半間とメシ友達ピー

半間とメシ友になったイヌピー

1
うまくいっているように見えるが、反社というのは浮き沈みが激しい。最近で言うと、下っ端が大量に敵対組織に寝返った。乾は幹部だから、さすがに幹部クラスやその直属の部下たちが寝返ることはなくまわりの顔ぶれが変わることはなかったからしばらくは実感がわかなかった。しかし、構成員を大量に失ったのは事実であり、最近現場に出ることなどほとんどなかった乾が出張る機会が増えて本当に構成員減ったんだなぁとやっと実感しているところである。組織としては良くないことなのだが、乾はふんぞりかえって何もしないのは嫌で、こまごま動いていたいタイプだから正直なところ嬉しかった。バイクをぶっ飛ばしたり鉄パイプを振り回したり、昔から動くのが好きなのだから。中でも気に入っているのが、半間との仕事である。彼が強く、動きが勉強になるというのもあるが、仕事終わりのメシなのである。死体を処理したりなどした後乾は腹が減るのだが、だいたいの人はむしろ気分が悪くなり食欲が無くなるのだという。だがしかし、半間も乾と同じく死体を処理したとして動いたら動いたぶんだけ腹が減るシンプル回路人間だということがわかり、ふたりはメシ友となったのだった。食べるのはだいたいカロリー多め量多めヘルシー皆無のB級グルメだ。乾も半間も口に出さないが、この仕事終わりのB級グルメめぐりを何よりも楽しみにしている。お互いウイットに富んだ会話を好むわけでもなく、漫画やゲームのゆるい会話を好むので意外と気も合うのであった。昔ふたりが好んでやっていたバイクのギャル風味のカスタムについて語り合ったりもする。最近食べたイチオシB級グルメは北海道の冷たい海に人間を沈めた後に食べた、ミートソーススパゲティにカツが乗ったわんぱくな逸品である。




2
乾さんが浮気してる…かもしれない。こういった業界にいて浮気も何もないだろうと思うが、乾さんに限ってはないのだ。おそらく恋人なのであろう九井さんが嫉妬深くおそろしいというのもあるが、乾さんがまるきりそっち方面に興味がない。どんな美しい女が近づいて来ようが、あ。こんにちは。さようなら。といった感じ。最初はハニートラップ対策でそうしているのかと思ったが、九井さんが言うに乾家というのは乾さん系統の顔立ちの人間ばかりで乾さんの美的感覚というのはそれらが基準なのでだいぶ狂っているのだという。海外でも活躍しているモデルのナニガシは乾さんの遠縁であるらしく、でもそのモデルでさえ乾家レベルではごく普通であるというおそろしい話だった。なるほど。少し美しい程度の女では乾ビジョンではぺんぺん草なのか。

だが、俺こと九井さんのいちばんの部下カワイは目の前の光景に頭を抱えている。半間さんに会計の書類にサインをもらうべく(信じられる?反社っていまだにサインかハンコ)彼のオフィスを訪ねたら、半間さんと乾さんが広いソファーなのにビッチリ身を寄せ合って一冊の雑誌を読んでいるのだ。バイクで行こう山グルメ!!と書いてある。まさか一緒に行くのだろうか?この組み合わせで?
「あ…お邪魔でしたら出直しましょうか?」
「なんで?別にとりこんでねえよ。サインだろ?するする。」
「あ。カワイだ。」
半間さんも乾さんもごく普通にしているが、このふたりってこんなに親しかっただろうか?九井さんはご存知なのだろうか…やばい…めんどくさい予感しかしない。ちょっといったん知らなかったことにしよう。
「んーサインしといた。」
「ちゃんと見たのかよ。書類。」
「見てねえ。おまえのダンナのこと信用してるからさ。」
「わかんねえだけだろ。ウケる。俺もわかんねえ。」
と半間さんと乾さんは軽口をたたきゲラゲラ笑っている。乾さんのこのゲラ笑いレアだぞ…うわあ…よし。やっぱ知らないふりしよう。
「サインありがとうございました!失礼します!」
俺は早々に退散することにした。

半間さんと乾さんの仲がアヤシイことをめんどうだからと見て見ぬふりをしていたのに、俺はたまの休日にこの2人を再び目撃してしまう。

4人の子どもたちを川で遊ばせて、おなかすいたと言うので、川のそばにある川床もどきみたいな鄙びた店でメシを食べさせていた。その店には鮎を焼いたものととろろ飯しかなく、子どもたちはこんな滋味溢るるもの食べるだろうかと心配したが、新鮮な味が良かったのか4人とも黙々とおりこうに鮎をほおばっている。かわいいなあ今頃エステに行っているであろう妻に送ってやろうとスマホで写真を撮っていると、バリバリと傍迷惑なバイクの爆音が2台分聞こえてきた。早く通り過ぎろようるせえとイライラしていたらまさかのまさかで、バイクは店の前に止まった。その2台のバイクは俺が10代目黒龍にいた時流行ったようなド派手カスタムのバイクで、まだこんなの生きてたのかと少し感動してしまう。そんなド派手ギャルバイクから降りてきたのはやたらとスタイルの良いふたりで、フルフェイスのヘルメットをとった途端川床もどきみたいな正直ボロい店は高級料亭にでもなったかのようにキラキラした。キラキラの正体はバイクに乗って来た2人の男のご尊顔で、それはご存知半間さんと乾さんであった。
「ふーん。雑誌で見たのより雰囲気あんじゃん。」
「山グルメと言えば鮎。腹減った。」
「久しぶりにバイク引っ張り出してきたらけっこう疲れたな〜俺も腹減ったわ。」
「久しぶりにバイクいじれて楽しかったけど、ツーリングは疲れるな。主にケツが。」
「あら〜昨日も旦那さんにケツかわいがられたんですか〜?」
ゲラゲラ笑いながら半間さんが乾さんのケツを触っている。これはアウトかも…。やっぱり九井さんに報告しないといけないかも…めんどくさい…。
乾さんはケツを触られているのを華麗に無視してテーブルにつくと、鮎塩焼きととろろ飯大盛り!と注文した。半間さんも俺も〜と言う。乾さんが物珍しそうに店内を見まわす。まあふだんこんなところ来ないだろうから。
「あれ?カワイ?半間すまん。ちょっと挨拶してくる。」
「りょ〜」
狭い店内のことで、やはり気づかれてしまった。
「お疲れ様です!」
「わあ。子どもめちゃくちゃ大きくなってる。カワイそっくりだな。」
乾さんがこちらのテーブルにやって来て次男の頭を撫でる。次男はぽおっと頬を赤くしている。コラコラ次男その人に惚れても良いことはないぞ。こわい旦那がいるからな。
「あの…余計なことなんですが…これは九井さんはご存知なんですか?」
俺が声をひそめて聞くと、案の定乾さんは困った表情になる。言ってないんだろうな。
「やっぱ…言わねえとマズいよな…まったく。半間だぜ?やましいことなんか毛ほどもねえんだけど。ココは自分のことは棚上げしてめちゃくちゃ嫉妬深いからなあ…。」
「はい。さしでがましいのですが、後々わかると非常にめんどうですので、一言説明なさったほうが良いように思います。」
「わかった。今日帰ったら言うよ。心配してくれてありがとな。」
乾さんはそう言って、子どもたちに小遣いだと一万円札をそれぞれに渡す。長女が乾さんの顔をガン見して
「あなたはどこの国の王子様なの?」
とデカい声で聞き、ばはっ!!と向こうで半間さんが笑った声がした。




3
「イヌピーかえしてきなさい。」
ココは帰宅後開口一番そう言う。
「だって絶対ついてくるってきかないから…」
「ここがイヌピー王子様のおうち?豪華だけど、王子様ってマンションに住んでるんだ。この派手な髪型の人は誰?大臣?王子様と一緒に住んでるの?」
幼女はそう言いながらスタスタ九井と乾のマンションへ入ってゆく。

半間と山へツーリングに行き、鮎ととろろ飯を食べるまでは良かったのだが、その店でココの部下カワイとその子どもたちに遭遇したのが運のつき。どうしたことか、カワイの長女が自分を見て王子様と言い出しおうちに行きたい行きたいと大泣きし始めたのだ。カワイはオロオロするし、半間は大爆笑するしでとりあえず長女をバイクのケツに乗せ産まれて初めてくらいの安全運転で帰宅したのだ。半間は大爆笑する声を響かせながら鮎を食うだけ食って子守り頑張れよ〜と去って行った。カワイはとりあえず自宅に残り3人の子どもたちを連れて帰って後ほど長女を迎えに行きますとのこと。
「まあ。俺が王子でもなんでもないことがわかったら帰るんじゃねえの?」
俺が言うとココは盛大にため息をついた。

「のどかわいた。」
幼女はわあ。お洋服いっぱいある。とかココ大臣腕時計好きなのね。とかこのオレンジの箱のバッグママも持ってるわ。とか感想を述べつつひととおりマンションを歩き回って飽きたのかそう言った。のどがかわいたと言われても、この家には成人男性ふたりしかいないのだから子どもが好むものなどない。酒と水時々エスプレッソマシンしかない。
「あ。牛乳ならあるな…」
「ホットミルクにしてね。」
「ハア…わかった…」
「この子ども図々しいな!!ぜんぜんカワイと違うぞ。顔は似てるけど!!」
「ココ大臣はさあ。パパのなんなの?」
「上司だよ!!!!!!」
「あ。じゃあイヌピーが王子でココが大臣でパパが家来なんだ!」
「ふふっ」
「イヌピー笑い事じゃねえ!!」
俺が小さい鍋でどうにかこうにかホットミルクを作るとカワイの長女は満足そうに飲み始めた。その後彼女がリビングでスイッチを見つけ、ポケットなモンスターなどに1時間ほど付き合ってやったら疲れたのかソファーでスヤスヤ寝始めた。
「ココ。カワイに連絡してくれ。これで納得して帰るだろ。」
「ハイハイ。しかし子どもって元気過ぎねえ?カワイこんなの4人もよく世話するな!?俺の世話より大変だろ!!」
「ココ自分がめんどくせえって自覚あったのか。」
「うるせ〜!!自覚あるわ!!」
そう言ってココはたわむれに俺のケツを叩いてくる。叩きついでにじゃっかんいやらしい感じで撫でてくるのはいつものことだ。
「しかし何なんだよ半間とツーリングって。今までは仕事の帰りの食事を一緒にとるってことだったから目をつぶってたのにさあ。」
「それは黙ってて悪かった。でも、半間とココとは食べないショミンテキなもの食べるの楽しかったから…つい…ダメか?」
「イヌピーさあ。そうやって上目遣いで見つめたら俺が何でも許すと思ってるよな。」
「ココ…ダメ?」
「んも〜!!!!!!死ぬほどかわいいな何だよチクショウ!!俺に報告してから行けよ!!あと。半間の機嫌は損ねるな。稀咲にマイナスのことを言われるとマズい。」
「うん。わかってる。」
「キスしていい?」
「急だな。」
「なんか子守りするイヌピーに興奮してきた。」
「特殊な性癖。」
俺らが子どもが寝ているのをいいことにイチャついていたらインターホンが鳴った。
「あ。カワイじゃん。まだ連絡してねえのに。」
「大事な愛娘をこんな魔窟に長々と預けときたくねえだろ。」
「ちがいない。」
カワイはひたすら恐縮して寝ぼけ眼の長女を抱き上げ帰っていった。帰り際カワイの長女は俺の耳に小さな声で
「イヌピーってお姫様なんだ。ココが王子様なんだね。わたしふたりがキスしてるとこ見ちゃった。」
と言ってきた。
いや。女ってのはこの年ごろからあなどれねえもんなんだな。ココに俺がお姫様でココが王子様だってよって伝えたら大喜びしていた。ココってこういうとこかわいいんだ。
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