部下から見た幹部ココイヌ

幹部日常

1
九井さんと乾さんは別に付き合っているだとか吹聴しているわけではないが、その距離の近さが驚異的なのでおそらく恋人関係なのだろうなと大多数が思っている。今だってほら。九井さんは他の幹部と話を真剣にしているが、乾さんはぼんやり出されたコーヒーを飲んでいる。手を繋いだままで。九井さんが乾さんの手を握って離さない。たまにヨシヨシさすったりなどもする。つまりは仲が良い。





2
俺はコヤマ。乾さんの直属の部下で、彼の自宅にも出入りを許されている立場だ。現在は
乾さんのことを尊敬しており、関係も良好だが、最初乾の下につけと言われた時は正直嫌だった。今でこそなめられないようになのか、九井さんの特殊な趣味なのかは知らないがかなり短く髪を刈り上げているが、当時はほら耽美な洋画に出てくるような金髪の俳優みたいな。そんな感じのまるで美少年といった風情だったから乾さん。軟弱なヤツの部下かあやだなあって感じ。もともと俺は新宿のクラブの黒服だったが揉めごとを起こしたヤツをつまみだす腕っぷしをかわれてこの世界に入ったので、半間さんとか武藤さんとか見るからに迫力ある武闘派につきたかったのだ。

しかも、最初の仕事というのが黒川さんに命じられた、歌舞伎町のどこかのゴミ捨て場に違法薬物のシートを落としてしまったから拾ってこいという嫌がらせとしか思えない内容だった。やってられねえと思った。乾さんは無表情でわかったとだけ言って、その仕立ての良いスーツが汚れるのもかまわずゴミ捨て場でもくもくとヤクのシートを探していた。そんなものあるかもわからないのに。どうせ、乾さんは噂によると金稼ぎの天才の九井さんの愛人だから幹部なんてものになってるだけらしいし。こうやって子どものおつかいみたいな仕事ふられて他の幹部に馬鹿にされてるんだ。ほんとやってられねえよ。まだクラブで働いてるほうがマシだった。もう5箇所くらいゴミ捨て場を乾さんとあさり、ウンザリしていたら乾さんがあった!って言った。マジにあったんだヤク。
「これは、最近入ってきた外国人のやつらがここらへんでさばいてるヤクなんだが。そうか。受け渡しの方法がどうもわからなかったが、こうやってゴミ捨て場のポリバケツに貼りつけてたんだな。子どもみてえなやり方だな。でも知らなきゃこんな汚ねえとこ誰も見ないからな。うまいこと考えたもんだ。」
乾さんがヤクのシート片手にひとり納得している。
「え!?これ黒川さんが落としたヤクを拾うって仕事じゃないんスか!?」
「いや。ゴミ捨て場でヤクの受け渡しをやってるみたいだという情報をつかんだイザナが探してこいって意味で命令してきたと思うぞ。イザナにかぎってヤクを落とすとかアホみたいなヘマしねえし。」
「わ、わかんねえ…この業界わかんねえ…何…指示も隠語なんスか?」
そう頭を抱える俺に乾さんはふふっと笑って
「この世界で大事なのは、言われたことを忠実にやること。それだけだ。隠語だろうが言われたとおりやれば正解にたどり着く。まあ。たぶんどこの世界でもそれができねえと。それができてから、自分なりのやり方を見つけていけば良いよな。それと、イザナの指示は特にわかりにくいのは確かだ。昔から気難しい性格だから。」
と言った。
なんか。もしかしたらこの人。九井さんの愛人だからって幹部なわけでもないのかも…まあまあ使える人なのかも…と俺が考えを改めた瞬間だった。
そして、汚れたから銭湯行くか〜と言う乾さんについて行ったら、その引き締まった白い下腹部から太ももにかけておびただしいキスマークがあり、あ。やっぱり愛人としても大変ご活躍で…と別の方面でも感心した。




3
乾さんは、基本無表情だから近寄りがたいとか思われがちだけど、一度ふところに入れた部下たちには非常にやさしい。なんでも昔あこがれていた人がそういう人だったからという可愛らしい理由で。反対に九井さんは初対面の人ともよくしゃべるし人当たりも良さそうに見えて、一切他人を自分のパーソナルスペースに入れることはない。乾さん以外は。どうしてそんな真逆なふたりがこんなに仲が良いのかと、九井さんの部下のカワイに聞くとどうやらふたりは幼馴染であるらしいのだ。カワイは10代目黒龍の頃から九井さんの下についていたヤツだから信用できる。乾さんはああ見えて週刊少年ジャ◯プを欠かさず読み人気キャラが死んだりするとガチで泣くタイプなので幼馴染を大事にするのはわかるが、九井さんはどう考えてもそんなノリの人ではないのでとても不思議な関係だった。だから俺は九井さんは乾さんの容姿が優れているから愛人にしているとばかり思っていた。

俺ことコヤマが乾さんの部下になって1年が過ぎた頃のことだった。当時やっと乾さんと信頼関係ができ仕事が楽しくなってきていた。乾さんは腕力があるわけじゃないがうまれつき体育が得意な人の動き方というのか、身のこなしが軽く、九井さんのように特化した才能があるわけではないがどんな仕事も平均的にこなせた。俺自身のことで言うと慣れてきた頃が1番危険というのは本当にそうで、半間さんに命じられて乾さんとふたりで人間を殺してコンクリート詰めにして埋めるというよくある仕事中、俺は油断していたのだと思う。殺したと思っていた人間が生きていて、隠し持っていたナイフで俺を刺そうとしてきたのにまったく気がつかなかった。根性ある野郎だ。俺は油断していた上、腕っぷしにおぼえがあると自惚れてもいた。乾さんはそういう動物的なカンが鋭いから俺よりはやく反応して止めてくれ、その人間にとどめを刺した。でも俺をかばったばかりにその綺麗な顔がざっくりナイフで切れてしまったのだ。俺をかばわなかったらケガなんかしなかったはずだ。本人は目とかじゃなくて良かった目だったらジャンプ読めなくなるとのんきなことを言っていたが、俺は本当に申し訳なくマジに土下座した。

急いで車ぶっ飛ばして闇医者のところに乾さんを連れて行ったら、スッパリきれいに切れているから治りははやいし跡もそう目立たないんじゃないかということだった。安堵して乾さんを自宅まで送ると、玄関に乾さんと一緒に暮らしている九井さんが仁王立ちになっていて俺を見るや俺の顔面にこぶしを叩きつけてきた。九井さんは今では金稼ぎに集中して殴ったりナイフを振り回したりなんかはしないが、もともと黒龍のドヤンキーだったのだからそこそこケンカもやれる。つまりは非常に殴られた顔が痛い。
「ココ!コヤマを殴るな!これ絶対鼻折れただろかわいそうに。」
「コイツの鼻なんかいくらでも折れたらいい!!闇医者から連絡があったからな!!イヌピーコイツかばってそんなケガしたんだろ。ふざけんなよテメェなんのためにイヌピーについてんだよ幹部守れねえ部下とかいらねえんだよカス!!」
九井さんに殴られた顔は痛いし、罵倒も心に痛いが、彼が言っていることは何一つ間違ってないので頭を下げて申し訳ありませんと言うしかなかった。
「イヌピー痛い?大丈夫?医者は綺麗に治るとは言ってたけど。」
「…この顔に、傷がつくのはそんなに嫌か…」
「イヌピー。もう何回も言ってると思うけど、俺はその顔だけが好きでおまえと一緒にいるんじゃないから。その件に関しては俺が悪いから何回でも言ってやる。俺はおまえの顔が大好きだ。でも、おまえのわけわかんねえトンチキなとこもおまえが今日みたいに意外とやさしいとこもおまえが自己評価と違って我慢強いとこも、表情わかりにくいけどうれしいときはほんとかわいい表情になるのも謎の鼻歌歌うのもぜんぶぜんぶ大好きなんだけど。」
九井さんが俺がいるにも関わらず一大告白し始めるので驚く。おそるおそる乾さんを見ると、色白の顔を真っ赤にしている。
「ココ…恥ずかしいから…」
「うるせえ〜!!イヌピーも反省しろ!!次からこんなヤツかばうな死なせとけ!!」
九井さんはそう怒鳴ってから、俺にもう帰れと言った。
「コヤマ。おまえの鼻はたぶん折れてるからさっきの医者に行け。金は俺につけとけばいいから。すまない。俺は大丈夫だからもう帰っていい。」
乾さんにもそう言われ、俺はもう一度深々頭を下げてから帰路についた。九井さんに殴られた鼻はジンジン痛いけれど、九井さんの乾さんに対するアツい思いがわかり少しうれしくなった。ふだん冷たく思える九井さんも幼馴染を心底大事にしているのだなと。




4
しかし、俺コヤマは性的にいたってノーマルで女が好きだから、乾さんのこと美形だなあとは思うけれど九井さんみたいにイヌピー好き好き大好き触りたいほんと好きとなる気持ちはやはりわからない。この好き好き大好きというのは、九井さんが本当に乾さんに言ったセリフである。

ある日、九井さんから電話がかかってきた。1年に1回あるかないかの珍事だ。
「コヤマ!!おまえ暇だろ!!俺いま仕事で香港なのにイヌピー熱出したらしいんだよ。心配だから見てこい。そんでなんか気の利いたもん差し入れろ。そしてイヌピーをジロジロ見るなよ殺すぞテメェ!!」
という理不尽きわまりない命令だった。しかし、乾さんが熱なのは普通に心配だ。
「クソ!!コヤマなんかに!!熱のイヌピーを見られるとは…殺す!!カワイが日本にいたらカワイに頼むのにカワイしか広東語しゃべれねえから香港に連れて来るしかクソクソクソ!!」
と一方的に怒鳴られた。うしろでカワイが落ち着いてください九井さん!これから商談ですから!イテッ!!と何かものをぶん投げて暴れてるらしい九井さんを健気になだめている音が聞こえた。カワイ…おまえってほんと大変だよな…。俺は小柄で物静かなカワイを思い出し、九井さんの直属の部下じゃなくてほんとに良かったと思った。

熱ということで、ドラッグストアへ行き薬やひんやりするシート、レトルトのお粥や飲み物を買った。それらを持って乾さんのマンションへ行くと、しんどそうな声とともにオートロックが開けられた。

リビングのソファーに鍵を開けて力尽きたらしい乾さんが転がっていた。白い肌が赤らんでいて、いつも透きとおって綺麗な薄緑の瞳は潤んでいる。これってけっこうマズいんじゃ?と近づくと息もあらいしかなり熱が高そうだ。解熱剤を飲ませたほうが良いんじゃないだろうかと「起きれますか?」と問うと、しんどそうにゆっくり起きあがり「ココは?」と言う。
「九井さんは仕事で香港で…帰るのは明日の夕方だと思います。」
それを聞いてあきらかに落胆した乾さんは、悲しそうに目をふせた。嘘みたいに長いまつ毛だ。次の瞬間フワッとしたものが首に巻きついて驚く。バクバクする心臓を落ち着かせながら状況を把握するに、俺コヤマは乾さんに抱きつかれている。乾さんの肌はいつも遊ぶヘルス嬢なんかよりずっとスベスベしていて、なんだかふんわりいいにおいがする。なんだろう香水じゃなくてすごくいいにおい。
「今だけ。今だけ少しココになって。ごめん。」
乾さんはそう俺にささやいて、俺の首すじをすうっと舐めてひとつキスを落とした。俺の心臓もチンコも限界ってもんである。九井さんってこんなとんでもねえ魔物と暮らしてんの?ヤバくね?九井さんのチンコ自制心ありすぎだろ。いや。ないか!
「あ、あの。乾さん…?」
しばらく抱きつかれたまま固まっていたが、耳をすますとくーかーとのんきな寝息が聞こえて、俺も俺のチンコも脱力する。しかし良かった。あのまま謎の色気でせまられたらノーマルの俺でも危うく上司と過ちを犯すところだった。危ねえ。その後は心を無にして自慢の腕力で乾さんをベッドルーム(ここがふたりのベッド…とドキドキしつつ)に運び、その美しい額にビシィッ!とひんやりシートを貼っておいた。依然として熱は高そうなので、放っておくこともできずリビングでテレビなど見て時間をつぶしているうち、俺もイレギュラーな出来事に疲れて眠ってしまったらしい。

「おい!!クソコヤマ!!」
俺は罵声で目を覚ます。最悪な目覚めである。それにしても一晩グッスリ眠ってしまったようで外は既に明るい。俺意外と図太いな。
「クソコヤマ!!看病ありがとな!!」
俺を起こした罵声の主は、まったくありがとうな顔をしてない九井さんだ。
「あれ…香港にいらっしゃるんじゃ…?」
「心配過ぎて商談終わったらすぐ飛行機手配して帰ってきた。」
「なるほど…」
「てことで帰っていいぞ。これは看病してくれた特別手当だから。」
そう言って封筒を渡されるが、持っただけでも明らかに札が多過ぎるのがわかる。
「いや。こんな多過ぎます。」
「なあ。コヤマ。熱があるイヌピー見ただろ。ヤバいよな。ヤバいんだよ。その記憶消去してくれ。その金。イヌピーのカワイイ記憶消去代だから。」
いつもなら何言ってんだこの人となるが、今回ばかりは俺もそのヤバさがわかっているからおとなしく金を受けとってマンションをあとにした。

数日後、熱が全快した元気いっぱい乾さんに「覚えてねえんだけど、コヤマ看病に来てくれたんだって?ありがとな!」
と言われ、少し残念な気持ちになった。ちょっとくらい覚えててくれたらなあと淡い期待があったので。まあ。九井さんに殺されたら困るからこれで良かったということで。
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