漣タケ

れおたい/成人済み大学生/同棲

 日付を超えても連絡が来ないなんて、何かあったに違いない。そう思ってしまうのは過保護だろうか。
 たかだか同棲なのに、過保護もなにもあったもんじゃないかもしれない。だけど虎斗はガードが甘い。人から好かれていることになかなか気付けない鈍感なタイプだ。恋人として、先輩として、心配にもなる。何度目かわからないメッセージに通話。反応はない。
 リビングの時計がカチコチと秒針を鳴らす。ハラハラとうるさい鼓動とあわさって忙しない。音の出ない時計にすればよかった。たまにここでキスをする時にも気が散る。今度新しいものを買ってこよう。いや、そんなことを考えている場合じゃない。今はただ、虎斗の安否が心配だった。
 安否だなんて大げさな。ただの飲み会だ、そう聞いている。大学のサークル仲間たちと、大学の最寄り駅近くの居酒屋で。そこまで詳細を伝えてくれるほど、彼になんの後ろめたさもないことがわかる。というか、オレだって飲み会くらい行くし。その辺はお互い自由だ。だけど。
 いくらなんでも遅すぎる、そう溜息を吐いたその時。タンタン、と階段を上る音が遠くに聞こえ、次いでガチャガチャとドアノブが回る音が響いた。
 慌てて玄関へ行き、鍵をあけてドアをひらいた。途端、なだれ込んでくる虎斗の身体を抱きしめる。ほかほかとあたたかく、仄かにアルコールの匂いが漂っていた。
「たらいま……」
「おかえり」
 声を荒げたいのを押さえる。まだここは玄関先だ。鍵を閉め、靴を脱がし、リビングまで虎斗を担ぎ込む。水を一杯ついでやれば、あっという間に飲み干した。
「随分遅かったじゃねえか」
「すんません……」
 頬が赤い。まだ酒が残っているのが一目瞭然だ。潤んだ瞳は所在なさげで、呂律も回っていない。
「迎えに行くから終わったら連絡寄越せって言ったよな」
「すんません……」
「そんな状態で帰ってきたのかよ」
「いや……鈴木が送ってくれたので……」
「は?」
 誰だよ鈴木って。というか、連絡を寄越せといったのに、どうして寄越さなかった。ずっと起きて待ってたんだぞこっちは。言いたいことがありすぎて、思わず鋭い声が出た。
「オレが迎えに行くって言ったよな」
「家、近かったから……」
 断りもなく、なにを他人の車に乗ってるんだ。いや、タクシーか、鈴木も飲んでるだろ。いや誰だよ鈴木って。知らねえよそんな奴。
「……おこってます?」
「……別に」
「……ごめん、なさい」
 成人男性に、こんなに心配かける必要なんかない。分かっている。虎斗は華奢な見た目もしていないし、弱くもない。一人で夜道を歩くのくらい、なんの心配もいらない。だけど。
「……しっと、ですか……?」
 嫉妬。嫉妬なのかこれは。ただ、コイツの面倒を見るのはオレの特権だと思っていた。誰だよ鈴木。そんな奴に送らせんなよ。どんな人か知らねえけど。
 オレが迎えに行きたかったのに。
「……今度から、れんらく、します」
「…………」
「……せんぱい」
「…………」
「……拗ねないでください」
 誰のせいだよ。二人分の水をつぎながら、何度目かわからない溜息を零した。オレも何をイライラしてるんだか。迎えに行きたかったのも起きていたのも、自分の勝手なのに。
「れおさん」
「……ん」
 後ろから、虎斗に抱き着かれる。ああ、アルコールの匂い。知らねえ奴と飲んでた残り香。
「風呂入って来い」
「……まだ酔ってるから、入れない……」
「じゃあ手洗ってこい」
 その間にオレも冷静になるから。もう一杯水を飲ませて、頭を撫でる。喧嘩がしたい訳ではないのだ。
 明日は土曜日。お互いバイトもサークルもない。だから虎斗は飲んできたのだし、二人の時間は明日作ればいいのだけど。
「俺、どこにも行かないから、拗ねないでください」
「拗ねてねーよ」
 俺の胸元に顔を埋める虎斗。酔いで甘えたになっているのかもしれない。オレが一人でイライラしていても、なんの生産性もない。無言で頭をぽんぽんと撫でた。オレも観念するとしよう。
「……ごめんなさい」
「……いーよ」
 酒の香りの合間にキスをした。ほんのりとレモンの味がした気がする。それは初めてのキスの味じゃないのか。今更そんな甘酸っぱくても仕方ない。
「明日は、一緒に過ごしましょーね」
「ああ」
 ふらふらの虎斗の背を見送って、どっかりとソファに座った。何事もなくてよかった。鈴木って奴は気に食わないけど、送ってくれたならありがたいじゃないか。自分にそう言い聞かせて、時計の秒針を見る。相変わらず呑気にカチコチとうるさいが、心を落ち着けるにはちょうどいいかもしれない。
 洗面所から水の流れる音がする。明日は何をして過ごそうか。虎斗に酒が残っていなければいいけど。
 落ち着いたら、途端に眠気が襲ってきた。とにかく今夜は眠ろう。眠って嫉妬を忘れてしまおう。恋人が、自分のもとに帰って来てくれた。休日を一緒に過ごそうと言ってくれた。それだけでいいじゃないか。
 まどろみに身を任せて、酒の残り香を思い出す。今度は二人っきりで飲もう。乾杯なんか久しくしてない。何か新しい酒を教えてやろう。サークルの飲み会なんかじゃ物足りなくなるような。
 やっぱり嫉妬してるんじゃないか。自分で自分につっこみながら、オレは意識を手放した。
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