漣タケ

 エクストラなんたらホイップを勧められたから、テキトーに頷いていたら、甘すぎるコーヒーが完成した。一口すすって顔をしかめたオレ様を笑い、交換しようか、とココアのマグを差し出される。
「ココア飲みたかったんじゃないのかよ」
「甘いのが飲みたかったんだ。これも甘い」
 チビは上のホイップをひとくち飲んで、うまそうに微笑んだ。チビが頼まないコーヒーを飲んでやろうと思ったのに。格好がつかない。まあ、この甘さに免じて許してやろう。ココアはこっくりと口の中に広がり、寒さで固まった身体がほぐれていく。
「今の時期って、正月の番組の収録があったりするだろ。まだクリスマスにもなってないのに、あけましておめでとうございますって言うの、なんか、くすぐったいよな」
「違和感しかねえぜ」
 世の中はジングルベルで浮足立っているのに、袴とか着させられるし。モデルの仕事をする時、夏に冬服を着ることもあるけれど(もちろんその逆もある)、来年の話をさせられるのは、どうにも混乱する。
「生放送に出る時はまだクリスマスの話題だし」
「今日はどっちだ」
「クリスマス」
 サンタ服でも着させられるのだろうか。師走とはよく言ったもので、ここのところスケジュールが過密なせいで、仕事内容をいちいち覚えていられない。
「カウントダウンライブの宣伝するから、考えとけって言われてただろ」
「ぜってー見ろって言うだけだろ」
「まあオマエはそうだろうけど」
 チビはカップを傾けて、生クリームをなんとか飲もうとしている。エクストラなんたらホイップが少しずつチビの中に消えていく。店内のBGMが陽気に俺たちを包み込み、クリスマスの雑踏のひとつにしていく。
「……なあ」
「なんだ」
「クリスマスプレゼント、何が欲しい」
 プレゼントならなんだっていい。そう言う代わりにココアを飲み干した。実のところ、オレ様もプレゼントをまだ買っていない。クリスマスじゃなくて、チビの誕生日の。
「……消え物でいいか。紅茶とか」
「チビは」
「ん?」
「欲しいモン、あんのかよ」
 ジングルベルのどさくさに紛らわせて、そっと聞いてみる。きょとん、とまばたきをしたチビは、カップを傾けるのをやめ、眉間に皺を生み出した。真剣に悩んでいる顔を肴にココアを飲む。もったりとしてきて、喉の奥が焼けそうだ。変装用の眼鏡がずり落ちてきて痒い。
「……一緒にいられたら、それでいいな」
「……ンなもん、いつだって」
「二人っきりがいい。……つまり、その」
 ガッと顔が熱くなるのがわかった。チビの顔も赤い。言わなくてもわかるだろ、察せ、と呟いて、チビはそっぽを向いてしまった。珍しい、チビからそんなことを言うのは。
 この後の収録、どうすんだ。オレ様もチビも、顔が真っ赤のままだったら。サンタ服の色だと言ってごまかせるだろうか。ココアが腹の中でぐるぐるとうずまく。
 とんだクリスマスになりそうだ。オレ様とチビの間の沈黙を、ジングルベルがやかましく過ぎ去っていく。来年の抱負とか言わされたら、いつもどおり「テッペンを取る」と言うだけだけれど、心の中でもう一つ誓った。
 ぜってーチビを泣かせてやる。
 待ってろよ、とひとつ睨むと、のぞむところだ、と睨み返された。甘ったるい舌は、あとで吸い尽くしてやろう。
 プレゼントが決まったところで、オレ様たちは席を立った。店内にはエクストラなんたらが溢れている。匂いだけで胸焼けしそうだ。
 クリスマスの灯りのひとつになりに、帽子を深くかぶりなおした。収録くらい、ぱぱっと終わらせてやる。今年の残りも忙しくなりそうだ。
「ほら、とっとと行くぞ」
「うるせー、命令すんじゃねー」
 こうして気軽にカフェに来れるのも、今年で終わりかもしれない。来年には今より有名になって、変装しても気付かれるようになるかもしれない。マグを返却口に置き、店を後にした。
 チビの耳はスタジオに着くまで、赤いままだった。
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