浮気したココに怒るピー

ちんこちょん切る

乾が九井と暮らすマンションに帰宅しても、だいたい彼は不在だ。自分よりも重要なポジションだから忙しいというのもあるが、最近は端的に言うと女と浮気しているらしい。そもそも自分たちの関係がなんなのかわからないが、こうやって一緒に暮らして肉体関係もありそれなりに仲良く寝食を共にしてきたのだから、乾はてっきり恋人関係のようなものだと思っていた。まわりにだって今日は旦那は?と聞かれたりセットのような扱いをされていたから疑うこともなかった。しかし、最近の九井はあまり自宅に帰らないし、以前だと週に1回程度抱いてくれていたのに今は月に一回あるかどうかといったところだ。おまけに帰宅しても知らない化粧品のようなにおいをただよわせているし、そういった機微にうとい乾だってわかるというものだ。まあ。飽きたのだろうなと思う。一般的な夫婦だって10年も経つとそんな感じではないのか?しかも、乾はいくら顔が初恋の人に似てるといったって、身体は男のものなのだから。九井はもともと姉の赤音が好きだったくらいでまるきり性的にはノーマルなのだし。普通ならばこのまま身をひくなりちょっとばかし派手に喧嘩して別れるなりするところなのかもしれない。しかし、乾は過去ヤンキー現在バリバリの反社なだけあって、ナワバリを荒らされるのがいちばん嫌なことだった。俺の男をとられた。そのことが最近凪いでいた乾の闘争本能に火をつけた。そうだ。ココのチンコちょん切ろう。あれは俺のチンコだもの。他の女になどにやるものか。乾は真面目にそう決意した。




「久しぶりだな。乾とふたりで話すなんて。」
イザナはバーのカウンターで真っ赤なカクテルが入ったグラスをもてあそんでいる。急にイザナから飲まないかと誘われたのだ。珍しいけど、イザナは昔から予測不可能なので。
「それ。何。」
「知らねえ。なんかキレイな酒って言ったら出てきた。まあまあ美味い。」
「ふうん。じゃあ。俺もなんかキレイなやつ。」
バーテンダーはにっこり笑って頷いた。
「最近ダンナとはどう?」
「ダンナ…あれはダンナなのか?」
「なんだ倦怠期か。いつもベタベタくっつきやがってうっとうしいのに。」
「そんな倦怠期みたいな生ぬるいもんなのかな。まあ女のとこに行って帰って来ねえんだ。俺捨てられたのかな?」
「ハハッ!!ウケる!!ガタイはともかくおまえより顔が綺麗な女なんて滅多にいないだろうに九井もバカなヤツだな。でもなんかおもしろい。おまえが辛い時俺はちょっとおもしろい。」
「あいかわらずな性格…。まあ。捨てられるのはいいんだが。」
「いいんだ。」
「俺はナワバリを荒らされるのが嫌いだから。ココのチンコ切ろうと思って。チンコの所有権は俺にあるから。」
「乾…熱はないな…」
乾が突拍子もないことを言うので、イザナが乾の額に手を当てて熱があるか確かめる。イザナは乾が出会った当初の子供のままとでも思っているのか、今でもよくこういった子供にするような仕草をする。イザナのそういったこと全てを九井が快く思ってないのを乾は知らない。
静かにバーテンダーがやって来て乾の前にブルーのカクテルを置く。
「綺麗だ。」
「いいな。赤いのも美味かったが俺もこれが飲みたい。これと同じものと、何かつまむものくれ。…ソーセージとかウィンナーとかそういったもの以外で頼む…」
バーテンダーは心得たように頷き、いつのまにか空になっていたイザナのグラスを下げた。
「まあ。九井のチンコを切ろうが切るまいが好きにしたらいいが、アイツの能力は必要なんだから殺さないようにな。」
「わかってる。だからチンコだけをうまく切る練習する。」
「練習…」
イザナは少し股のあたりがヒュンとした。さよなら。九井のチンコ。




乾は九井のアレをちょん切るべく練習を始めた。九井は浮気してるから知らんが乾のほうはいまだ九井を愛しているのでできるだけダメージを最小限に切ってやりたい。反社だからこういうのは得意と思われがちだが、日本は南米のギャングみたいな凝ったことはしないから慣れてない。日本の警察は優秀なので死体はなるべくはやく証拠を残さないように処理する必要があるので、たいがいがコンクリート詰めだ。なので包丁をよくよくといで、九井のアレをちょん切るイメージでウィンナーやソーセージをスパッ!!と切る練習を毎日した。
「最近イヌピーウィンナーにハマってんの?」
やたらウィンナーを食べている乾を九井がいぶかしむ。見ていると、輸入ものの太めのものやハーブの入ったオシャレなものまで様々食べているみたいだがそんなに毎日だと胸焼けしそうだ。
「そう。ウィンナーの気分。」
「へえ…だからってこんなリストカットみたいにズタズタに切らなくても…」
無惨にズタズタに切られたいろんな種類のウィンナーを見て、なぜだか九井は股のあたりがヒュンとした。
「イヌピー今日久しぶりにどこかメシ行かねえ?」
「いや。今日はこれからイザナに誘われてるから。」
「ハア?最近ふたりで出かけすぎじゃねえ?」
「別にいいだろ。ココだって、出かけたいとこあんじゃねえの?俺とじゃなくてさ。」
そう言って乾は皿に残っていた最後のウィンナーをその白いきれいな歯で思いきり噛みちぎった。

「それで九井のブツはちょん切れそうなのか?」
イザナがいつものバーで紫色の綺麗なカクテルを飲みながら言う。このバーのバーテンダーは口数が少なくて気がきくので良い。
「練習はしてるんだけど。いざ目の前にココのチンコがあるとかわいいと思っちまってできない。」
「チンコってかわいいかな?」
「こう。水族館にいそうなかわいさ。」
「う〜んわからん。ところで乾は何飲んでんだ?」
「カルーアミルク。すごい。イザナこれコーヒー牛乳。」
「どれ。」
イザナは乾のグラスのものを一口飲んで目を丸くする。
「コーヒー牛乳!!」
イザナと乾は酒は嫌いじゃないがカクテルの種類とかワインの蘊蓄とかそんなしゃらくせえもの知らないので、カルーアミルクの度数がその可愛らしい味に反してけっこう高いのも知らない。アホみたいにバカスカ飲んでしまった。

朝陽がさわやかに眩しい。だけど乾はものすごく不快な頭痛とともに目が覚めた。こんなひどい二日酔いいつぶりだろう。
「おい。乾ひどい顔だぞ。」
負けず劣らずひどい顔をしたイザナがシャワーを浴びたのか腰にバスタオルを巻いただけのかっこうでバスルームからでてきた。
「うー…ここどこ?」
「どうもしっかり俺んちに帰ってきたらしい。シャワー浴びたら?特別にかしてやるよ。」
「うー…ありがとう」
お言葉に甘えてシャワーを浴びたらいくぶん気分はマシになったが依然として不快な頭痛がある。イザナの熱帯魚関係のものくらいしかインテリアのない殺風景な部屋で、イザナと同じく腰にバスタオルを巻いただけの状態で乾は寝転んでいた。成人男性、しかも2人とも鍛えていて細マッチョなのがほぼ裸で床に転がっている光景はいささかシュールである。イザナの部屋はラグも何もないが、今はかえって床が冷たくて気持ちいい。
「乾。忘れてたが幹部会だぞ。」
なのにスマホを確認するまでに回復したらしいイザナがスケジュールを見たのか絶望的なことを言う。
「そんなもの休もうぜ…いつものレストラン?中華料理とか吐くかもしれん。」
「今日は稀咲が来るからさすがの俺でも欠席はマズいぜ…中華料理は九井の口に押し込んどけ。」
そこから二日酔いのイザナと乾はお互い叱咤激励し髪をああでもないこうでもないとセットし合い、どうにかこうにか腰にバスタオルスタイルから服に着替え、なんとか幹部会には10分遅れで到着した。幸いなことに稀咲はまだのようだった。珍しい組み合わせがそろってひどい二日酔いの顔で現れたのでみな一様にギョッとしていた。その中で九井が人を殺せそうな鋭い視線でイザナをにらんだのを乾は知らない。




最近のイヌピーはおかしい。黒川と出かけるばかりするし。黒川はもともとイヌピーがグレ始めた頃からの知り合いらしいから親しいっちゃ親しいが、こんなに連れだって遊んでいるのはかなり珍しい。この前の幹部会の前夜なんかイヌピーが自宅に帰って来なかったから心配してたらよりにもよって仲良く黒川と現れたのだ。髪のセットも黒川にしてもらったのかいつもと違ったし(しかも絶妙にいい感じだったのが腹たつ)、黒川が使っているサロンのシャンプーの香りがイヌピーからもした。黒川はイヌピーのことを所有物みたいに気分によってかわいがったり捨て置いたりするから気に入らない。今はかわいがり期なのだろう。それだけでも怒りで頭に血がのぼっていたのに、半間におまえヨメの貸し出ししてんの?俺もかりてみようかなあ〜いい具合なんだろ?と下品なジョークとともに爆笑され血管が切れそうなほどの怒りとなった。それに、よくわからないがウィンナーやソーセージばかり焼いて食べている。俺とイヌピーは仕事柄外食が多くそう自炊をするわけでもないのに、何に目覚めたのかそれらを切って焼いて毎日食べている。イヌピーがたまにやるトンチンカンな行動はかわいいものが多いが、今回ばかりは非常に不気味なのである。

まあ。なんにせよ浮気してる俺が言えた立場でもないのだが。最初はほんの出来心だった。いつもは断る斡旋されてきた女と寝てしまったのだ。今夜イヌピーはケツモチの店まわる日だから帰りが遅いしつまらねえからと女でも抱いてみたのだ。俺は15でイヌピーを抱いて以来他の人と行為したことはなかった。女との行為自体は最後までできたが特になんの感動もなかった。イヌピーを抱く時みたいな異様な興奮がない。腹が減ったからパンを食べた。そんな感じ。そうしてむなしい気持ちで帰宅したら、どうも化粧品か何かのにおいがついていたらしく、イヌピーがものすごく傷ついた顔をしたのだ。その時の表情を思い出すと今でもゾクゾクする。まさに異様な興奮だった。イヌピーってそんな傷つくほど俺のこと好きなんだ?今度その表情を見たら浮気をやめようやめようと思い続け今に至る。浮気相手はその都度その場限りの女で何の感慨もない。自分でも最低だとは思う。

夜中なんだか股のあたりがスースーして目覚める。嫌な予感がして飛び起きるとイヌピーが俺のチンコに包丁を当てているところだった。
「イヌ、イヌイヌイヌピー!!!!!!」
「動くな。痛くないようにスパッとやるからな。」
「どうやったって痛いに決まってるだろお〜!?」
イヌピーのほうが背も高いし力も強いのだが火事場の馬鹿力で包丁を投げ捨てイヌピーをベッドから突き落とす。
「なんで!?なんでだイヌピー!!」
「なんで?おまえがいちばんわかってるはずだ。」
ベッドから突き落とされたイヌピーがゆらりと立ち上がる。美形の人が怒るとめちゃくちゃ迫力あるって知ってる?俺は今身をもって知った。
「俺以外の女につっこむようなチンコいらねえよな?」
もはや嫉妬してるイヌピーかわいいどころの話ではない。おそろしすぎるのだが。生命の危機。
「チンコいるだろ!!イヌピー困るだろ!!」
「別に。困らねえ。そんなことより知らねえ女におまえがフラフラするほうがよっぽど腹にすえかねる。」
「イヌピー…落ち着いて…ただの浮気だから…な?俺はおまえのことしか愛してない。」
「ふうん。信じられねえ。じゃあ俺が同じことしよう?誰か知らねえやつに抱かれてこよう。」
そう言われた瞬間目の前が真っ赤になるような激しい怒りを感じた。俺以外に抱かれるだと?
「ふざけんなよ。そんなことしたら殺すぞ。」
俺は自分でも意識せず放り投げた包丁を拾ってイヌピーの手のひらに突き立てていた。




こんなに怒られたのってガキの頃ぶりかもしれない。俺は金稼ぎができるからってふだん組織でも優遇されていたし、あっても古参のヤツらのやっかみくらいで直接意見などを物申してくるやつなんていなかった。自分の浮気は棚上げしてイヌピーが浮気するかもと思っただけで怒りにかられた俺は、イヌピーの手のひらを切り裂いてしまって全治1ヶ月の大怪我を負わせた。イヌピーは現在現場におもむいてその腕力をふるう立場ではないが、一応武闘派なのにそのイヌピーの手に怪我を負わすとはなんたることなのかと稀咲と黒川に呼び出されいささか激しめに怒られたところである。また、俺らの痴話喧嘩により俺らの部下たちがピリピリしていらぬ衝突の原因になるだろうがよと黒川にゲンコツまで入れられた。ゲンコツっつったらかわいいけど黒川だからな。頭割れるかと思ったぜ。それに、トラブルを起こしたからと金まで納めさせられた。でもまあ。今回ばかりは全面的に俺が悪いんで仕方ない。

「あ。乾さん。口についてますよ。」
黒川に殴られたところがいまだ痛むまま帰宅すると、イヌピーが飯を食っていた。最悪なことに俺が切り裂いたのはイヌピーの利き手だったから、イヌピーは飯を食べるのもスマホをいじるのも難儀している。今もスプーンで何か食べているのだが、うまくいかないのか部下に口をふかれている。
「もう。飯食うのも疲れる。やめる。」
イヌピーがスプーンを放棄する。
「ダメですよ乾さん食べてください。嫌じゃなかったら食べさせましょうか?」
「食べさせてんじゃねえよ!!」
あんまりイヌピーの部下が調子に乗ってるので腹が立つ。
「おかえりココ。どうだった稀咲とイザナ。」
「ただいま。めちゃくちゃ怒られたじゃん。黒川のゲンコツ凶器じゃん。」
「ふふ。あれ痛いよな。俺も昔やられたな。」
「おい。おまえもう帰れ。イヌピーには俺が食べさせるから。」
イヌピーの部下は怪我させた張本人おめえじゃねえかと言わんばかりに俺をにらみつけて帰っていった。
「イヌピーごはん食べる?」
「もういらねえ。」
「イヌピー風呂入る?」
「ハア…怪我させたのココなんだし、とことん甘えとくか。たのむ。」
「じゃ、お姫様風呂行こっか。」
「おう。まだ痛えからぬるめで頼むぜ。」

血みどろな痴話喧嘩をしたが、乾は九井を取り戻し、九井のチンコは無事で。めでたしめでたし。




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