めっちゃ音痴ピー

めっちゃ音痴ピー

「青宗はお歌が上手ね〜すごいすごい〜」
今ならばわかる。赤音は嘘つきだと。嘘というか、5歳も歳が離れた弟かわいさに盲目になってたんだろうな。赤音はそういうやつだから。あんなに無条件に愛してくれる人。俺の人生にはもういないだろうな。





ギャハハハハ!!とドラケンが笑っている。ほんと腹たつ。よくつるむ連中と飲みに行って、いつもならその後はバッティングセンターとかボウリングとかなのに今日はよりにもよってカラオケだった。球技は得意だし大好きだけど、カラオケはな。カラオケって聞いてこっそり帰ろうと思ってたのに、ドラケンに捕まって無理矢理連れて来られた。
「なるほど!!なるほど!!イヌピーがカラオケって聞いたらいつの間にか消えるわけがわかった!!」
ドラケンの野郎、人に歌わせておいて目に涙までためやがって。明日から店のトイレ掃除1週間ぶっ続けでおまえがやれ。三ツ谷が美声を響かせるなか俺はぶすくれる。てか三ツ谷歌までうまいとか…コイツができないことってあるのか…?そう。何を隠そう。俺はものすごく音痴だ。幼い頃姉の赤音が青宗かわいいよ〜お歌上手だよ〜う〜んかわいい〜と猫可愛がりしていたので気づかなかったが、小学校の合唱コンクールで音楽の先生が「乾君、本番は声小さめでお願い」と懇願してきたのだから流石の俺も気づくというものだ。グレてからも合唱コンクールはなくなったけど、このカラオケというのが厄介で。ヤンキーはカラオケ好きなヤツが多いから困る。斑目はマイクを一瞬たりとも離さず、ひとり歌いあげるのを聞いとけば良いだけだからラクだった。なまじ気を遣ってマイクをまわしてくるヤツがいちばん嫌いだ。そういったことから、俺のカラオケマイク回避能力はなかなかのものだ。今日みたいにドラケンみたいな怪力男に首根っこつかまれて引きずってこられない限りは。
俺の歌を聞いて笑わなかったのは3人だけ。前述のとおりなんでもほめまくる赤音と、ココと、なんとイザナである。イザナは独特な感性をしているので、乾の歌はインドを感じるとか言って、8代目黒龍時代彼の頭痛がひどい時よく歌わされた。自分で言うのもなんだけど、頭痛ひどくなりそうだけど。あとはココだな。まあ。知ってのとおりココは口は悪いけど、俺にはだいぶ甘かったから。なんの歌だよイヌピーわっかんねえな。と言いながら、眠れない時イヌピーわけわかんねえの歌ってとねだられた。なつかしいな。ココは今梵天とかいう反社でロクなことはしてないだろう。でも、俺はどうしたってココを嫌いになれないから、アイツが心安らかに夜眠れていたらいいなって思う。




街を歩いていたらモデルやタレントにスカウトされることは時々あった。25過ぎたあたりからは減っていたから、アラサーにもなって声をかけられてビックリしてしまう。そもそも顔に火傷跡があるのにモデルのスカウトってと思うが、モデルにもいろいろなタイプがあるらしい。これは三ツ谷から聞いたことだが、海外では肌の色素が抜けてしまう体質の人もそれをチャームポイントとしてモデルをやったりするのだそうだ。でも、俺はそんな火傷跡のある人に勇気をあたえたい!みたいな崇高な精神があるわけでもなし、むしろそういったことで目立ちたくないのでスカウトされても今までは断っていた。なのに、そのスカウトマンがこのコーデいいな!昔のハイブランドミックスしてる感じ。古着とか好きなの?ぜひストリートスナップだけでも出てほしいなと言うから。俺はその時買ったばかりのユニク◯のジーンズに昔ココが買ってくれたGUCCIのシャツを着てココが置いていったシルバーのブレスレットをつけていた。ココが買ってくれたシャツやアクセサリーをほめられて嬉しかったのだと思う。写真だけならと何枚か撮り、雑誌に掲載することを承諾した。10代目黒龍時代にココがくれた服やアクセサリーはほとんどとってある。アイツがくれるものはたいがいが高価なもので、質が良いから長持ちするもんだから10年以上経った今も活躍しているものがけっこうある。アジトに捨てられたように置かれていたココの服やアクセサリーも大事に持っている。





九井が過労で倒れた。三途は舌打ちする。めんどくせえからだ。これが九井じゃなければ過労だろうが痔瘻だろうが知ったこっちゃないのだが、九井の能力は不可欠だ。つまりは金。あとまあほんの1ミクロン程度の心配と。過労の原因はオーバーワークと慢性的な睡眠不足であるらしい。赤ちゃんじゃねえんだから自力でちゃんと寝ろ!!三途が九井が入院している病室を訪ねると、半分寝ているのかマトモに話ができる状態ではなかったのですぐさま帰ろうとすると
「歌。歌って。」
と言う。貴様ファンブック公認歌下手ランキング3位の俺に歌えと?いい度胸だ。九井の枕もとに立って歌おうとすると
「イヌピー歌って。」
と言う。あ。これは失礼。俺はおよびじゃないらしい。イヌピーね。ていうかおまえら別れて久しいよな?イヌピーかあ。三途は頭のメモリーの乏しいイヌピー情報を思い出しながら九井の病室をあとにし、九井のオフィスに向かう。イヌピーってどんな顔だったっけ。俺ほどじゃないけど綺麗なヤツだよ確か。九井の整理整頓行き届いたオフィスにイヌピーヒントが転がってないか確認する。机の上にパソコンと雑誌が1冊置いてある。雑誌はポピュラーな20代30代男性向けファッション誌だ。ファッションに並々ならぬこだわりのある九井が読むにしてはありきたり過ぎる。九井はむしろブランドのほうから季節ごと最新のカタログが送られてくるから、そもそもファッション誌なんかいらねえはずだ。雑誌を持つと明らかにクセがついた読み込んだページがあり、そこを開くとやはりイヌピーだった。イヌピークエスト達成だぜ。そのページはストリートスナップのコーナーで、割と誌面をさいて乾が載っている。ハイブランドミックスで上級者オシャレ!という文言とともに写る乾は記憶の中のまま無表情だが、気だるげな雰囲気と伸ばしっぱなしのややパサついた金髪が妙な色気を醸し出しなかなか良い写真だった。ハハア。なるほど。久しぶりにダイレクト美しイヌピー見ちゃってアイツ夜泣きして眠れなくなってんだな馬鹿野郎が。赤ちゃんかよ。三途は納得した。




苦手なレジ締めの作業も終わり、そろそろ帰るかなと思う。ドラケンは商店会の集まりに行っているからこのままオジたちにスナックへ連れて行かれ明日は二日酔いコースだろう。かわいそうに。
「誰だよ。」
「さすがだなあ。気配。わかるんだ。」
乾がガバッと振り返るとそこにはピンク色の髪が目に痛い派手な男が音もなく立っていた。
「ええ〜っとぉ〜…あ〜…いや。ほんと誰だ?」
「ひでぇ。あんなに拉致した仲なのに。忘れた?」
「おまえ…武藤の…?」
「久しぶりに聞いたなその名前。俺は三途だ。別に覚えなくていい。」
「はあ。サンズさんが何の用?」
「九井がさ。たおれて。」
「悪いのか?」
「いや。ただの過労。」
「なんだあ。解散!」
「おまえ!!意外と冷たいな!!九井のこと心配じゃねえのか!?」
「いや。心配だけど。今更俺が行ったところでって言う。なんか綺麗な女とかはべらすんだろ反社って。そうしろよ。」
「冷めてんな!!そもそも、おまえがうるわしく雑誌になんか載るから!!」
「あ〜ストリートスナップの〜忘れてた。」
「忘れるな!!あれ見た九井がおまえに会いたくて会いたくて不眠症になって倒れて入院してんの!!」
「わあ…。」
「うわごとでイヌピー歌ってって言ってる!!」
「ええ…???」
「おまえそんな歌うまいのか?」
「ううん。深川のジャイアンって言われてる。」
そう乾が言った途端三途は笑い過ぎて息も絶え絶えになった。
「あと。顔面だけウィー◯少年合唱団とかも言われてる。」
「ヒィ〜〜〜〜〜やめろ笑かすな乾!!!!」
「ごめんて。でもそんなお察しの歌唱力だからよ。なんでそんなもんをココが求めてんのかわからねえ。」
「あのさあ。おまえらってぶっちゃけどんな関係なんだ?」
「幼馴染。」
乾が気だるげに枝毛で遊びながら答える。
「幼馴染にしてはなんていうかベタついてんなあ。」
「まあ。セックスつきの幼馴染だったから。」
そう言って乾は鼻で笑った。
「俺がもちろんボトムな。」
「ああ。やっぱり…。」
「ココは知らねえけど、俺は今でも好きだけど。」
「そういうの本人に言ってやれよ。」
「会ったら殺されると思って。おまえみたいなのに。」
「まあ。そうだけど。九井が金払うんならこれからも会っても良いぞ。逢い引き代な。九井がまた倒れたら困るからな。だからお願いだよ〜!!とりあえず今から俺と九井の病院行ってくれ〜!!」
「うん。いいよ。」
乾は実に素直に承諾した。




なんか…この妙な旋律の鼻歌…なつかしい…。
「あ。ココ。起きた?気持ち悪いとか頭痛いとかある?」
なんか…すげえ綺麗な天使がしゃべってんだけど…
「あ。過労なんだから、寝たかったらもっかい寝ろよ。」
「イヌピー!?!?」
俺はありえない人物を目の前にして飛び起きる。
「ココ。寝不足からくる過労とはいえ一応入院してんだからそんな飛び起きたら身体に負担かかるから。」
「いや…だって…何年ぶり…?」
「10年と…ちょっと?」
「なんで…来ちゃったの…」
「三途に呼ばれたから。ココが倒れたら首都圏の勢力図が変わっちまうからどうにかしろって言われて。ココすげえな。まあ俺でどうにかなるものなのかわかんねえけど。なんか綺麗な女とかじゃなくていいのか?」
そう言ってイヌピーは俺のブリーチして様変わりしているであろう銀髪をおそるおそる触る。
「ココだ。色は違うけど、手触りがココだ。」
たまらず抱きしめてしまったのは許してほしい。イヌピーがかわいいのが悪いのだから。
「イヌピーが載った雑誌見た。」
「うん。」
「俺がプレゼントした服まだ着てくれてた。」
「うん。大事だから。」
「俺が昔つけてたブレスレットつけてた。」
「うん。あれつけるとココと一緒な気がするから。」
「イヌピー」
「うん。」
「やっぱり好き。」
「うん。俺も。」

「終わった〜!?」
実はずっと病室にいた三途が叫ぶ。いったい何が悲しくて同僚の一大告白シーンなんか見なければならんのだ暑苦しい。
「じゃあ!めでたしと言うことで俺は帰る!九井!金さえ払えば定期的にそこの深川のジャイアンと会っていいから赤ちゃんみたいに夜泣きせずさっさと寝て体調整えてジャンジャン仕事しろ。いいな!?」
「ええ…梵天そんなシステムあったんだ…?まあNo.2がそう言うんなら遠慮なく…。」




俺は梵天の幹部たちがダミーの会社だとかオフィスだとかを適当に置いているビルの警備をしているんだけど。反社のビルを警備するくらいだから、もちろん腕っぷしには自信がある。でもどうも幽霊とかそういうのがダメで。なんか。このビル絶対幽霊いる。だってめちゃくちゃ変なお経みたいな歌みたいな声が時々聞こえてくるんだよ。九井さんのオフィスからだと思うんだけど。でも、そんなこと言えねえし。九井さんは一見髪を伸ばしたりチャラついた見た目だが、性格や仕事のやり方は泥くさい一昔前の男そのもので、幽霊とか言おうものなら間違いなくぶちのめされる。もう我慢できないから、俺は鶴蝶さんに辞めたいって相談した。
「もう。もう。怖くて。九井さんのオフィスから変なお経みたいな声聞こえて。呪われるんじゃないかって。」
しどろもどろ説明する俺に、鶴蝶さんは盛大にため息をつく。いちばん受け入れてくれそうな人に話したけど、やっぱダメだったか。そりゃそうだよな。幽霊だもん。俺だって実際聞かなけりゃ馬鹿にしてただろう。
「あのな。それは幽霊じゃないんだ。」
鶴蝶さんは呆れても馬鹿にしてもいなかった。
「おまえは腕が確かだから辞められたら困るんだ。だから、本当はこれは話せないことなんだが、特別に教える。他言無用だ。ついてこい。」
そう言って鶴蝶さんがスタスタどこかへ行くので、俺は慌ててついて行く。鶴蝶さんは九井さんのオフィスの前で止まる。
「ヒッ!やっぱり変な声聞こえます!」
「おい九井入るぞ。」
鶴蝶さんが言うとピタリと変な声が消えた。
部屋に入ると、パソコンに向かう九井さんと、九井さんのひざにキラキラしたものが乗っていた。
「よう。どうした鶴蝶。」
「忙しいとこ悪い。コイツが乾の歌声を幽霊だと思ってビビるから。見せたほうがはやいと思って。」
「あ〜また〜?そんなイヌピーの歌ひでぇかな?」
「これが幽霊の正体だ。九井の愛人で月に何回かここに来る。マジで他言無用だからな。まあとにかく歌が下手くそなんだ。」
そう言われて九井さんのひざに座るキラキラしたものもとい愛人を見ると、あんなひどいお経読むみたいな歌を歌うとは到底信じられない綺麗な人だった。
「悪いな。怖がらせちまって。ココが歌ってって言うから。俺だってヒドイって思ってんだ。」
そう申し訳なさそうに綺麗な人は言った。しゃべる声も男らしいけどかわいらしいのにどうしてああなる?
「俺も最初ビックリしたんだ。イザナが昔、乾の歌は頭痛に効くってほめてたからどんなかと思えば…」
「頭痛ひどくなりそうだろ?俺だってそう思う。」
「そんなことないよイヌピー。だってすげえ仕事はかどるもんイヌピーの歌聞いたら。」
九井さんが聞いたこともないゲロ甘い声で言う。そうか?と嬉しそうな顔をして、美しい愛人は再び歌い始めた。俺も鶴蝶さんも慌てて九井さんのオフィスを辞去した。それくらい酷かった。後日、三途さんが愛人にオイ!深川のジャイアンてめぇオレのチーズケーキ食っただろタコ野郎と叫んでいて、俺はそのニックネームにとても納得したのだった。
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