漣タケ

「こんばんは、みんな、聞こえてるか?」
 ヘッドセットのマイクに向かって声をかけると、数秒のラグののち、コメント欄に「聞こえてる」との書き込みが多数現れる。よし、準備は万端だ。改めてマイクに向かって、「これからゲーム実況配信をはじめます」と伝えた。
 今回挑戦していくのはホラーアクションゲームだ。いわゆるゾンビ的な敵が続々と襲ってくるのを、手元の銃やらで倒していく、初見注意、叫び声注意、と表記はしたものの、俺は視聴者が期待しているようなリアクションはなかなか取れない。気を抜くと淡々と進めてしまうから、うまくトークを織り交ぜて、時折大げさに驚いてみせながら、順調にゲームを進めていった。
「あれ? この部屋、なんで開かないんだ?」
 条件をクリアしたはずなのに、一室、どうしても開かないドアがあった。持ち物を調べても、部屋の中を調べても、何もない。もう一度廊下に出てみるか、と悩んでいたところで、ヘッドホンの向こうから「オイ」と声をかけられた。
「さっき殺した死体調べたのか」
「うわっ」
 今日の中で一番の大声を出してしまった。アイツはそれに驚くこともなく、俺の横に座り、画面の横を指さす。
「あっちだっつの」
「オイ、オマエ、そんなとこ居たら」
 ――配信画面に映っちまう。
 言うまでもなかった。顔出し配信をすることを伝えていなかった俺が悪いのだが、注意した時にはもう、アイツの顔ははっきりと俺のチャンネルに晒されていた。沸き立つコメントに何と返していいものやら悩んでいると、画面に映っていることに気付いたアイツが、
「チビの配信見てるやつら、せいぜいチビの泣き顔でも拝むんだな! 」
 とご機嫌に笑う。
『何で牙崎漣がそこにいるの⁉』
『たまたま遊びに来てたの?』
 コメントはアイツのことでいっぱいで、もうゲームどころではなかった。俺は急遽セーブだけして、あわててアイツを追い出すことに尽力する。
「ばか、おい、今日は来るなっつったろ」
「ま、チビの泣き顔を見れるのはオレ様だけのトッケンだけどな!」
――ああ、もう、そんなこと言ったら。
『オレ様だけの特権て何⁉』
「ファンに、誤解されるだろ……!」
 ヘッドセットを外し、画面外にアイツを連れ出す。この時、俺は重大なミスを犯していたことに気付かなかった。マイクをオフにすることを忘れていたのだ。
 勝手に家に来るなとか、来るなら一声かけろといつも言っているだろとか、配信の邪魔をするなとか――この辺はまだよかった。聞かれてもいい内容だった。
「俺は泣き顔なんか見せない!」
「いつもオレ様の前で泣いてるだろ!」
 これがいけなかった。コメント欄は『タケルって漣の前では泣くの⁉』と最高潮の盛り上がりを見せていた。
 ただひとつ、救いがあるとするならば。「オレ様の下で」と言わないだけマシだった点だろうか。
 心臓をバクバク言わせ、冷や汗もだらだらのまま、俺はヘッドセットを付けなおした。速すぎるコメント欄の流れを必死に追い、マイクがオフになっていなかったことに心臓がヒュンと鳴ったが、こういう時こそ冷静さが必要だ。
「えーと……アイツが荒らしてすまない。最初に言っとくと、俺は、泣かない……」
 こんな訂正、したくてしてるわけじゃない。だけどもう、コメント欄は止まらない。
 次の日まで、エックスのトレンドに俺の実況配信のタグが上がり続けたのをきっかけに、『漣のゲーム配信も見てみたい』とファンからの要望が多く寄せられた。俺としては何とも意外だったが、今度、二人で実況配信してみようと思う。何かあったらすぐにマイクをオフに出来るようにしておいて。
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