漣タケ

 近所に新しくモスバーガーが出来るという。張り紙の前で、俺は思わずガッツポーズをした。
「マックもモスも変わらないだろ」
 事務所にて、アイツにそれを伝えたあとの第一声がこれで、俺はなんとなく共に喜んでくれる気がしていたので落胆してしまった。なんだ、近所にモスが出来たら嬉しくないのか、オマエは。
「腹いっぱいになりゃなんでもいい」
「どうせなら好きなモンで満たしたいだろ」
「そりゃあな」
 アイツはそう言うと、フンと鼻を鳴らして俺に近付いた。嫌な予感がする。案の定、アイツは俺のうなじに手を伸ばしながら、上から下までじろじろと舐めつけるように視線を送った。
「チビなら食ってやってもいいぜ」
「ならってなんだ」
 あ、ちがう、怒るところはここではない。食われてたまるかと言いたかったのに、目先のツッコミに囚われてしまった。アイツはくははと笑って俺の鼻を摘まむ。
「ソエゼンはなんちゃらって言うんだろ」
「俺は据え膳じゃない。最後まで覚えてないくせに適当なこと言うな」
 俺はアイツの手と目線を振り払って、事務所を出ようとした。書類を受け取りに来ただけだった。プロデューサーも他の皆もいないし、コイツはモスで喜ばないし、長居したって意味がない。けれどもアイツはそれを止める。
「待て」
 ぱし、と右手を取られたので振り返ると、いつになく真剣な顔のアイツがいた。まるで獲物を誰にも奪われたくないかのような声色だった。
「何だ」
「一緒に出る。んでその、もすとかに行く」
「……モスはまだ出来ねえよ。出来るってお知らせを見つけただけだ」
「何でもいい、チビのスキなトコ連れてけ」
 上着を羽織りなおしたアイツは、何が何でも俺に着いてくる気だった。たまたまこの後に何も用事がないからいいものの、俺が急いでいても同じことを言うのだろうな、と思った。
「腹いっぱいになったら、チビもシアワセだろ」
「……オマエ、シアワセについてとか考えるんだな」
 食べることとはしあわせなことだ。俺は仕方なく、バーキンを探す。もう口がハンバーガーの気分になっていた。アイツはくあっとあくびをしながら、大人しく俺に着いて来ていた。俺がこのまま成田空港とかに行っても、そのまま着いてくるのだろう。どこまでも行ってやろうか。コイツが音をあげるまで。きっとそんなの、地球の最果てにも存在しないのだろうけれど。
「……腹いっぱいになれるのは」
「……ん」
「トーゼンじゃないんだよ。でも、チビとならトーゼンに出来て。……スキだ」
 アイツはたまに、難しいことを言う。俺は、そうか、とだけ答えて、アイツの隣を歩いた。
 同じメーカーの靴だった。同じすり減り方をしていた。どっちが先に足が窮屈になるか競っていた。アイツは小石を蹴とばして、「腹減った」と呟いた。
 スキなものをスキな人と食べられるシアワセについて、いつか考えてみたいと思う。とりあえず今は、ハンバーガーを食べる。
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