーテンを開けて、今日の夜空を部屋に招き入れる。殺風景なベランダが、心なしか寒そうだ。
「なあ」
「なんだ」
「ハナビ、残ってるだろ。夏にやったやつ」
 俺んちに入り浸ってるせいで、アイツは俺よりもこの家の備品に詳しいことがある。勝手に漁るなといつも言っているのに。
「あっても、しけってるだろ。ていうか今やるのか」
「ケーキにローソクつけ忘れた」
 コイツが俺のためにわざわざ買ってきてくれたのは、小さく切り分けられたショートケーキだった。でかいのは事務所で食ったから、確かにそれで充分だったのだ。アイツも同じものを一緒に食べて、コーラで乾杯した。
 あった、とアイツがごそごそかき回していた引き出しから引き抜いた手に、花火の残りが握られている。職人の手作りだという線香花火は厚紙でくるまれていて、何本入っているかもわからない。円城寺さんがロケ先で貰ったと言い、事務所のみんなと分け合いっこしたものだ。夏の終わりかけだったから、やる時期をなんとなく逃してしまっていた。
「……夏にやったの、意外と楽しかったのか」
「オレ様はあんなモクモクしてねー」
「根に持ちやがって」
 へび花火、楽しいだろ。まあ今この話を蒸し返さなくてもいいか。俺たちは大空に咲く大輪になればいいだけなのだから。
 これもまた記念品で貰ったマッチがあったから、それらと、大きめのコップに水をためて、毛布をかぶって外に出た。雪はやわらかく降り続け、街を白く染めている。
「ホラ、火」
 マッチもしけっていなくてよかった。二人で線香花火の先っぽに火を点けて、じっとその火花を見つめる。じりじりと玉が大きくなり、そのうちぱちぱちと弾けだす。
「……火って、あったかいな」
「当たり前だろ」
 他にもっとする会話があるだろうに、なんとなく、思いついたことをそのまま言ってしまった。身体を隅々まで暴かれて、今更取繕うのもばかばかしい、心まで素っ裸の気分だ。
「……なんかさ」
「んあ」
「餞、って感じしないか」
「ハナムケ?」
「餞別って意味だ。旅に出る人とかの」
「……じゃあ、今までのチビにかもな」
 ぱちぱち。お互いの頬が明るい。雪が肩に積もってきた。寝巻の上に毛布だけだからとても寒いけど、なんだかぽかぽかする。
「オマエから、おめでとうって言われてないんだが」
「言ったろ」
「言ってない。いきなりキスしてきた」
「……じゃあソレがそーゆー意味だ」
「適当言いやがって」
 俺の故郷を思い出す。雪はしんしんというより、どさどさと積もっていった。雪かき、雪うさぎ、雪だるま。冬の風物詩は、都会じゃなかなか味わえない。
 あの大雪の中で、一人で線香花火をする自分の姿を想像してみた。ひとりぼっちの耳に、雪がうるさかった。
「チビは」
 アイツの声が聞こえる。手元からアイツに視線をやると、黄金色の瞳の中で、華が弾けて燃えている。
「一人じゃねえよ。……自分で思ってるより」
 一人でしゃがんでる俺の横に、いつのまにか弟と妹が寄り添っていた。俺は嬉しくて、二人にも花火を渡す。それを笑顔で見ているプロデューサーと、自分もいいか? と聞いてくる円城寺さん。その隣には、勝気な笑顔のアイツ。
『どっちが長く出来るか、勝負だ!』
 ふふ、と、いつのまにか笑みが零れていた。これじゃまるで、マッチ売りの少女だ。雪の舞う夜、炎の中に、夢を見ている。
 だけど俺は、この夢を、いつか現実にしてみせる。
「……俺さ」
「ああ」
「案外、オマエのこと、好きだぜ」
「……!?」
 ぽと、とアイツの火玉が落ちた。明るくなくなっても、アイツの頬が赤いのがわかった。
「花火、俺の勝ちだな」
「……チビが突然ヘンなこと言うからだろーが! もう一回勝負だ!」
「じゃあさ、俺のから貰えよ。火」
 ぶすくれたアイツが新しい線香花火を取り出し、俺の火玉へと先端を近付ける。二人して息を止めていた。無事にアイツの花火が燃えだしても、俺たちの距離は近いままだった。
 アイツと目が合う。そして、そっと瞑る。唇があたたかい。
「あ」
 その衝撃で、今度は俺の火玉が落ちた。雪のおかげでベランダは焦げなくて済みそうだった。
「オレ様の勝ちな」
 ニッと笑ったアイツに、なんだそのルールは、と怒る。だってオマエは二本目で、まだ火がついたばかりじゃないか。
 でも、お互い様だ。お互い、反則だ。
「今度はオマエのからくれよ。火」
 俺も新しい線香花火をとりだした。火を灯しあっていくのは、なんだか命のリレーみたいだった。
 餞。なんでそんなこと思ったんだろう。誕生日ってだけで、なにか感慨深くなってたのかもしれない。旅立ちか。これから先も、俺は新しい道を歩んでいくから、きっとそれは間違いではないのだろう。
『いってらっしゃい』
 幻想の中の俺が、俺に手を振る。行ってきます。大海原へ。雪が降りしきっていても、こんなにも視界は明るい。
「……おめでと」
 ぱちぱちと弾ける華の音が、拍手のように聞こえた。
 アイツの瞳の中で、俺は嬉しそうに笑っていた。
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