漣タケ

 朝、オレ様の方が先に目を覚ますことは珍しかった。
 チビは毎朝ロードワークに行くから、その支度の音で起き、勝負を仕掛けるために一緒に出ていくことが多い。どうしても眠気が勝ったらそのまま惰眠を貪ることがあるけれど、ともかくチビは、いつもオレ様よりも早く起きるのが日課だった。
 それがどうして、今日はこんな時間まで寝ているのだろう。起こした方がいいのだろうか。鼻に手を当て、息をしているのを確認し、なんとなく安心する。こんだけ温かいのだから、そりゃ息もしているはずだ。
「オイチビ」
「ん……」
「起きなくていーのかよ」
 そのまま鼻を摘まみ、チビがもごもご動くのを見ていた。苦しそうな顔をしたのち、オレ様の手を振り払い、うっすらと大きな瞳を開ける。チビは童顔だ。無防備な寝顔は、殊更幼く見える。
「……え、今何時だ」
「七時」
「は……」
 がばっと身を起こし、枕もとのスマホで時間を確認したチビは、聞いたことのない大きなため息を吐いた。ああ、なんだ、ただの寝坊か。
「チビでも寝坊することあるんだな」
「……オマエのせいだろ……!!」
 笑ってやろうと思ったのに、返ってきたのは怒りの声。チビはそのまま飛び起きて、とっとと身支度をしとっとと出て行ってしまった。たかが寝坊に、何をそんなに不機嫌になることがあるものか。オレ様のせいなんてどういう意味だ。ムカついたので、牛乳を全部飲み干してやった。

 帰ってきたチビは相変わらずしかめっ面で、無言でシャワー室に入っていった。いつもなら走って雑念を飛ばしてくるところが、今日はどうも違うらしい。そんなに寝坊がまずかったのか。でも今日のレッスンは午後からのはずだ。
 シャワー室から出てきてなお不愛想なチビは、冷蔵庫に牛乳がないことに気付いてこちらを睨みつける。そのまま言い合いに発展したら寝坊をからかってやろうと思っていたのに、チビはまた溜息を吐いてイライラと扉を閉めるのみだった。
「チビ」
「……なんだ」
「なんだはこっちのセリフだ、何怒ってんだよ」
「……なんでもない」
「なんでもなくねーだろ」
 こんなに不機嫌な態度のチビはなかなか見ない。オレ様に対してだけ辛辣なことはあれど、朝からずっとこの調子だ。
「オレ様のせいだとか言いやがって」
「だって、オマエのせいだろ」
「何がだよ」
「朝、起きれなかったの」
 それが何でオレ様のせいになるんだ。せっかくオレ様のついでにトーストを焼いてやったのに、一人で二枚食ってやろうか。
「……オマエ、しつこいんだよ」
「なにが」
「だから……セックスが!」
 なかなか耳にしない単語に顔を上げると、チビは真っ赤になっていた。うろうろと泳いだのち、キッとオレ様を見上げる瞳は、若干潤んでいる。
「お、オマエが、あんな……」
「あんな?」
「……何度も、するから……!」
 ああもう、と呟きながら額に手をやり、くるりとオレ様に背中を向ける。そんなことしたって、耳まで真っ赤なのは隠せていない。
 昨夜のことを思い出す。明日は午後からだからゆっくりできるな、とチビが言うもんだから、据え膳食わねばなんとやらだと思い、そのまま押し倒したのだった。何度も何度も喰らい尽くし、なかば気絶するようにチビが寝たのは日付が超えてからだった。何度も「もう無理だ」と弱々しく叫んでいたのを全て無視していたのがよくなかっただろうか? でもそんなの、いつものことだし、チビだって感じてたじゃねえか。
「きもちかったならいーじゃねーか」
「よく、ない……!」
「なんでだよ」
「……クセに、なっちまう……」
 聞き取れないほどの小さな声でそう呟いたチビの前に回り込み、うつむいた顔を覗き込んでやった。ばか、見るな、調子に乗るな、とオレ様から逃れようとするチビの腕を振り払い、無理やり顔を掴む。
「な、に」
「今日、午後からだったよなぁ?」
 慌ててオレ様から顔を背けようとするチビの動きを封じて、唇を塞いだら、想像以上に熱かった。
「気持ちよすぎて気絶して、寝坊しちまったのが恥ずかしかったんだろ」
「言、うな、馬鹿……ッ」
「クセになるくらい好きなんだろ?」
「~~~ッ」
 オレ様を強引に突き飛ばし、茹蛸より真っ赤になったチビは「もう一度走ってくる」と言ってこちらを振り返らずに家を出て行ってしまった。
 図星か。笑いが込み上げてくる。あんなに不機嫌だった理由が、セックスが気持ちよすぎるから、だなんて。かわいいとこあるじゃねーか。ひとしきり笑い終わったあと、オレ様は冷蔵庫からマーガリンを取り出した。
 どうせ外に出るなら、牛乳を買ってくるよう言えばよかった。トーストは二枚とも、オレ様の腹に収まることとなる。
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