寝言がうるせえ斑目

寝言がうるせえ斑目


「ココ!ココ!大丈夫か?」
「う〜ん…?」
夜中イヌピーに揺さぶられて起きる。
「何?イヌピーなんかあった?」
「ココすげえデカい声で寝言言ってるから心配になって。変な夢でも見てんならいったん起こそうと思った。」
天使かな?特に夢の内容はおぼえてないが、寝言がうるせえんなら迷惑だし起きたほうがいいだろう。
「ありがとうイヌピー。大丈夫だよ。でもせっかく起きたからトイレでも行くかな。」
俺とイヌピーは紆余曲折あったものの、イヌピーが追いかけて来てくれてマブだろ!の一言で再び仲良くしている。関卍時代のマンションはきわめてグレーだから手放し、とりあえず俺の住まいが見つかるまでイヌピーのアパートに居候させてもらっている。幼馴染で気心しれてるというのもあるが、基本イヌピーは生活音も静かで寝息は可愛く一緒にいて不快ではない性質だからこのままズルズル居候してしまいそうでおそろしくもある。イヌピーの隣に後ろ暗いところなく立てるようしっかりせねばならないのに。そんなことを思いながら夜中のトイレをすまし、ふたりで寝ている狭苦しいベッドにもどる。最初の頃は別々に寝ていたんだけど、ほら、寒いから!!な!!
「じゃ。もっかい寝るか。ごめんなイヌピー寝言で起こしちゃって。」
「ぜんぜん。斑目と一緒に寝たらめちゃくちゃ寝言うるせえから。ぜんぜんマシ。」
「斑目と…寝てた…?」
「うん。」
「ちょっと…待って…具合悪くなってきた…」
「ココ大丈夫か!?」
「最近復縁したかわいいかわいい恋人が昔ド派手スミヤンキーと寝てたと聞き俺は立ち直れないかもしれない件について」
「ラノベのタイトルかよ。ちがうちがう。寝るってそのままだよ。グレ始めた頃実家にも帰れねえし、そうそう真一郎君たちの世話になるばっかりするのもしのびねえし、少しの間斑目のアパートに居候させてもらってたんだ。」
「ああ〜!!良かった〜!!でも嫌だ〜!!あの時の俺!!図書館でわりぃこと勉強せずにイヌピーを保護しろよ!!」
「まあ。あの頃はココも俺もしんどかったよな。」
そう言って乾は斑目のアパートに居候していた時のことを語り始めた。





家主がパチンコに行っている間、ざざっと掃除をする。掃除機なんて文明の利器はないらしいので、古いタオルですみずみ拭く。ワンルームのアパートだからそう大変でもない。水まわりも100均で買ってきたタワシでこする。家主は自炊をしないので、これもすぐ終わる。次は、家主が抜け殻のように脱ぎ捨てていった服と自分の服を洗濯機に放り込む。洗濯機はなんとベランダにある。そのままベランダに干すのだから合理的と言えば合理的だが、乾の実家は火事になるまでは広い一軒家だったから洗濯機がベランダにあるのは衝撃的だった。でも、こんなこじんまりとした古めのアパートだが23区内だし、10代の少年が住むにはハードルが高いものであることは乾だって知っていた。現に実家と折り合いが悪くて帰りにくい乾は、アパートを借りたくても金もなければ信用もないのだから借りられない。家主は特にバイトをしている様子もないのに、のん気にこんなアパートにどうやって住んでいるのか乾にも謎だった。もしかしたら実家が金持ちで放蕩息子に金を渡して追い出したのかもしれない。あのド派手なタトゥーもデザインは彼が指定したのだろうし、それをあの場所に入れるとなると技術が必要だから高い。頻繁に髪型を変えるのが好きらしく、月2で通うヘアサロンも高い。考えれば考えるほどミステリアスな経済状況の家主なのである。ミステリアス家主マダラメに思いを馳せていたら洗濯が出来上がったので干す。変な話だが、乾は学校に行って遠巻きにされることもなく、実家に帰って腫れ物に触るようにされることもなく、ココに冷たくされることもなく。この斑目のアパートで居候する代わりの家事をせっせとやっているほうが心安らかにいられた。斑目が何時間パチンコをやるつもりか読めないので、とりあえず昨夜炊いた米で焼き飯のようなものをつくり、自分のぶんは食い斑目のぶんはラップをかけておく。食料品も不思議で、いつのまにか米とか醤油とかが増えている。斑目がこまめに買い出しに行っている様子はない。やっぱり実家が金持ちで定期的に送られてくるのかも。実家が太いっていいな。今や細くなってしまった実家を思い出し、乾は少し羨ましくなった。

いつの間にか寝入ってしまい、しかも気配から察するにもう夜中だ。成長期だからかやたらと眠いのだ最近。ココはやたら腹がすくとこの前やっと図書館で会えた時言っていたけど、乾は眠い。もしかしたら24時間寝続けられるかもしれない。狭いベッドの右半分には斑目が寝ている。いつの間にパチンコから帰ったのだろう。夜中だしもう一度寝ようと乾がまどろむ。
「アア〜!!この台出ねえ〜!!この台終わってるわ〜!!」
斑目の大声で目が覚める。ハハア。今日のパチンコは負けたんだな。しかし、これは別に斑目が今日のパチンコの成果を乾に報告しているのではない。ただの寝言である。居候をはじめた時こそビックリして眠れなくなったが、斑目は一晩に3回くらいアホほどうるせえ寝言を言う。慣れてしまった今はなんとも思わないが、最初は心臓バクバクであった。内容はほとんどその日のパチンコの成果かケンカの成果の二択である。斑目のシンプルな脳みそがすけて見えるようで大変よろしい。いつだったか、俺女と長続きしねえんだ。なんか夜帰っちまうんだよつれねえよな。と愚痴っていたが、十中八九このうるせえ寝言のせいだろうなと乾は思う。





斑目はパチンコでボロボロに負けてしょんぼりと帰宅する。玄関のドアをあけると全てが見渡せる狭い部屋だが気に入っている。ベッドには成長期特有の細くてしなやかな手足を小さくおりたたんで眠っている乾がいる。ふわふわした金髪は金もかかってないのに触ると指通りがいい。犬みたいでかわいいので、寝ているのをいいことにしばらく触る。これどうも地毛らしい。ピンクがかってめちゃくちゃ良い色だよな。斑目自身の黄色強めの金髪は頻繁にサロンに通いトリートメントして維持しているから羨ましい限りだ。まあ髪型を変えるのが趣味なとこあるからサロンは好きなのだけど。パチンコ屋に長時間いるとタバコくせえから服をほうぼうに脱ぎ散らかしシャワーを浴びてから、冷蔵庫に乾が作ったとおぼしき謎焼き飯があるからチンして食う。うまくもまずくもねえが、今更コンビニに買いに行く元気もないし外に食いに行く気力もないしちょうどいい。最初、帰るところがないらしい乾が集会の後公園で寝ようとするから、斑目がコラコラコラ風邪ひきますよと声をかけてやって連れて来たのだが意外にもうまくいっている。乾はケンカの時こそ頭おかしいんじゃねえのというくらい暴れまわるのだが、ふだんはとてもおとなしい。なんかケンカで発散してんだろな。乾は家に置いといても邪魔にならない。マメに家事までするし余計なことしゃべらないしおまけにかわいいし頭らへんからいいにおいがするからアロマテラピーみたいで良い。斑目のサロンシャンプーは高そうだからと遠慮して使わずに買ってきたらしいメリッ◯で洗っているのにいいにおいがするし、髪はフワフワだ。もしかしてメリッ◯ってすげえのかと使ってみたら確かに洗浄力はすげえがギシギシになるからトリートメントとの併用をおすすめしたい。

焼き飯を食いタバコを吸ってベッドに入る。隣で乾がくーかー寝ている。人間の寝顔ってマヌケなもんなのに人形みたいに綺麗だからおもしろくなく、鼻をつまんでみたらフガッと言って少しおもしろかったから満足して斑目も寝ることにする。ずっとこんな生活だといいのにと思ったが、そんなわけもなく間もなく乾はとある抗争後逃げ遅れて警察にパクられた。逃げ遅れたというよりも卑怯なヤツらが乾を盾にして逃げたと言ってもいい。乾にそこまで情があったわけでもないが、そういう卑怯なのは大嫌いだから乾をさしだして逃げたヤツらはあまさずボコしておいた。男なら負けるって思っても逃げるんじゃねえよ。そういうのいちばん気に食わねえ。まあ。ネンショーはさ、自分自身もそうだしイザナもそう。一回くらいネンショー入っとけばハクつくから。頑張ってこいという感じだ。

乾がネンショーに行ってしばらくして、金稼ぎできるすげぇヤツがいるってんで会ったんだけど。会うなりイヌピーは!?イヌピーパクられたのお前のせいかっつって突っかかってくるからヤベ〜と思ってあんま取引とかはせずに名乗るだけにしておいた。だって金稼ぎできるのかもしれねえけどヤベェんだもん。目が。なんだ乾飼い主いたのかよ。飼い主ちゃんと乾に首輪つけとけよな。むしろ斑目としては居候させてやっていたのだから、飼い主に感謝されたいくらいだ。





「ふふ。斑目の寝言はパチンコのことばっかりなのに、ココの寝言は勉強のことばっかり。おもしれ。」そう言ってフフフと居候時代を語り終えた乾が思い出し笑いしたせいで、可愛らしさと嫉妬とで劣情がたぎりにたぎりそのまま乾を抱いてしまいロクに寝ていないので九井は眠い。だが、眠かろうが根性で生きている乾は店を開けるため出勤したのだから、自分だって寝こけるわけにはいかないだろうと夕方まで図書館で大学受験のための勉強をした。これからスーパーで買い物し、一日中働いてクタクタであろう乾のために夕飯をつくる。九井は性格上レシピサイトの手順どおりキッチリつくるから今まで大きなやらかしはしたことがない。さて今日は肉か魚か。

「ただいま〜」
乾が帰宅する。
「なんだ〜けっこういいとこ住んでんだな〜」
「パーちんとペーやんに紹介してもらったからな。」
「ペーやん…?なんか聞いたことある…」
「ほら〜総長タイマンやったじゃん東卍の林〜今不動産屋なんだ。」
「あ〜骨のあるヤツだったハヤシ。」
「いや。なんで!?昨日の今日で!?」
九井は驚愕する。乾は精神からしてヤンキーなので、そこで誰それと会ったから一緒に飯食おうと思ってと急に連れてきたりする。九井は名実ともにどヤンキーだが精神はまったくヤンキーでもなんでもないから、乾のこういうダチのダチはもちろんダチみたいなノリがまったくわからない。今日はなんと斑目を伴って帰ってくるではないか!もうほんとビックリわけわからん。
「総長が銭湯の前でしょんぼりしてるから連れてきた。」
「アパートの給湯器壊れてさあ、でも明日になんねえと修理来ねえから今日は銭湯行こうと思って。そしたらスミ入ってる人はお断りだって。」
「いや。スミってそういうの理解した上で入れるのでは…?」
「ドラケンが銭湯に入れたのは銭湯のオッチャンと知り合いだったからで、本当はダメらしいよな。」
「ええ〜!?灰谷たちは〜!?アイツらよく銭湯とかサウナとか行ってるじゃん!?俺よりド派手スミじゃん!!」
「銭湯の人と知り合いなのか、銭湯の人を恫喝したのか、銭湯の人に金を握らせたのか、もはや銭湯が灰谷のものなのかどれかだろうな。」
九井が意外と律儀に答える。
「え。じゃあ俺彼女できても温泉行けねえの?」
「個室の温泉にすれば?」
「え。ココ個室の温泉って何?楽しそう。」
「イヌピーは俺と個室の温泉行こうな?」
「うん。行きたい。」
「ていうか、おまえら一緒に住んでんの?」
「そう。」
「乾は一緒に住むのラクでいいよな。ガチャガチャうるさくねえから。」
「何ですか?イヌピーと過去一緒に住んだことあるマウントですか?」
「なあ。乾やっぱコイツ怖えんだけど。昔おまえがパクられた時も俺のせいでパクられたんじゃねえかってめちゃくちゃ突っかかってきて怖かったんだぜ。」
「ココそんなに心配してくれてたのか。」
「幼馴染が警察にパクられて心配しねえやついねえだろ!」

九井がつくった夕飯をなぜだか斑目とともに食べ、アパートの給湯器が壊れたとのことで乾宅の風呂を借りた斑目は現在床でグースカ寝ている。180センチもあるからとても長い。乾がブランケットをかけてやり、九井が電気を消し、いつも通り九井と乾のふたりは狭いベッドで仲良く一緒に寝る。きのうは激しい夜だったが、今夜はおだやかな夜だ。ゆっくり眠れるだろう。

「甘デジは辞めどきが勝負!!今日は絶対勝つ!!」
突如としてデカい斑目の声が響き渡り九井は飛び起きる。
「何!?何!!こわいんだけど!!」
眠りの深さに定評のある乾も起きたらしくモゾモゾしている。かわいい。
「ココ大丈夫か?これが昨日俺が言ってた斑目のクソうるせえ寝言だ。」
「ね、寝言…?ハッキリし過ぎぃ!」
「ちなみに甘デジは大当たりしやすいパチンコ台だが辞めどきが難しいから気張らねえと。そんな感じの寝言だ。」
「イヌピーパチンコやるっけ?」
「やらねえがこんなにパチンコ関連の寝言を聞き続けたら詳しくもなる。」

翌日、斑目はじゃあな〜と帰って行ったが、給湯器まだなおってね〜と再び夜にやって来てうるせえパチンコがどうのこうのの寝言を言い九井は寝不足となるのである。
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