漣タケ

 深夜ドラマに出演が決まったはいいものの、役どころが「ゲイ」というのははじめてだった。
 ドラマの主役は恭二さん。恭二さんはストレートの役で、結果的にヒロインの女性と結ばれるという、ありふれたラブストーリー。その中でスパイスになるのが、何人かのライバルたちになるわけだが、俺もその一人ということになる。恭二さんの家に遊びに来るイトコの高校生で、小さい頃から恭二さんの役が好きだったという設定だ。
「イトコってことは、今よりも距離感を詰めないとな」
 恭二さんは難色を示すこともなく俺との関係性を受け入れ、俺の演出プランまで考えてくれる。小さい頃から憧れだったお兄ちゃんを、ぽっと出の女に取られるのはさぞ不快だろう、ということを話し合ううち、恭二さんはとある提案をした。
「うち、遊びに来るか? イメージが掴みやすいかもしれない」
 俺はそれに頷く。役作りの上でできることはなんでもしたい。俺たちは日程を決め、遊びに行くからには何をしようかと計画を立てた。二人でできるボードゲームがいくつかあった。
 約束の日が近付くにつれ、俺は純粋に楽しみになっていた。演技の話が出来るのも、ボードゲームが出来るのも。それを目ざとく見つけたのがアイツだ。
「チビ、最近浮かれてんな」
 アイツ――牙崎漣。俺のことを決して名前で呼ばないから、俺も名前で呼んだりしない。
「オマエには関係ないだろ」
「なっ……」
 アイツはなにかをもごもご言った後ぷいと顔を逸らしたが、いったい何だというのか。俺の機嫌がよかったからと言って、アイツにはなんの影響もないはずだ。
 へんなの、と言って、そう言えばコレはアイツもよく零す言葉だったということを思い出す。アイツが誰かに対して――たとえばプロデューサーとか――、うまく感情を整理できなかった時にいう言葉。へんなの。
 へんなの、なのか。俺からアイツへ向ける感情は。俺はうまく理解できないまま、とりあえず当日を楽しみに待つことにした。

 恭二さんの家に行く当日。
「いらっしゃい、何もないけど」
 と言う恭二さんに、お邪魔します、と言って部屋にあがらせてもらった。
 俺の家は玄関の横に洗濯機があるが、恭二さんのは部屋の中にあった。恭二さんは家電に詳しい。掃除機も電子レンジも立派だった。よその家って、見ているだけで楽しい。
「とりあえず、ボドゲやるか」
 俺が手土産で買ってきたお茶とお菓子を広げながら、恭二さんとボドゲの説明文を読んだ。どうせならゲーム部をあと何人か呼びたかったが、それじゃあドラマの練習にはならないから、二人でどれだけ遊べるかが重要だった。
 恭二さんに対して、恋愛感情など、もちろんない。ないけれど、一緒に切磋琢磨する仲間としては頼もしく、そしてゲーム部の仲間として仲良く出来て嬉しい、と思っていた。彼の持つステージ上の煌びやかなかっこよさは、俺のもっていないものだから、憧れもある。
 憧れが、恋愛感情になってしまったのだろうか。俺の演じる、イトコの役は。
 そんなことを考えていると、ぶぶ、とスマホが鳴った。見るとアイツから電話がかかってきていた。
「恭二さん、すまない、ちょっと」
 俺は断りをいれて、ベランダに出て電話をとった。アイツのバカでかい声が耳を劈く。
「チビ! オマエ今どこにいんだ!」
「恭二さんの家だが……」
「はぁ!? なんでそんなトコいんだよ!」
「ドラマの役作りで」
「家に行く役作りだぁ?」
「俺が恭二さんに恋愛感情を持っているんだ」
 あ、と思った。これは誤解を生む言い方だった。気付いた時にはもう遅く、アイツの「はあぁ!?」という大声がベランダに響いた。
「今から行くからな!!」
「はぁ?」
 アイツはそれだけ叫ぶと一方的に電話を切った。わけがわからなかったので、部屋に戻った時、恭二さんからの「どうした?」の問いに「なんでも」としか答えられなかった。
 そこからしばらくは二人でボドゲを進め、大きな笑い声をあげて楽しんだ。お茶を買ってきてよかった、笑い疲れた喉に染み渡った。
 切りのいいところで、一休みしようと片付けをしていた時、玄関のドアノブがガチャガチャと乱暴な音を立てた。
「おい、チビ! ひょろなが! 開けやがれ!」
 その声に、アイツが到来したことを知る。恭二さんはすっ飛んで行って、「壊れるからやめてくれ!」と叫びながら鍵を開けた。
「チビ!!」
「な、なんだ、こんなとこまで来て」
「さっさと出るぞ!!」
 俺の手を引っ掴んで無理やり立たせると、アイツは俺を玄関まで引きずった。恭二さんが慌てて止めようとしたが、アイツはそれも蹴散らした。
「チビはオマエのことなんか好きじゃねーよ!」
 目をぱちくりさせる恭二さんをよそに、アイツは俺をドアの外に押しやろうとするから、俺は慌てて靴だけ掴んで、
「悪い、恭二さん、あとで説明する!」
 と伝えた。
 ドアを閉め、二人きりになる。俺は靴を履きながら、アイツに「馬鹿」と言った。
「わざわざ家にまで来るなんて、恭二さんに迷惑までかけて。俺、今日のこと楽しみにしてたんだぞ」
 アイツは顔を真っ赤にしながら、俺を睨んだ。何をそんなに怒ることがあるんだ。
「チビは……オレ様だけ見てればいいんだよ!」
 アイツに腕をひっぱられ、アパートの外に出る。ベランダから恭二さんがこっちを覗いているのが見えた。
 心配ない、という風に、俺は手をあげた。恭二さんも手を振ってくれた。たぶん、がんばれよ、の意味だ。
 アイツは俺の腕を引っ張り続ける。どこに行くかは知らない。
 でも、とりあえず、アイツの気が済むまで、一緒についていってやろうと思った。へんなの、とこぼしながら。
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