毛がないピー

毛がないピー


イザナが何かしゃべっている。内容はよくわからないが。イザナの何が好きかって、そのたたずまいとカリスマ性だから話がよくわからなくとも問題ない。少年院での彼の暴れぶりを見て以来心酔している獅音は思う。いつの間にか集会は終わったらしく、獅音の隣に演説めいたものが終わったらしいイザナがふわりと座った。彼からはいつもお香のようなオリエンタルないい香りがする。
「なあ。おまえ。知ってる?」
「何が?」
「乾。」
そう言って、イザナは気だるげに集会の後片付けをしている乾を指差す。後片付けったってきれいに掃除するわけじゃなく、馬鹿たれどもがシンナーを吸ったビニール袋を集めてゴミ箱にぶち込んでいるだけであるが。
「乾は知ってるけど。」
「アイツ。毛がない。」
言われて乾を見るが、たんぽぽみたいな金髪が豊かにフワフワしている。毛はある。
「ちげぇよ。下の毛だよ。」
「…なんで知ってんの…?」
「昨日帰るとこないって言うから泊めたんだけど。シャワー浴びたはいいが、パンツねえって洗濯終わるまで丸出しでウロウロしてて。毛がねえの。」
「まだ子どもだからじゃねえ?ワキもねえんじゃね?」
「マジか…ワキも…?乾!ちょっと来い!」
イザナに呼ばれて、ミュールを引きずるような歩き方で乾が近づいてくる。
「乾トップク脱げよ」
イザナがいきなりそう言うので、まだ残っていた連中がギョッとした顔をした。リンチか?リンチなのか?
「ん。わかった。」
それなのに乾は素直に脱ぎだすものだから。
「乾バンザイして。」
言われて黒いタンクトップ姿になった乾は、不思議そうな顔をしてバンザイする。
「あ〜!!わかった!!」
イザナは乾のワキをしげしげ眺めてデカい声で言う。
「毛がないんじゃねえ!!乾おまえワキもチン毛も金髪なんだな!!」
そう言ってイザナが爆笑するので、獅音も他の連中もポカンとするしかない。リンチじゃなくて良かったけども、イザナともあろうものが小学生低学年レベルの出来事でゲラゲラ笑っている。乾は毛のことなど言われ慣れているのか、さみぃと言いながらトップクを着なおした。




「てことがあったよな!」
「殺す!!!!」
乾の店に車検のため訪れていた獅音が、なぜその思い出をチョイスした?みたいな思い出話をし始め、偶然店の手伝いをしていた九井は怒り心頭である。
「イザナってクールかと思いきやアホみたいなことするし。不思議だったな。」
「たぶんアホみたいな部分は真一郎君の影響じゃないかな。真一郎君って根アカだったからさ。」
「そうか〜憧れの人の影響は受けるよなそりゃ。」
「ちょっと!!!!毛の話どこいった!!!!」
そう。九井は獅音と乾が昔のなんやかんやは置いといて和やかに会話しているなか、ひとり激怒していた。なぜなら、乾のその色素が薄いかわいい毛のことは自分しか知らないことだと思っていたからだ。黒川も斑目もなんなら黒龍モブ隊員まで知っているではないか。
乾と九井はもつれにもつれた感情のまま一緒につるんでいたが、いったん離れたのが良かったのかなんなのか、最後の抗争時めでたく心からわかりあえたのである。そして、マブとなり素直になったふたりはお付き合いを始めて現在幸せの絶頂であった。主に九井が浮かれているように見えるが、乾のほうも実は相当イカれていた。ふたりきりになると、当然のように九井のひざに座って見つめ合うと素直におしゃべりしちゃうのだから、乾も相当ウカレポンチなのである。先日ふたりは初めて身体をつなげたのだが、乾の裸身は真っ白で体毛も色素が薄くあまりのかわいらしさに九井は天を仰いだのだった。グレーな金稼ぎをしていた時、グレーな成人向けビデオを売りさばいていたが確認のため女性の裸を嫌というほど見たが綺麗は綺麗だけど乾ほど美しい肌質の人間は見たことがなかった。美しい肌も、色素の薄い体毛も、これは自分だけの宝物だと思ったのに。
「もう!!イヌピーなんか知らない!!簡単に服脱ぎやがって!!」
だいぶ誤解を招くセリフをはいて、九井は店を出て行った。なんだか乙女みたいに走り去ったが、九井の本質が嫌というほど男性的であるのを乾は身をもって知っている。
「なんか九井怒らせちまった?俺?」
「まあ。気にするな。ココの地雷なんかあっちこっちにあるから。」
「そう?追いかけなくていいのか?」
「うん。ココが行くとこなんか決まってるからな。」
「あ。そう。差し入れにエクレア持ってきたのに。ふたりで食うか。」
「斑目総長いただきます!!」





「もう。ほんとヒドイ。イヌピーはさ。人から自分がどう見えてるかもっと考えたほうがいい。そんな脱げと言われたからって簡単に服脱いだらそこかしこで理性を失う人間が出てくるんだから。」
大寿はコイツ帰らねえかなと思っていた。以前自分に割とひどい仕打ちをしておいて、九井は最近それらがなかったようにふつうに接してくる。繊細なようでいて図太い。コイツの厄介なところだ。ふだんは過去のことだしと気にしないが、こうも急に自宅にやってきてはた迷惑な惚気のような愚痴のようなものを聞かされるとテメェよぉ〜と少し腹が立つ。今は大寿が一人暮らしするマンションに急に九井がやって来て、乾の体毛が金色なのを知っていたのは自分だけだと思っていたのに割とみんな知ってたなんて!!と偏差値35ぐらいのことをブツブツ言っている。大寿と九井が通った進学校はSAPI◯偏差値68なのだから勘弁してほしい。
「たぶんイヌピーのチン毛が金なのみんな知ってるよ。」
偶然居合わせた八戒が余計なことを言う。
「ハア〜〜〜???」
「だって東卍ってみんなで銭湯行くの好きだったし。当然イヌピーも行くし。金色だなあ珍しいなあってだけだよ。」
八戒の意見はもっともだ。
「ハア〜〜〜???イヌピーの裸体を見てもそんな反応?おまえらそれでも男かよ!?チンコついてんのか!!」
「やだこの人めんどくさい」
めんどくさいことを知っているから大寿は黙っていたが、大寿もまた乾の体毛が金色に近い色素が薄いものであることを知っていた。




10代目黒龍の頃、正式な事務所というのか拠点というのか、ビジネスには住所も大切だからとかなんとか言ってご大層なマンションを九井が借りていてだいたい主要なメンバーはそこにいたように思う。ただ乾だけは初代のバイク屋だったところを気に入っていて用がある時はご大層なマンションに来たが、何もない時はバイク屋に入り浸っていた。あんな何もないところで何してるのあの子…と心配した九井も乾がバイク屋にいる時はパソコンとケータイを持ってあちらへ行っていた。ただ、風呂だけはどうしようもなかったらしく、よくご大層なマンションへ風呂を使いに来ていた。ある日大寿がマンションへ行くと、風呂から素っ裸の乾が出てきた。誰もいなかったから油断したのだろう。ああ。ボスか。ごめんごめん裸で。と言ったのですぐにタオルで隠すなりなんなりするかと思ったが、そこはぶっ飛んでる乾のことで何もかも放りだしたまま冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲み始めた。それだけならまだしも、なんか小腹すいたなと棚から誰のかわからないポテトチップスを出して食べ始める始末。もちろん何もかも丸出しのままで。マンションは日当たりが良く、日光はさんさんと素っ裸の乾にふりそそいでいる。シミひとつない乳白色の肌にうっすらと程よく筋肉がついたしなやかな身体。顔の火傷跡と真っ白な裸体の対比がどうにも背徳感をおぼえる。そののびやかな裸体は、昔家族で旅行に行ったフィレンツェで見たボッティチェリの絵画を思い出させた。それに描かれていた裸婦もあまり体毛がなかった。乾の丸出しのそれにも体毛がないように見えた。視線に気づいた乾がヘラっと笑って
「毛がないみたい見えるだろ?よく言われる。チン毛も金髪なだけなんだけど。」
自分で言っておいてツボにはまったのか、乾はゲラゲラ笑い出した。こんなアホと天才画家ボッティチェリを似てると思った自分が馬鹿だった。
「おまえには羞恥心ってもんがないのか。」
大寿が呆れて言うと
「何?それ?」
と乾は真顔になって答えた。まったく顔と身体は一級品であるのに残念な男だなと大寿は思ったのだった。




数年前に見た、乾のあの美しい裸体を蹂躙するやつっていうのはどんな人物だろうかと大寿はひそかに楽しみにしていたのだが。まさか、目の前でブツクサ文句ばかりたれているこの男だったとは。
ふいにインターホンがなる。
「お。イヌピーじゃん。お迎えだよ。」
八戒がいそいそオートロックを解除している。八戒も乾に九井をはやく連れて帰ってほしいのだろう。
「こんちは〜あ〜!やっぱりココいた!」
「おう。乾。はやくコイツ連れて帰ってくれ。」
「うん。わかった。最近のココは嫌なことあるとすぐボスのとこ行くんだから。」
「俺の知的レベルに合うやつが大寿しかいねえんだ。」
「乾の毛がどうのこうの言ってるおまえの知的レベルは現在著しく低いと思うが。」
「あ〜まだチン毛のこと怒ってんの?」
「だって!!イヌピーのチン毛は俺だけの宝物だと思ったのに!!」
それを聞いた乾は、九井にスルッと近づくと耳もとでささやく。
「なあ。ココ知らねえのか?俺のこと好きに触ったり舐めたり…いろんなことできるのはココだけって。」
そしてその宝石みたいな大きな瞳で九井の顔をのぞきこむ。
「ココ。一緒に帰って俺と楽しいことしよう?な?」
乾はそう言いながら九井の股間に人差し指をスッと這わせた。九井はウットリして小悪魔通り越して妖婦みてえな乾に簡単にまるめこまれているし。かわいそうに免疫のない八戒は真っ赤になっているし。ヒトのかわいい弟にいかがわしいもん見せてんじゃねえ。
「おい。そこのふたり。ぜひとも続きは帰ってやってくれ。かわいい弟に悪影響をおよぼすようなもの見せないでくれ。」
大寿が心底嫌そうに言うので、九井と乾は素直にうなずいて手をつないで帰って行った。なんだったのだ迷惑な。帰りぎわ、乾が斑目にたくさん差し入れもらったからおすそわけと言ってエクレアを置いて帰った。うまいぞ。と言っていたがそりゃそうだろう。そのエクレアはパリの老舗高級食材屋が日本のデパートで売っている高価で見た目も味も秀逸な代物で、とうてい不良がチョイスする手土産とは思えず、斑目っていったいどういう出自で何があってあんなグレ散らかしてるんだと大寿は理解に苦しんだ。まあ自分も似たようなものなので人のことは言えないのだが。





その日の夜、九井と乾が住むアパートの管理会社には、喘ぎ声と振動がうるさ過ぎて迷惑という苦情が3件も入る。乾は拗ねた九井を大寿宅からスムーズに連れて帰るためとは言え、軽率に九井を煽ったことを深く反省した。九井のスタミナと性技のしつこさとバリエーションをなめていたのであった。ヒィヒィ言わされてしまったではないか。さすが関東の不良たちをまとめあげ金を稼ぎまくっていた九井なのである。恋だって全力で完遂する男なのだ。
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