漣タケ

 まあ起きてみたらアイツの手のひらにすっぽり収まっていたわけで、それが何でだかはわからない。目の前に大きな顔があって、いつものように「チビ」と俺を呼ぶ声が、大地を轟かすくらいの音量だったから耳がビリビリした。
「なんだってまあ、そんな姿に」
 プロデューサーも円城寺さんも困り果てていた。俺はアイツの手のひらの中で、ちょこんと正座をする。立っているとグラグラして危ないし、あぐらをかくのもなんだかいたたまれなかった。
「……どんだけミニマムになったら気が済むんだよ」
「あ、ちょっと漣!」
 アイツは俺を手の中に納めたまま、事務所を出て屋上に登った。たぶんそよ風なのだろうが、今の俺にとっては吹雪みたいなものだ。アイツの親指にしがみつく。
 大きな舌打ちが響いてきた。見上げると、アイツの眉間には深いしわが刻まれている。
「今のチビに勝ったってなんにもおもしろくねえ。握りつぶすことも、ここから落とすことも、なんなら飲み込むことだってできる」
「けっこうグロいこと考えるんだなオマエ」
「だけど、どれも、オレ様の見たい景色じゃねえ」
 どことなく暗い声のアイツを蹴とばしてやりたくて、俺はアイツの手からもぞもぞと腕へ、肩へと登っていった。
「どうすれば元に戻るか、一緒に考えてくれ」
「……なんでオレ様が」
「この姿じゃ張り合いないんだろ。戻ったら勝負してやるから」
 頬を蹴とばしてやると、イテ、と聞こえた。俺を掴んで目線の高さに持ち上げたアイツは、フンと鼻を鳴らし、「仕方ねえな」と言って笑った。
「本当に飲み込んでやろうか」
「そうしたらオマエの腹を内側から切り裂いてやるからな。覚悟しろ」
 まるで一寸法師だ。コイツが一寸法師を知っているとは思えないけれど、想像して気持ち悪くなったのか、またアイツの眉間にはしわがあった。
 アイツの人差し指を握った。いつも俺に発破をかける人差し指。いま、コイツの身体の一部分だけを切り取れるなら、たぶん人差し指にするな、と思った。これが一番、愛に近かった。
 翌日、やっぱり俺はアイツの腕のなかで目覚めて、でも、身体の大きさは元に戻っていた。
 アイツの人差し指も、相変わらずそこにあった。俺はそれを口に咥える。人間の味がした。
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